新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、リモートワークや在宅勤務が浸透し、働き方は大きく変化した。離れた場所にいても円滑にコミュニケーションを取るための手段の一つとして、多くの企業でビジネスチャットの導入が進んだことは言うまでもない。

だが、ビジネス版LINE「LINE WORKS」を展開するワークスモバイルジャパンの代表取締役社長・増田隆一氏によれば、「実際の普及率は50%に満たない」のだという。編集部では、同氏にビジネスチャット市場の現状や同社の強み、今後の展望などを伺った。

  • ワークスモバイルジャパンの代表取締役社長・増田隆一氏

市場は急成長しつつも、普及率は約半分

コロナ禍の働き方の変化により、多くの企業でビジネスチャットの導入が進んだ。ワークスモバイルジャパンが提供するLINE WORKSも2019年末から利用者が急増し、「コロナ特需のような状態になった」(増田氏)という。同氏が入社した2019年8月の利用者数は5万社100万IDだったが、2022年1月段階では35万社400万IDを突破していることからも、その急成長ぶりがうかがえる。ビジネスチャット市場全体も同様に、この数年間で大きく成長したことは間違いない。だが、増田氏はモニタスが全国20~64歳男女の会社員2,836名を対象に実施した調査データを示し、「今年5月の調査では、ビジネスチャットの普及率は50%に満たない」と話す。同調査によると、ビジネスチャットの利用経験があると回答したのは全体の約40%、ビジネスチャットを認知している人も50%程度だったのだという。

「私自身はもう少し利用者がいるという感覚でした。ビジネスチャットは浸透しているように見えていましたが、実はまだまだホワイトスペースがあることに気が付いたのです」(増田氏)

ビジネスチャットの普及が思ったよりも進んでいない理由について同氏は、「大前提として、コミュニケーション基盤の変更はとても大変なこと」だと語る。さらに、日常的にPCを用いて仕事をするデスクワーカーへの浸透は進んだものの、“現場”で働く非デスクワーカーを多く抱える領域には浸透しきれていないのではないかと見解を示す。コロナ特需が終わった今、改めて業界全体として「ここから本気で価値を提供していかなければいけないフェーズに入った」と捉えているという。

LINEとは完全に別アプリ - LINE WORKSの成り立ち

LINE WORKSは2016年1月、「Works Mobile」という名称でリリースされ、約1年後に現在の名称に変更、現在では“ビジネス版LINE”として親しまれている。増田氏によると、LINE WORKSの構想の始まりは、2011年にリリースされたLINEが日本で爆発的ヒットを記録したことだったという。これを受け、LINEの親会社である韓国NAVER が「LINEのようなコミュニケーションができるビジネス基盤があれば」という発想からワークスモバイルを設立。その資本の9割以上を日本に投入することを決め、2015年6月にワークスモバイルジャパンが生まれた。ではなぜ、最初にビジネス展開する場として韓国ではなく、日本市場が選ばれたのか。同氏は日韓の距離的な近さや文化の親和性の高さのほかに、日本人の品質へのこだわりの強さに期待したのではと推測する。

「日本は、品質の良いものは良いと言ってくれる国民性があります。当時のワークスモバイルは、日本で成功すれば、グローバルに出ていけると判断したのでしょう」(増田氏)

こうしてワークスモバイルは、LINEの“兄弟会社”という立ち位置で、LINEのような利便性を持ちつつ、日本企業 のニーズに応えられる機能を備えたアプリを目指して開発を進めた。このような成り立ちから、実はLINEとはソースコードや基盤が異なり、完全な別アプリとなっている。ユーザー視点で見ると、特にLINEと大きく異なっている点が、アカウントの発行方法にある。LINEは個人が自身の携帯電話番号に紐付けてアカウントを立ち上げる。複数人でコミュニケーションしたい場合は、グループを作成し、個人のアカウントを集合させるイメージだ。一方、LINE WORKSは導入企業の管理者がドメインを取り、それぞれのメンバーのアカウントを発行していく「情シス的な考えに近い」(増田氏)つくりになっている。

「個人のアカウントでは、セキュリティやガバナンスの観点、監査ログを取りたいといった企業ニーズに応えることができません。社員を守るという意味でも、このようなビジネス上でのニーズにしっかりと応えることが必要です」(増田氏)

  • LINE WORKSの使用イメージ

事例に見る「LINEの“兄弟”であることの強み」

実際にLINE WORKSを導入している企業はどのような使い方をしているのか。ある生命保険会社では、保険外交員のLINE WORKSと加入者のLINEをつなげることで、スムーズなやり取りができているという。仮に保険外交員が個人のLINEアカウントを使用して加入者とやり取りしていた場合、退職後に企業と加入者が連絡を取れなくなる、トラブル発生時にログを確認することができないといった問題が発生しかねない。「ビジネスチャットでありつつ、個人のLINEアカウントともつながることができるLINE WORKSならではの強みが活きた事例」だと、増田氏は説明する。

また、「好立地、ぞくぞく。」のキャッチフレーズで 不動産業を展開するオープンハウス社では、公式ホームページ上にある営業員紹介の欄に、1人ずつLINE WORKSのQRコードを設置しているそうだ。興味を持ったコンシューマーは、直接QRコードをスキャンし、自身のLINEアカウントから営業員とコミュニケーションを取ることができる。こうした使い勝手の良さから、「LINE WORKSはBtoBtoCのスタイルを取る業界からの支持が高い」と増田氏は言う。

PCファーストではなく、スマホファーストで開発したアプリである点も強みだ。普段業務であまりPCを使わない人にとって、スマホだけで使いやすい設計になっており、LINE WORKSであれば、LINE感覚で手軽に使用できる。そのため、最近では介護業界や建築業界など現場ではたらく人が多い職場への導入が増えているそうだ。