一時的なトレンドから、恒常的な活用を検討するフェーズに入ったとも言われるメタバース。イベントやプロモーションのための期間を区切った利用ではなく、長期的な視野を持ってメタバースの構築を検討・企画する企業や自治体も増えている。
その1つが、京都府亀岡市だ。同市は3月29日、メタバース空間「KAMEOKA VIRTUAL HISTORIA - 亀岡バーチャルヒストリア - 」を公開した。これは同市が取り組む「亀岡市デジタル文化資料館構築事業」の一環として行われた施策である。
では、亀岡市はこの事業をどのように展開し、中でも特長的な取り組みであるメタバース空間の構築にどんな思いを込めたのか。亀岡市文化資料館 学芸員の飛鳥井拓氏と亀岡市 市長公室 広報プロモーション課の梁川季久氏にお話を伺った。
貴重な文化財の「後継者不足」の打開策を、博物館法改正が後押し
亀岡市デジタル文化資料館構築事業はメタバース空間の構築、市内にある文化遺産をデジタルアーカイブ化したデータベースの作成・公開、それらのプラットフォームとなるホームページの作成・公開という3つの事業で構成されている。飛鳥井氏は、これらの事業構想が生まれたきっかけは「市内所在の文化財の後継者不足」だと語る。当時、単独の公式ページもなかった亀岡市文化資料館の来館者は高齢者層が多く、若い世代がなかなか来てくれないことも長らく課題となっていた。
「これからの文化財を担う世代に、どう関心を持ってもらうかを考えた時、1つの方策としてデジタル化が良いのではないかと考えました」(飛鳥井氏)
また、博物館法が改正され、2023年4月から施行されたこともデジタル化構想を後押しした。今回の改正で博物館の事業として、デジタルアーカイブの作成と公開が新たに加わったのだ。
少数精鋭で短期間の大規模プロジェクトを敢行
デジタル化構想実現のため、亀岡市では、飛鳥井氏ら文化資料館のメンバーに加え、デジタルに詳しい人材として梁川氏ら市職員も含めた10名程度のチームをつくり、2022年10月頃からプロジェクトを本格稼働した。この時点で、メタバースの公開は2023年3月を予定しており、実質半年弱というハードスケジュール。飛鳥井氏は「かなり濃い時間を過ごした」と当時を振り返る。3つの事業それぞれの分科会に加え、PR分科会など、内容を細分化した会議を週に何度も行い、細かな調整を進めたそうだ。
今回のデジタル化構想では、3つの事業に対し、1.2億円という大規模な予算が組まれた。これだけの規模感の費用を用意できた背景について、飛鳥井氏は「亀岡市は、『かめおか霧の芸術祭』を開催したり、文化財の活用・整備を推進したりするなど、文化に対して理解のある市」だとした上で、国からの交付金や新型コロナウイルス感染症の流行に伴う助成金など、いろいろな制度を活用したと明かした。
ただ“鑑賞する”のではなく、雰囲気ごと“体験する”空間づくりを
デジタル化構想の目玉であるメタバース空間の構築については、早い段階から多くの議論が交わされた。博物館のデジタル化と言うと、多くの場合、博物館そのものを3D空間にし、来場者が展示品を見て回るスタイルが一般的だ。しかし、亀岡市は博物館自体の知名度が高くないことなどから、「丹波亀岡城や福壽山金剛寺など、江戸時代後期に実際にこの地域にあったものを再現し、当時に近いかたちで文化財を配置して身近に感じてもらう方が効果的ではないかと考えた」(飛鳥井氏)という。また、今回のメタバースの開発に携わったstu社との話し合いを通じ、文化財を巡るというスタイルをより際立たせるため、細かなクオリティの追求にこだわる方針を採用した。
「亀岡バーチャルヒストリアは、実際の資料に基づき、各時代の様子を細かく再現しています。当時にタイムスリップした体験ができるような世界観の構築を目指しました」(飛鳥井氏)
実際に公開されたメタバース空間では、昔の亀岡の街を散策しながら、文化財に“触れる”ことができるだけでなく、空間内で他の参加者と手を振り合ったり、写真を撮ったりといった交流をすることも可能だ。また、エリアごとに「天守に到達する」といったミッションがエリア毎に設定されており、ゲーム的な要素もふんだんに取り入れられている。この点にも、今回のこだわりがあると飛鳥井氏は言う。メタバースと言えば、アバター同士が交流を図ることが醍醐味の1つ。しかし、メタバースが好きな人だけでなく、歴史が好き、文化が好きという人が1人でも楽しめるよう、ミッションをこなすゲーム要素を取り入れたそうだ。