日本IBMは7月3日、オンラインで量子コンピュータに関する最新の取り組みについて記者説明会を開催した。説明会では、研究開発の取り組みや実用化に向けた市場・事業開発の推進体制などが紹介された。

IBMの汎用型量子コンピュータ

冒頭、日本IBM 執行役員 最高技術責任者 研究開発担当の森本典繁氏は「IBMは1970年代から量子コンピュータの論理的な研究を行ってきたが、2000年以降は量子効果を制御する技術が現実となり、2016年にはゲート型の量子コンピュータを動作させ、クラウド経由で世の中に公開し、世界中の研究者に最新の汎用量子コンピューティングシステムである『IBM Q System One』を利用してもらえる状況になっている。以降は量子コンピュータの性能向上を実現しており、1月には性能を表現する指標である量子ボリュームは32を達成している」と、近年の同社における実績を振り返った。

  • 日本IBM 執行役員 最高技術責任者 研究開発担当の森本典繁氏

    日本IBM 執行役員 最高技術責任者 研究開発担当の森本典繁氏

同社では本格的な量子コンピュータの応用・利用の時代に向けて「量子技術基礎研究」「ハードウェア・ソフトウェアの開発」「実用化に向けた市場・事業開発」「量子ネイティブ育成のための人材開発」を行う。

  • 量子時代に向けたIBM Quantumチームの方針

    量子時代に向けたIBM Quantumチームの方針

同氏は「過去数十年にわたり、現在でもわれわれが使うコンピュータのチップ性能は1年半ごとに2倍の成長だったほか、約10年前にはハードウェアのイノベーションは必要ないとまで言われていた。しかし、昨今ではAIやディープラーニング、IoTをはじめ、膨大な量のデータの学習に加え、AIで分析・解析などを行う時代だ。ある統計調査によると、毎年必要な計算機資源が1年で2倍ずつに増えている。1年半で2倍にしかならないコンピュータの性能改善と、現在必要とする計算機資源の増大ペースの間には明らかに大きな乖離がある」と指摘する。

そのため、同社では最も期待の高い技術として、量子コンピュータの開発に取り組むことにしたという。続けて、同氏は量子コンピュータと現在のコンピュータの違いについて「現在われわれが使う単位はビットであり、0と1が別々に存在し、バイナリを使い、積み重ねることで複雑な演算計算を行っている。量子コンピュータの場合は単位が量子ビットであり、0と1が混在している」と説明する。

現在のコンピュータは0と1を機械的に表現するためにトランジスタを使い、論理的に動かすためにプール理論に基づく論理ゲートによるプログラム可能な論理演算回路を利用する。一方、量子コンピュータは超伝導量子ビットを使い、量子効果を使ったユニタリ行列演算子によりプログラム可能な量子論理演算回路を利用。

森本氏は「現在の論理演算子よりも3倍以上の演算子を持ち、それぞれが全く違う表現を持つ。構造、構成が同じでもビット自体が異なり、それを使う論理演算子が多彩でリッチな計算ができ、並列的な計算も速くできる。これを動かすために量子アルゴリズムが存在し、PythonやJavaなどを利用する。われわれがフォーカスしているのは汎用型の量子コンピュータであり、自由にプログラムを書くことを可能としている」と話す。

性能の指標である量子ボリュームは、量子ビットの数が多く、エラー率が少なく、ビットごとの連結量は多い方が良く、同社では量子ボリュームを過去4年間、毎年2倍ずつ性能を向上させている。

  • 現在のコンピュータと量子コンピュータの比較

    現在のコンピュータと量子コンピュータの比較

現在、同社では18台の量子コンピュータを保有しており、稼働率は97%を超え、無料のネットワークであるIBM Q Experienceの登録ユーザー数は24万人、実行された演算数は1980億回、科学技術論文などの出版物は235本、IBM Q Networkのパートナー数は106メンバーにのぼり、パートナーが活用を期待している領域としては新素材発見などの化学や、物流をはじめとした最適化に加え、AI(人工知能)、シミュレーションなどとなる。

  • IBMの量子コンピュータに関する実績

    IBMの量子コンピュータに関する実績

日本では世界に先駆けて、産学連携の研究センターとして「IBM Q Hub @ Keio」を2018年に慶應義塾大学に設けている昨年末には東京大学と連携のパートナーシップを締結し、IBM Q System Oneの実機を設置したことに加え、量子コンピュータのハードウェア開発センターを整備した

  • 日本における量子コンピュータ研究の状況

    日本における量子コンピュータ研究の状況

森本氏は「日本はIBMのグローバルにおける研究開発拠点の中でも、最もアクティブでリソースが投資されている拠点の1つとして運営している」と胸を張る。

また、量子ネイティブ世代の育成として若年層を対象にワークショップやサマーキャンプを開催しており、昨年11月には山梨県で実施し、今年は7月20日~30日の基幹で次世代量子コンピューティンぐの開発者育成に向けた2週間のオンライン夏合宿の実施を予定している。

量子コンピューティングの研究ネットワーク「IBM Q Network」

続いて、日本IBM IBM東京基礎研究所 部長 IBM Q Hub at Keio University - IBM Leadの渡辺日出雄氏が、産学問わず参画が可能な量子コンピューティングの研究ネットワークであるIBM Q Networkについて説明した。

  • 日本IBM IBM東京基礎研究所 部長 IBM Q Hub at Keio University - IBM Leadの渡辺日出雄氏

    日本IBM IBM東京基礎研究所 部長 IBM Q Hub at Keio University - IBM Leadの渡辺日出雄氏

同氏は「IBM Q Networkは、われわれの量子コンピュータを用いて産業界に有用なアプリケーションをいち早く構築したいというニーズに対し、研究開発を加速させることに加え、量子ネイティブの人材を輩出することを目的に活動している」と述べた。

基本的には同社と契約するプログラムであり、無料で使えるもの以外にプレミアムデバイスと呼ぶハイエンドの量子コンピュータを利用でき、サポートを受けられる。また、研究コミュニティのため年1回に世界中の参加メンバーが集まる交流会「IBM Q Summit」を開催している。慶應義塾大学のIBM Q Hub @ Keioでは、化学、金融、AI、ソフトウェアインフラストラクチャの研究を行っており、渡辺氏は化学と金融について説明した。

化学分野では、分子シミュレーションの結果をもとに創薬や新規材料発見が行われており、今後5年ほどで中規模分子のシミュレーションが量子コンピュータで可能になると予測されている。古典コンピュータと比べて高速に分子シミュレーションができ、現在はVariational Quantum Eigensolver(VQE)という手法が用いられている。

  • 化学分野での取り組み

    化学分野での取り組み

また、金融分野ではシミュレーションや数値計算を乱数を用いて行うモンテカルロ法と呼ばれる技術で金融商品のリスク推定、デリバティブ価格決定、ポートフォリオ最適化などを多用している。そのため、Quantum Amplitude Estinmation(QAE)アルゴリズムにより、従来のコンピュータのモンテカルロ法に比べ、高速に計算を実行できるという。

  • 金融分野での取り組み

    金融分野での取り組み

量子コンピュータの市場・事業開発の推進体制は?

最後に、日本IBM GBS 戦略コンサルティング・アソシエイト・パートナー/IBM Quantum Senior Ambassadorの西林泰如氏が市場・事業開発の推進体制について触れた。

  • 日本IBM GBS 戦略コンサルティング・アソシエイト・パートナー/IBM Quantum Senior Ambassadorの西林泰如氏

    日本IBM GBS 戦略コンサルティング・アソシエイト・パートナー/IBM Quantum Senior Ambassadorの西林泰如氏

同氏は「顧客のニーズに応じて、金融や、製造・化学などの事例を創出している。例えば金融業界ではスーパーコンピュータやHPCに基づく、リスク評価やプライシングなどコア事業に直結していることに取り組んできた。しかし、既存技術では突破できないカベが存在しており、量子コンピューティングを適用することで従来の制約から解放されるのではないかと考えている」と話す。

そのため、同社では「事業機会の特定」や「技術の理解」「組織・エコシステム構築」の獲得を支援し、ビジネスコンサルティングという側面ではなく、最先端の量子コンピューティング、関連技術に基づく知見、さらにはAIや数理統計をはじめとした重要な技術を全体的に俯瞰することで、顧客のユースケース、将来の活動計画の構築を支援するという。

  • 量子コンピューティング実用化に向けた市場・事業開発の概要

    量子コンピューティング実用化に向けた市場・事業開発の概要

西林氏は「量子コンピュータのビジネス活用への取り組みは全世界、日本でスタートしている。IBMは、リサーチ、システム、サービスという観点で顧客と一体となっている」と述べていた。