歌舞伎や映画、演劇といったコンテンツを持ち、エンタテインメント業界を牽引する松竹。歌舞伎俳優とボーカロイドの共演が見ものの「超歌舞伎」や、ラスベガスでの新作歌舞伎の上映、新感覚の体験型エンタテインメントを全国各地で開催するなど、常に新たなエンタメの姿を提示している。
そんな同社は2019年夏、組織体制を変更し、イノベーション推進部を設立。配下に新事業共創室、新領域コンテンツ室、イノベーション戦略室の3つの部署を設置し、エンタテインメントの未来を探る取り組みに注力しているという。今回は松竹 事業開発本部 イノベーション推進部 新事業共創室 室長の楠瀬史修氏と、同室の京井勇樹氏に、組織の背景や、具体的な取り組みについて伺った。
部門ごとに行っていた“新たな取り組み”を集約
松竹では2015年頃から、これまで培ってきたエンタテインメントの知見を活かし、新しいコンテンツ体験の幅を広げる取り組みを進めてきた。例えば、前述のボーカロイドとコラボレーションした「超歌舞伎」の上演や、ラスベガスで行ったプロジェクションマッピングを使用した大規模な歌舞伎ショーの上演などはその一例だ。また、従来劇場で座って見るものだった映画や演劇でも、新たな楽しみ方を模索。演劇作品では観客が舞台に上がり、作品の一部に入り込むような体験型コンテンツの提供も行われた。ちょうどその頃に話題になったナイトタイムエコノミーを意識し、DJなど音楽を盛り込んだ新感覚のイベントにも取り組んだという。
これらの取り組みは、映像、演劇、不動産などの事業を担う各事業部内にある、新規事業担当部署がそれぞれ行っていた。だが、より広い視野を持って新しいエンタテインメントを探る必要性を感じた同社は2019年夏、新規事業担当部署を集約するかたちで事業開発本部を設立したのである。
その中で、イノベーション推進部には楠瀬氏、京井氏が所属する新事業共創室と、映像に特化した新領域コンテンツ室、ベンチャーキャピタルに関する業務を主とするイノベーション戦略室が置かれた。この体制には、「イノベーション戦略室がつくったスタートアップとのつながりを活かし、新しいビジネスや考え方をエンタテインメントの世界にも採り入れていこう」という意図があると楠瀬氏は説明する。
しかし、イノベーション推進部設立からほどなく、エンタテインメント業界をコロナ禍が襲った。ほとんどの公演は中止、劇場は休館というかつてない事態となったものの、松竹では映像や演劇作品のオンライン配信、メタバース空間での歌舞伎の上映など、デジタルイベントに注力するかたちで、未曾有の危機に対処していった。
コロナ禍で生まれた新たなコンテンツ体験の1つが、体験型推理ゲーム「マーダーミステリー」をライブ配信したマーダーミステリーシアター「裏切りの晩餐」である。全編アドリブかつ一発本番で進むこのシアターのような新たなジャンルに取り組めた背景を楠瀬氏は、「2015年頃からコロナ前までに助走をつけていた状態だったので、つまずかず、コロナ禍を乗り越えられたのではないか」と振り返った。
新たなファン層獲得にもつながるNFT事業
イノベーション推進部立ち上げから4年、コロナ禍が落ち着きを見せている現在は、リアルとバーチャルを融合させたイベントが増えているという。これまで手掛けた新たな取り組みの中で印象に残っているものを伺うと、楠瀬氏は、昨年春から取り組みを進めるNFT事業を挙げた。
松竹では現在、エンタテインメントイベントの参加証明や映画のプロモーションなどにNFTを活用している。このNFT事業の始まりは、メタバース空間で上演される「META歌舞伎」でのデジタルグッズ販売だった。それは、「単に商品を販売するだけでなく、楽しい体験をしてもらいたい」という思いから浮かんだアイデアだったと楠瀬氏は言う。また、NFTの活用にはこれまで歌舞伎と接点の少なかった層にも歌舞伎に興味を持ってもらいたいという意図もある。META歌舞伎で得たNFTの知見を活かして行われたのが、スクウェア・エニックスのNFTプロジェクト「資産性ミリオンアーサー」と歌舞伎のコラボレーションだ。ゲーム内のキャラクターが歌舞伎の登場人物をモチーフにしたキャラクターとして登場し、デジタルシールをつくることができる仕組みは、SNS上でも話題になり、「今度、歌舞伎を実際に見に行ってみたい」といった投稿も見られたという。
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スクウェア・エニックスのNFTプロジェクト「資産性ミリオンアーサー」と歌舞伎のコラボレーションのビジュアルイメージ
「今後、NFTの活用方法をさらに考えていかなければいけないと思っています。ただ何かを得るだけでなく、体験価値につなげられるような、特定のコンテンツをより深く楽しむことに使えるような方法を検討していきます」(楠瀬氏)