7月13日、第78回日本消化器外科学会総会において、函館と東京をつなぐ遠隔手術の実証実験が実施された。通信キャリアとしてNTT東日本が参画し、遠隔手術支援を支える通信インフラの検証が行われた。

  • 遠隔手術の実証実験を実施

学会、行政、企業の連携によるプロジェクト

遠隔手術では、外科医が少なくなっている現状から、地方の病院でも、若手中堅の医師が基幹病院のメンターの医師から指導を受けられるほか、患者にとっても、ポピュラーな疾患であれば、地方の病院でしっかりした診療を受けられるという複合的な目的を目指している。

厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」にて、「遠隔手術支援(遠隔地の指導医が現地の術者に代わって部分的に手術操作を行う)」についても、オンライン診療に含めることが明記されたことで本格的にプロジェクトがスタート。

現在は、外科学会、内視鏡外科学会、消化器外科学会など関連する学会のほか、総務省、厚労省などの行政、ロボット企業、通信企業体を含めたチームによって展開されている。

函館からロボットを操作して、東京で行われている手術を支援

今回の実証実験は、日本消化器外科学会総会の会場である函館アリーナ(北海道函館市)に手術支援ロボットであるメディカロイド製のhinotoriのサージョンコクピット、約740キロメートル離れた東京会場であるMIL東京(東京都新宿区)にhinotoriのサージョンコクピットとオペレーションユニットを設置。

手術は東京会場で行われ、その手術を函館から支援するほか、函館から直接ロボットを操作して手術を実施するという2つのパターンが実演された。

最初の実演は、これまでに何度も検証に関わってきた北海道大学の海老原裕麿氏が函館で遠隔術者、弘前大学の諸橋一氏が東京で現地術者を担当。その後、公募で選ばれた医師による初の遠隔手術の模様も公開された。

遠隔手術において問題となるのは「遅延」だ。約740キロメートルの距離を商用の光ファイバーで接続しての実験となったが、NTT東日本によって提供された回線は帯域確保型と呼ばれるもので、片道12.5msで往復25ms、100分の2.5秒という通信の遅延が計測された。

さらに、映像はフルハイビジョンの立体視となっており、送受信のための圧縮・解凍で30ms、100分の3秒の遅延が発生。トータル55ms、100分の5.5秒という遅延の中で、手術が行われた。なお、手術には、胃の人工臓器モデルが使用されている。

実験ではまず、函館からロボットを操作しての手術を実施。遠隔手術における遅延は、10分の1秒、100ms以上になるとパフォーマンスに影響が出ると言われている。だが、今回の実験では55msの遅延であり、実際に手術を行う医師も、遅延を気にせずにロボットを操作する。

  • 函館会場からロボットを操作する

続いて、東京会場でロボットを操作し、函館会場から支援するパターンを実演。函館のモニターで映像を見ながら、音声やモニターに直接書き込むなどの方法で指示を加える実験のほか、手術の途中でロボットの操作権を切り替えて、そのまま手術を継続するパターンも実験も行われた。

  • 東京会場で行われている手術を函館会場から支援

公募で選ばれた医師も、遠隔手術という違和感を覚えることなくスムーズに手術を実施。約740キロメートルという距離を感じさせない様子に、近い将来の社会実装を予感させる実証実験となった。

遠隔手術を支える通信インフラ

遠隔手術の成否を握っているのが通信インフラだ。通信キャリアとしてプロジェクトに参画するNTT東日本の馬塲延和氏は、「どれくらい遅延が出るかは正直分からなかった」と、実験開始当初を振り返る。しかし実験を行ったところ、想定よりもはるかに低遅延を実現。それが、同プロジェクトを円滑に進めることができた理由の一つだと強調する。

  • NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 第四バリュークリエイト部 医療ICTプロジェクト 担当課長 馬塲延和氏

そして、帯域さえ確保できれば、日本全国どこでも対応できると自信を見せる馬塲氏。ネットワークについては有線だけでなく、無線も5Gをはじめ技術開発が進められており、選択肢として当然考えられるという。

ただし、病院は遮蔽物が多く、電波が届きにくい環境であり、ファシリティの面での検討が必要。さらに、ロボット自体は特に移動して使うものではなく、固定されたもの同士を結ぶという意味では、有線の方が現時点では適しているのではないかと考えられている。

また、ネットワークの通信経路としてのセキュリティはもちろん、各医療機関のセキュリティも重要なポイントで、厚労省が出している医療情報システムの安全管理ガイドに則って、医療機関がセキュリティを担保していく必要がある。

その点に関して、馬塲氏は「われわれは、通信の会社としてだけでなく、セキュリティやクラウドなどの領域も含めて、ICT企業としてお手伝いできることがたくさんあると思います。そうしたニーズにもしっかり応えていきたい」と、企業としてバックアップする姿勢を示した。

さらに、馬塲氏は通信回線の課題として「冗長化」を挙げ、通信が切れた時、どのようにリカバリーしていくかを検討する必要性を重視していると述べた。

これは、「通信キャリアだけの問題ではなく、遠隔手術支援を実現するため、ロボット企業や操作する外科医師も含め、運用面での対策も重要である」という馬塲氏。

99%の品質は担保できても、100%はないという前提において、いかにリカバリーできるかが重要であり、世の中のさまざまな技術を活用することで、限りなく100%に近づけられるのではないかとの展望を明かした。

また、NTTグループが研究開発に取り組み、今年3月に商用リリースされた「IOWN APN 1.0」。電気信号の代わりに光信号を使うことで、省電力化、大容量化、低遅延化を実現する通信技術についても、「遠隔手術に提供される可能性も十分にあると思います」と、馬塲氏は今後の開発に対する期待を見せた。