NASをはじめとするストレージ製品ベンダーとして知られるNetApp(ネットアップ)は、現在クラウド自体の到来に対応して自社の変革を積極的に進めている。従来エンタープライズユーザー向けにオンプレミスで運用するハードウェア製品を販売してきたITベンダー各社はそれぞれ新しい“クラウド・ライクな消費モデル(Consumption Model)”の提供に取り組みつつあるが、NetAppも同様だ。
しかも、約5年前の2015年の時点で同社はクラウド対応に大きく舵を切り、主要な“ハイパースケーラーズ”の環境で利用可能な“データサービス”を提供する企業として存在感を発揮している。同社のクラウド対応の経緯を、改めて振り返ってみよう。
“NASの会社”からの脱却
NetAppは元々は“Network Appliance(ネットワーク・アプライアンス)”という社名で1992年に創業、2008年にそれまで略称として広く使われていたNetApp(ネットアップ)を正式に社名にしている。事実上、エンタープライズ市場向けNASを普及させた立役者とも言える企業であり、一般のイメージとしても“NASの会社”として広く認識されていると思われるが、12月10日にはプレス向け説明会でNAS機能をサポートしないSAN専用ストレージとして「All SAN Array(ASA)」の製品化を発表した。
実のところ、従来から同社のNAS製品も“Unified Storage(ユニファイド・ストレージ)”となっており、NASをベースとした製品ではあるものの、必要ならSANストレージとしても利用できるようにはなっていた。そのため、確かに“NASの会社”ではあるものの、“NASだけの会社”ではなくなっていた。
同社は創業からしばらくはまさに「SAN対抗製品としてのNASを強力に推進する会社」であり、当時盛んに議論された「SANかNASか?」という対立構造の一方の当事者であった。
しかし、2000年代、ちょうど社名変更とおおよそ同時期にはSANプロトコルのサポートを開始しており、「NAS上のファイルとしてSAN LUNを構築する」というアーキテクチャによってNASのメリットを活かしつつ、SANとしてアクセスできるようにする形で独自性を発揮していた。
しかしながら、シンプルなSANのLUNではコントローラをアクティブ/アクティブで冗長化し、障害発生時にほぼ瞬時に切り替えることが可能だったのに対し、NASとしてファイルシステムの整合性維持などを行う必要があるNetAppのアーキテクチャでは障害時の切り替えに約2秒以下の時間を要する、という違いも生じており、この差を気にするアプリケーション/ユーザーが存在していたことから、SAN専用ストレージとしてASAを投入することになったという。
もっとも、ハードウェアは全く同一で、ソフトウェアの設定を変更してNAS機能を取り除いたという形で実装されていることから、既存のユニファイド・ストレージ製品である「All Flash FAS(AFF)」をベースにカスタマイズを施した「AFF “All SAN Array(ASA)”パッケージ」という形になっている。新規開発製品というよりは、市場のニーズに併せて設定変更した、という印象だ。
前述の通り同社は長く“NAS専業”でビジネスを展開しており、その頃には全製品ラインナップがシングルアーキテクチャで統一されていることもアピールポイントになっていたが、SANプロトコルのサポートに続き、2015年に買収されたSolidFire製品は従来のやり方であった「技術を採り入れる」形ではなく、従来とは別の製品ラインとして追加され、その結果「シングルアーキテクチャ」ではなくなっている。
こうしてみると、同社はその歴史の中で何度もそれまでの方針を転換し、変革を繰り返していることが分かる。ただ、基本的にそれらの変革は自社の都合というよりは、ユーザー/市場の要求に応える、という形になっているということも言えるように思う。そして、現在の同社が精力的に進めている変革が、「データファブリック」への取り組みと、「クラウド企業」へのシフトだ。
「データサービス」をクラウドで提供する
同社の創業時の社名がNetwork Applianceであったことは前述の通りだが、当初は明らかに“NASの会社”だったにも関わらず、NAS(Network Attached Storage)やStorageといった言葉が社名に入っていなかったのは、今思えばかなり示唆に富む事実のように感じられる。
Network Applianceを意訳するなら「ネットワークに接続されてサービスを提供する、ハードウェアとソフトウェアが一体化した機器」という意味になるだろうが、これはまさに、「データサービスを提供する」という現在の同社のメッセージと一致している。さらに、現在では“アプライアンスの販売”から“クラウドサービスの提供”へのシフトが始まっているが、これも社名から“アプライアンス”が外れ、略称としての“アップ”だけが残った時点で予言されていたことだと見ることもできるかもしれない。
10月下旬にLas Vegasで開催された「NetApp INSIGHT 2019」では、この5年間の同社の取り組みの成果として、データファブリックが一応の完成を見たことが高らかに宣言された。
続いて、12月上旬には東京都内で「NetApp INSIGHT 2019 TOKYO」が開催された。前述のASAの説明もこのタイミングで行なわれたものだ。また、この場においてデータファブリックの日本語での説明があったので、ここで紹介しておきたい。
「データファブリックとは...オンプレミス環境、AWS、Microsoft、Google、Alibaba、および500以上の他のクラウドプロバイダにまたがるエンドポイント間で一貫した機能を提供するアーキテクチャと一連のデータサービスです。ネットアップのデータファブリックは、ハイブリッドマルチクラウド環境においてデータ管理をシンプルに、そして統合することによって、データを活用したDXを加速します」というのがその説明だ。
これでもやや漠然としている印象は拭えないが、ポイントとなるのは「Cloud Volumes Service for AWS」「同Google Cloud」「Azure NetApp Files」という形で各クラウド環境上でフルマネージドのファイルサービスの提供がすでに始まっているという点だ。
これはいわば、同社のNASの機能がクラウド上のサービスとして実現されているという形だ。そして、オンプレミスやクラウドなど、さまざまな環境に分散したデータを統合的に扱うためのインタフェースとして提供されるのが「Fabric Orchestrator」だ。
これは、データを検出し、メタデータに基づく自動管理等を行なうインタフェースで、ポリシーに従ったデータの移動などが一元的に実行できる。こうした取り組みは、今後ストレージベンダー各社との競争に直面することになるが、まずはNetAppが一歩先行し、主要クラウド環境すべてで一貫したサービス提供が可能な状況を作ったことになる。これが5年前からクラウド化に取り組んだことで実現可能になった「時間的アドバンテージ」と言えるだろう。
なお、同社の取り組みが単なる「ストレージ企業のクラウド対応」ではなく、会社としての「クラウド企業へのシフト」であることを端的に示す取り組みが「NetApp Kubernetes Service」の提供だろう。現在、Kubernetesに対する支持の高まりは極めて大きなものがあり、IT業界では各社足並みを揃えてKubernetes対応を打ち出している印象があるため、ともすれば「またか」という反応になってしまいそうだが、Kubernetesは元々アプリケーションに近いレイヤの技術なので、基本的にはストレージとの関連は薄い。
敢えて言うならサーバ・ベンダーの領分ということになるだろう。では、なぜNetAppがKubernetesなのかと考えると、同社の現在の目指すところが「ストレージベンダーとしてのクラウド対応」というレベルではなく「クラウド上のワークロードに対してデータサービスを提供する」という視点で事業の再構築を始めているから、と考えれば腑に落ちるのではないだろうか。
すでに「データの時代」と言われる状況になっているが、今後同社はデータを軸にデータ管理やデータへのアクセスをサービスとして提供し、データを活用するさまざまなワークロードに対して支援を提供する“クラウド時代のデータのスペシャリスト”として独自の立ち位置を築こうとしていると見てよさそうだ。