ガートナー ジャパンは8月29日、30日、年次カンファレンス「ガートナー デジタル・ワークプレース サミット」を開催した。29日のオープニング基調講演「明日を変えるために、今日を変えよ」には、ガートナー シニアディレクター/アナリストのトリ・ポールマン氏、同レーン・セバーソン氏が登壇。デジタル従業員エクスペリエンス(DEX:Digital Employee Experience)の向上に向け、リーダーが何をすべきかについて持論を展開した。
本誌は、今回のカンファレンスのため初来日したポールマン氏にインタビューする機会を得た。本稿では、基調講演を簡単に振り返ると共に、インタビューで伺った内容をお届けしたい。
従業員のデジタル体験向上が企業成長のカギ
ポールマン氏は、ガートナーのデジタル・ワークプレース - コンテンツ&コミュニケーション・チームに所属する。今回のカンファレンスでは、従業員エクスペリエンスのスペシャリストとして、オープニング基調講演以外にも「2023年デジタルワーカー調査結果:従業員が真に求めていることは何か」や「分岐点:オフィスへの出社を従業員に義務付けるべきか」など、複数のセッションに登壇した。
セパーソン氏と共に登壇した基調講演で、両氏はまず、従業員の働き方の変化や、職場との関係性の見直しが進む中、より良い方向に仕事を変えるための方法の1つとして、「デジタル従業員エクスペリエンス(DEX)を創出する」ことを挙げた。その上で「(ITやテクノロジー部門は)テクノロジープロバイダーとしては成功しているが、エクスペリエンスリーダーになる方法を学ばなければいけない」と提言。IT組織の50%は2025年までにDEXの戦略やチームを導入すると予測すると共に、導入に向け、DEXの向上を主導するリーダーがなすべきことなどについて言及した。
DEXリーダーにふさわしい人材とは
インタビューでポールマン氏はDEXの現状について、ガートナーが提示している1から5段階の成熟レベルに当てはめて説明し、「多くの組織はテクノロジーがしっかりと統合されて、ビジネスの成果を生み出せるよう定着しているレベル4を目指しているが、現在はDEXへの適応を進めるレベル2に位置している場合が多い」と指摘した。レベル4を目指すためにも、共感力の高いDEXリーダーが必要なのだという。
ただ、同氏は「当社のパートナー企業に限って言えば」と前置きした上で、実際にDEXリーダーを置いている企業は、およそ3割程度ではないかと話す。DEXリーダーという名称やポジションを設置していないだけで、同様の業務を担う人材がいる企業までを含めても、およそ半数ではないかということだ。ポールマン氏は、「顧客に対するカスタマーエクスペリエンス(CX)を意識する企業は多いが、従業員に対するエクスペリエンスは二の次になっている。CXに比べると、DEXは5年くらい遅れているのではないか」と述べた。
「ITやテクノロジー部門にとって、自分たちがつくったシステムやサービスを使う従業員は、ある意味でカスタマーなのです」(ポールマン氏)
では、DEXリーダーにふさわしい人材とはどのような特徴を備えているのか。同氏は以下の3つを挙げた。
1つ目は、サービスデスクやサポートデスクなど、すでにユーザーとのやり取りにチケットを発行して対応するような部署に所属する人材だ。このような人材が、従業員がデジタル端末やアプリケーションを使用する際の“ストレスの種”の軽減・解消役を担うと良いと言う。
2つ目は社内のコミュニケーションを担当する広報や、HRなどの総務、人事にあたる部署に所属する人材のうち、特にITやテクノロジーに知見のある人材である。彼らはすでに広い社内人脈を持っており、DEXリーダーとしての共感力が期待できる。
3つ目は、従業員が日々使うようなデジタルツール類を管理している部署に所属する人材だ。彼らはすでに一定のITやテクノロジーの知見を持っており、DEXの向上を推進するにふさわしいそうだ。
出社義務付けの流れを読む - 日本と海外の違い
近年、働き方の選択肢が増えているのは周知の通りだ。インタビューでは、グローバルにおける働き方の変化や、“在宅勤務”ネイティブの若者にDEXリーダーはどのように接するべきかなどについても伺ってみた。
日本では、新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行したことを受け、多くの企業が在宅勤務の日数を減らし、出社型へとシフトしているという話も増えつつある。だが、ポールマン氏によると、グローバルではそれとは異なる現象が起きているという。ガートナーでは2021年7月から41の企業をトラッキングし、働き方の変化を追っている。コロナ禍が落ち着いたころから、多くの企業が一旦オフィス勤務の義務付けを発表したものの、今、そのほとんどは“逆行させている”というのだ。
「週4日の出勤を義務付けた企業が、週3日で良いとなり、しばらくすると、週2日で良いというように、出勤すべき日数を減らしていっています」(ポールマン氏)
そこには、「出社を義務付けたものの、従業員が何をモチベーションに出社するのかにあまり耳を傾けなかった」という問題点がある。ガートナーの調査によると、従業員が出社のモチベーションにするものの上位5つは「同僚と実際に会って話す」「上司と実際に会って話す」「上級リーダーと実際に会って話す」「集中できる」「社内設備」だ。国や地域によって順序は変わるものの、多くの場合、コミュニケーションを求めていることが分かる。一方で企業は出社を義務付けはしたものの、きちんとしたコミュニケーションプランを策定できていなかったため、従業員は失望したというわけだ。
逆に、コミュニケーションプランをきちんと策定した成功例としてポールマン氏が挙げたのは、デンマークのレゴ社の事例だ。同社は週3日の出社を義務付けたが、事前にオフィスに来ることの価値について従業員にヒアリングしている。その結果を受け、メンバーの出社する日を揃え、わざわざ出社する理由があるような意義のある活動は出社日に行うよう設定した。
「レゴ社は出社と在宅の良いところ取りのアプローチがきちんとできています。出社することの、きちんとしたパーパスを与えたわけです。一方、出社をしても誰もそこにはおらず、オンライン会議ばかりでは従業員の不満は溜まっていきますよね? 出社の義務付けを何のためにやっているのかが伝わりません」(ポールマン氏)
ポールマン氏は、「もっと出社しなければと言うだけでなく、出社したくなるような企業にすることができるはず」だと語る。
「今はいろいろな意味で働き方がリセットされ、新しくしていく時なのです。行動力のあるダイナミックなリーダーが、仕事を洗い出し、仕組みをゼロから発明できるチャンスでもあります」(ポールマン氏)
リーダーは“在宅勤務ネイティブ”の若者から学ぶべき
日本では現在、コロナ禍の最中に社会に出た若者たちが、“初めての出社”を体験しているところだ。そうした中で、一部企業では出社を義務付けたことが離職につながってしまうという例も出てきている。これに対しポールマン氏は、2025年末までに労働人口の75%がミレニアム世代になり、加えてZ世代が就職する年齢になることで、若者世代が労働人口の多くを占めるようになるというデータを示す。その上で、リーダー層が「昔ながらの仕事の仕方が良かった」と若者を説得、納得させるのには無理があると述べた。
「成功しているリーダーたちは、仕組みをリデザインすることを考えています。リーダー層が自分たちで考えるというよりは、若者に仕事や組織の在り方について意見を出させ、その実現を後押しするようなかたちが良いでしょう」(ポールマン氏)
さらに同氏は、ミレニアム世代の平均在職期間が18カ月から3年、X世代では6年程度であるという数字も示し、「リーダー層は人を雇ってじっくりと育てるというよりも、もう少し短い時間で戦力にすることも考えるべき」だと強調した。また、若者たちがキャリアアップへのモチベーションが高いことを例に挙げ、「リバースメンタリング」の実施を推奨する。これは通常のメンター制度とは逆に、若者がリーダー層や経験豊富な人材のメンターになり、助言を行う制度だ。リーダーらは若者世代から新たな発想や、特に彼らが得意とするITやテクノロジーの知見を得ることができる。若者側はリーダーらから企業カルチャーに触れることで、帰属意識が高まるというメリットがあるそうだ。
「若者が能力を発揮するまでの期間を、テクノロジーを用い、数カ月単位まで短縮しましょう。また、仕事のキャリアアップやスキルアップのチャンスを用意することも必要です」(ポールマン氏)
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コロナ禍を経てなお、働き方の多様化は進んでいる。ポジションや世代によって大きく異なる「働き方に対するスタンス」を企業やリーダーはどうまとめていくべきなのか。従業員エクスペリエンスのスペシャリストであるポールマン氏のインタビューから、ヒントを得ていただきたい。