NECは12月17日、「NEC Innovation Day」を開催し、研究開発と新規事業創出における戦略を発表した。同社は「NEC Orchestrating Future Fund」を設立し、資金や人材など外部リソースを積極的活用するとともに、共創型の研究開発や事業創出を拡大する方針を示した。

NEC 取締役 執行役員常務 兼 CTOの西原基夫氏は、今後、「未来を共創・試行するデジタルツイン」「人と協働し社会に浸透するAI」「環境性能・高信頼・高効率を可能にするプラットフォーム」の3つの軸に沿って、研究開発を進める旨を発表した。

  • 社会価値創造を牽引するNECの技術ビジョン

「全社として、社会価値につなげる仕事をしていこうという考えがあり、技術ビジョンはそのための共通基盤と位置付けている。デジタルツインという場を作り、その中で活かせる最適化技術の1つとして人のパートナーとなるAIを開発し、先進技術を支えるプラットフォームを整備する。そのために、外部の大手企業やスタートアップ、アカデミアなどと協力するオープンイノベーションを進めていく」と西原氏は説明した。

  • NEC 取締役 執行役員常務 兼 CTO 西原基夫氏

新規事業創出にあたっては、データサイエンス、ヘルスケア・ライフサイエンス、カーボンニュートラルなど、将来の社会にインパクトを与える領域をNEC内で定義づけ、技術の軸とマーケットの軸を組み合わせて、さまざまなステークホルダーとエコシステムを構築し、具体的な事業につなげていくという。

エコシステムを発展させるための新たな取り組みとしては、「NEC Orchestrating Future Fund」の設立が新たに発表された。

同ファンドは、顧客やパートナーとの協業を加速させ、外部の新しいサービス・知見・技術の導入を目的としたコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)ファンドだ。2022年6月末を目途に、同ファンドに賛同する事業会社(通信系、銀行など一業種一社を予定)からの出資を募り、総額1.5億米ドル(約170億円)規模の資金調達を目指す。

  • 「NEC Orchestrating Future Fund」の仕組み

「当社がリーディングパートナーとなり、スタートアップへの投資を通じてソリューションの共創やエコシステム形成を進めていきたい。当社の事業と関係の深い、5G・6G、DX、デジタル・ガバメント/デジタル・ファイナンス、スマートシティ、ヘルスケア・ライフサイエンス、カーボンニュートラルがターゲット領域となる」(西原氏)

NECは7つの技術開発拠点のほか、北米・欧州でのスタートアップ企業の立ち上げを支援する「NEC X」や日本発の共創型R&D事業の推進を目的に異業種6社と設立した「BIRD INITIATIVE」、最先端AIを用いて個別化医療に取り組むAI創薬事業拠点を有している。

  • NECの研究開発・事業開発拠点

BIRD INITIATIVEでは2022年度に2プロジェクトのカーブアウト(企業が事業の一部門を外部に切り離して、新たにベンチャー企業として独立させること)が予定されている。NEC Xでは2019年から2021年の間に、外部からの投資を受けてすでに3社のカーブアウトを行っており、2021年、2022年にも複数社のカーブアウトを予定しているという。

AI創薬事業では、現在AIを活用した個別化がん免疫療法の開発を進めている。NECでは、2025年には同事業が事業価値3000億円まで成長すると試算している。

大手企業や大学との取り組みでは、NTTとの戦略的パートナリングや大阪大学との連携について触れられた。NECは2021年10月には、NTTと情報通信インフラにおけるサプライチェーンセキュリティリスクへの対策技術を開発。また、大阪大学とは2021年11月にNEC Beyond 5G協働研究所の設置を発表している。

研究開発と新規事業創出には、資金や外部パートナーだけでなく、優秀な人材の獲得も重要になる。研究開発職の登用にあたってNECは、2019年度から上限のない報酬水準を処遇する「選択制研究職プロフェッショナル制度」を導入しており、2021年度までに同制度で累計20人を登用している。

2018年度からは突出したスキルを有する事業開発職にハイリスク・ハイリターン型の処遇を与える「事業開発職高度専門職制度」を設けている。「イノベーションの創出においては高度人材が何よりも重要だ。事業開発分野の人材獲得にあたっては、2021年度からデータドリブンDX領域で『Executive Analytics Consultant Lead』という新たなポジションを設置し、社内外からの登用を進めている」と西原氏は明かした。

  • 高度人材の拡大と育成に注力するNEC

「NEC Innovation Day」の領域では、研究開発の3つの軸に関連した技術のデモ展示や、最新動向の発表も行われた。

「未来を共創・試行するデジタルツイン」では、同社の生体認証技術を活用した「顔・虹彩マルチモーダル生体認証による入館管理システムの実機のほか、光ファイバーセンシングによる振動・温度を検知するシステムや液中の微細混入異物を検出するパターン認識技術のデモが行われた。

  • 光ファイバーセンシングのデモで、人が歩いた振動を検知している様子。通信用光ファイバーをセンサーに活用し、特殊な信号処理により、振動や温度などをミリ単位でセンシングできる

  • 液中の微細混入異物検出のデモ。真ん中の機器で液体を検査する。動画認識により、従来難しかった50μm (1mmの1/20) 程度の異物や泡を識別できる

  • 液中の異物の識別について、従来の画像認識との比較

「人と協働し社会に浸透するAI」の領域では、AIによるデータ意味理解、予測分析の自動化に関連した技術として、小売業や物流業などでの商品登録作業の負荷を軽減する「画像認識向けインスタント物体登録技術」のデモが行われた。

  • 画像認識向けインスタント物体登録技術のデモ。商品の画像認識に必要な多数面の画像を学習データとして自動収集する仕組みを採用しており、カメラの前で10~20秒ほど回転させるだけで、1つの商品あたり約30分かかっていた商品登録を完了させられる

また、12月17日に発表された自動搬送ロボットのデモムービーも紹介されていた。同ロボットは、複数のロボットを施設内カメラと無線ネットワークで結び、クラウドによる制御を行うことで、さまざまな形状のユニットロード(カゴ車、平台車など)を人のサポートなしに運ぶことができる。AIが施設内カメラから得た映像を学習し続けることで、作業者が行き交う環境でも人と衝突しない動きが可能になるという。

  • AIと無線技術で制御する「協調搬送ロボット」。AIによる分析やロボット制御などの処理をクラウド側で行う

「環境性能・高信頼・高効率を可能にするプラットフォーム」の領域では、将来の大容量通信を支えるマルチコア光技術を活用した「4コアの海底光ファイバーケーブル」について説明された。NECやFacebookやGoogle、Amazonと同ケーブルによる長距離伝送の実証を進めている。

  • 4コアの海底光ファイバーケーブルの実機

また、量子技術の今後の予定も発表された。NECでは高速ベクトルアニーリングサービスやD-WaveのLeap Quantum Cloud Serviceの販売を開始しているが、2023年の量子コンピューターの実用化に向けて、現状の100倍の量子干渉時間の量子コンピューティング素子を開発していることが発表された。

量子暗号通信技術では、2022年に重要基幹システム向け長距離伝送技術を商用化し、2024年には廉価版となるCV-QKD既存ファイバー重畳技術を商用化する考えも明らかにされた。