オンラインマーケットプレイスの構築・運用支援ソリューションを手掛ける仏Miraklが日本市場で本格的に事業を開始した。SaaS(Software as a Service)型のマーケットプレイス・プラットフォームとマーケットプレイスビジネスの成長支援サービスを提供する急成長中のユニコーン企業であり、企業価値は約4500億円。海外SaaSベンダーの日本進出を支援するジャパン・クラウド・コンピューティングと合弁で、2022年5月に日本法人を立ち上げた。

地元フランスを中心に欧州市場での顧客獲得が先行していたが、近年では百貨店大手のMacy's、家電量販店大手のBest Buy Canadaなど、北米でも多くの顧客を獲得。2021年の年間経常収益は約130億円で、Miraklのソリューションをベースとしたマーケットプレイス上での取引額は約5600億円という規模に達している。また、直近の顧客数は300社を超えているが、2021年だけで80社の新規顧客を獲得しているという。

  • Miraklのグローバルでの事業規模と導入企業例

    Miraklのグローバルでの事業規模と導入企業例

グローバルでは40カ国展開、日本は15番目の拠点となり、2025年までに30社への納入を目指す。MiraklはEC市場にどのような新しい価値をもたらそうとしているのか、日本における市場開拓の戦略と合わせて、Mirakl日本法人の代表取締役社長に就いた佐藤恭平氏に話を聞いた。

自社ブランド中心のマーケットプレイス構築を支援するSaaSを提供

コロナ禍による巣ごもり需要の拡大やビジネスにおける対面でのコミュニケーションの減少などを受け、小売り・流通業や製造業ではECの活用が加速している。ECビジネスに参入する方法で最も手軽なのは、Amazonや楽天市場のような巨大な総合型マーケットプレイスに出品者(セラー)として参加することだが、膨大なセラーの中から選ばれるハードルが高い上に、セラーが得られる顧客のデータも限定的で販売・マーケティング施策の自由度も高くないという課題があった。

そうした背景から、セラーが自社でECサイトを立ち上げて顧客に直接販売するD2C(Direct to Consumer)のトレンドが強まっている。手軽にECサイトを構築できるECプラットフォーム製品のベンダーも好調だ。ただし、自社サイトでのECビジネスも運用にそれなりのコストがかかるほか、品揃えを含めて顧客のニーズに応えられるだけのUXを提供するには、より大規模な投資が必要になる可能性もある。

総合型マーケットプレイスと自社EC--。Miraklは、ECビジネスにおける従来の2つの選択肢の真ん中に位置する「第3の選択肢」を提示するという。具体的には、独自のマーケットプレイスを容易に構築できるプラットフォームをSaaSで提供する。

例えば、「エシカル」という価値観を大事にするアパレル企業であれば、Miraklのソリューションを活用して自社製の衣服をメイン商材に据えつつ、自社の理念と合致するサードパーティーセラーのエシカルな化粧品や家具もラインアップした独自のECを構築することができる。

顧客にとってこうしたマーケットプレイスは、品揃えに特化した総合マーケットプレイスとは異なる価値を提供し、EC体験を豊かにしてくれるものと言えよう。一方、サードパーティーセラーにとっては顧客接点の拡大につながり、スキームの性質上、ロイヤルカスタマーの発掘につながる可能性も期待できそうだ。

佐藤氏は、「Amazonのようなプラットフォームを自社で構築するには膨大なリソースがかかる。Miraklは、そのプラットフォームを民主化することで、自社製品やブランドの価値観などを中心に据えてサードパーティーセラーや商品ラインアップを管理できる新しいマーケットプレイスの構築を支援する」と説明する。

  • Mirakl 代表取締役社長 佐藤恭平氏

    Mirakl 代表取締役社長 佐藤恭平氏

Miraklのソリューションを導入して自らマーケットプレイス運営者になった企業は、顧客やサードパーティーセラーの行動データを活用しながら、ECビジネスの成長に向けて幅広く柔軟な打ち手を用意できる。佐藤氏は、「マーケットプレイス運営企業と顧客、そしてサードパーティーセラーのいずれもがメリットを得て、持続的に『三方良し』の関係をつくることができるのもMiraklの特徴だ」と強調する。

また、Mirakl導入企業に対しては、マーケットプレイスビジネスの成長を支援するサービスも提供する。サードパーティーセラーの開拓から自社製品の売り上げ拡大、サードパーティーセラーとのシナジー創出によるマーケットプレイス全体の成長に至るまで、戦略策定と実行を一貫して支援するカスタマーサクセス専門チームを組織している。マーケットプレイス・プラットフォームはSaaSモデルなので導入時のセットアップ費用と月額の利用料がかかり、カスタマーサクセス関連のサービスは成功報酬型の料金体系になっている。

「出自から言っても、Miraklはもともとフランスの伝統的な小売の世界でオンラインマーケットプレイスを実現し、そのノウハウを持ってスピンアウトした会社。テクノロジーありきではなく、マーケットプレイスのビジネスを成功させるための経験とノウハウ、知識がDNAに組み込まれていることが最大の強み。カスタマーサクセスチームも(戦略コンサルのグローバル大手である)マッキンゼー・アンド・カンパニー出身者などマーケットプレイスやECビジネスの非常に高度な専門知識を持っている人材を揃えて充実したサービスを提供している」(佐藤氏)

B2Bでは商流のデジタル化への活用事例も登場

現在、Miraklユーザーのマーケットプレイス上でビジネスをしているサードパーティーセラーは5万社を超えているが、カスタマーサクセスチームの伴走の下に「厳選」されたセラー網が構築されていると見ることもできる。マーケットプレイス運営者にとっては、この資産を活用できる点もMiraklを選択する大きな理由になっているという。

B2Cでの事例だけでなく、B2B企業の流通網をデジタル中心に変革していくための基盤として活用する事例も出てきている。北米でフォークリフトの販売などを手掛けるToyota Material Handlingはディーラー網を通じてビジネスを拡大してきたが、顧客情報やディーラーが抱えるアタッチメントや修理部品の在庫情報などは把握できていないという課題があった。そこで、Miraklベースのマーケットプレイスで商流をデジタル化しようと試みた。具体的には、ディーラーにサードパーティーセラーとして参加してもらい、部品の在庫情報や顧客の動向をリアルタイムに把握できるようにした。

  • Toyota Material Handlingが開設したマーケットプレイス(一部抜粋)

    Toyota Material Handlingが開設したマーケットプレイス(一部抜粋)

「商流をデジタル化する際に問題になりがちなのは、ディーラーの役割をメーカーやメーカー系販売店が奪ってしまう形になること。Toyota Material Handlingは自社とディーラーの領分を守った上で、既存のビジネスモデルを壊さずにEC化によって顧客接点の拡大を実現し、部品の売り上げは2.2倍に増えた。さらに修理部品の購買データをR&Dや本体の買い替え提案に生かすこともできるようになり、フォークリフト本体の売り上げも1.2倍になるという相乗効果も得られた」と佐藤氏はToyota Material Handlingの活用事例を解説する。

佐藤氏によれば、モダンなSCM(サプライチェーンマネジメント)システムのモジュールのようなイメージでMiraklのプラットフォームを活用したいという問い合わせは、すでに日本企業からも多数寄せられているそうだ。

自社EC事業者や既存のEC基盤ベンダーとは補完関係

ECの「第3の選択肢」を標榜してその価値を日本市場に訴求していく際に、既存の選択肢との関係性についてはどう整理していくのだろうか。佐藤氏は「Miraklベースのマーケットプレイスは、Amazonや楽天市場のような巨大な総合マーケットプレイスとも、独自ECサイトとも競合するとは考えていない」と話す。

前述したように、特定の価値観や品質基準などに基づいた品揃えのマーケットプレイスと、あらゆるものが揃う総合マーケットプレイスとでは存在意義が異なり、棲み分けることになる可能性は高いとMiraklでは見ている。独自ECサイトに至っては、明確な補完関係にあるという。Miraklは小規模なEC事業者をサードパーティーセラーとして積極的に迎え入れる方針で、そのための仕組みも整えている。

Miraklのマーケットプレイス・プラットフォームは、ヘッドレスコマースのアーキテクチャに基づいてECのバックエンドに特化した機能のみを提供しており、API(Application Programming Interface)でさまざまな連携が行える。サードパーティーセラーのパフォーマンス管理、製品データのマッピングと重複排除、AIを活用した製品カタログ管理、ビジネスルールの実装、決済などがプラットフォームのコア機能となり、WebサイトのUI開発などのフロント部分の機能は網羅していない。

  • Miraklが提供するプラットフォームのアーキテクチャ

    Miraklが提供するプラットフォームのアーキテクチャ

独SAPや米Adobe、米Salesforce.com、米Oracle、カナダのShopifyといったグローバルベンダーのEコマース向け製品については、Miraklプラットフォームとスムーズに連携できるためのコネクターを用意している。こうした製品を用いて、マーケットプレイスのUIを自由に最適化できる。このアーキテクチャはサードパーティーセラーとのスムーズな連携にも貢献している。例えば、ShopifyでECサイトを構築した小規模なショップの情報を自動的にMiraklのマーケットプレイスに同期させることもできる。

Mirakl自身の市場開拓という観点でも、既存のECプラットフォーム製品とは競合せず、補完関係にある。佐藤氏は、「引き合いの状況も含めて日本のお客様からの期待も大きいと実感している」と話す。需要に応えるべく、現在MiraklではSIerなどに声をかけ、インプリパートナーの体制づくりにも着手している。

マーケットプレイスのプラットフォームを民主化するというMiraklが提供する価値が認められ、企業での採用も広まったという。

「日本はマーケットサイズが大きい一方でEC浸透率が欧米に比べて低く、だからこそ成長の余地は大きい。北米市場での成長に貢献したキーパーソンが日本でのビジネス立ち上げに参加するなど、Mirakl本社も日本市場を非常に重視している。日本企業がECビジネスにもう一歩踏み込む手伝いができれば」と佐藤氏は力を込めていた。