アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWS)は12月19日、同社の顧客であるAGC(2018年7月に旭硝子から社名を変更)がSAP ERPを同社のクラウドサービスに移行するプロジェクトが完了したことに伴い、説明会を開催した。

説明会には、AGCのグローバルITリーダー兼情報システム部長を務める伊藤肇氏、情報システム部 電子・基盤技術グループのマネージャーを務める大木浩司氏、情報システム部 デジタル・イノベーション・グループのプロフェッショナルを務める三堀眞美氏が参加した。

  • 左から、AGC 情報システム部 電子・基盤技術グループ マネージャー 大木浩司氏、グローバルITリーダー兼情報システム部長 伊藤肇氏、情報システム部 デジタル・イノベーション・グループ プロフェッショナル 三堀眞美氏

投資することなく、BCP強化を実現

AGCは2014年2月からクラウドサービス利用の検討を開始し、同年8月にはAWSを採用することを決定した。クラウドの検討にあたっては、Microsoft Azure、キャリア系のクラウドサービスも移行先の候補としていたが、AWSのコストが最も安かったという。

コストに加え、AWSに移行することで、BCP(事業継続計画)が強化されることもAGCにとってメリットだった。大木氏は「データセンターを1つ持つだけでもやっとなのに、2つ目のデータセンターを持つことは大きな負担だった。しかし、AWSに移行すれば、投資することなく、2つ目のデータセンターを持つことができる。これは魅力」と語った。

こうして、コストとBCPといったクラウドサービスの長所は容易に評価できたが、クラウドを利用する上でのその他の不安については、多面的に評価を行った。

まず、法規制への対応において問題点はなかった。内部統制については、インフラのRCM260項目を調査して、問題がないことを明らかにした。「Windows、SAPの認証はそのままAWS上に構築でき、リスクをコントロールできることがわかった」と大木氏は話した。

セキュリティに関しても、2006年から当時にかけて、AWSでは事故が起きておらず、性悪説に立つと「AWSのほうが安全」という見解に落ち着いたという。

  • AGCにおけるクラウド移行プロジェクトにおける検討項目

SAP ERPのコストがマンション1部屋分削減

AGCは、SAP ERPをAWSに移行するとともに、社内システムとしてもAWSの利用を進めている。SAP ERPの移行プロジェクトとしては、2016年1月に初のSAP ERPがAWSで稼働を開始し、同年5月には、SAPS値が4万を超える同社最大のSAP ERPシステム(EBISU)がAWSでサービスインした。その後、2017年に3系統、2018年に2系統をAWSに移行した。

  • AGCのAWS移行の行程

EC2(仮想サーバ)やS3(クラウドストレージ)など、AWSのサービスは、性能を上げつつ、価格の値下げが行われる。そこで、EBISUにおいては、2017年にEC2のr4インスタンスに乗り換えることで、コストを11%下げることができたという。また2018年には、インスタンスの長期利用予約をすることでオンデマンド・インスタンスから大幅な割引を受けられるリザーブドインスタンスを利用することで、コストを削減した。

  • SAP ERP(EBISU)のAWSの利用料の推移

また、主要なSAPシステムのコストは、2015年第4四半期と2018年第3四半期を比べると、総額で42.8%削減できた。大木氏によると、2015年第4四半期のSAPシステムのコストは「4人家族が住めるそこそこのマンション2部屋分」であり、2018年第3四半期にはそれを半減できたことになる。データセンターのコストについては64%、AWSのコストについては27%削減できたという。

  • AWS移行で実現したコスト削減の内訳

AWSで変わったIT部門の業務と社内のIT活用

社内向けには、AWSの7つのサービス(EC2、EBS、S3、ロードバランサー、RDS、ジョブ管理、AWSコンソール)をイントラネット上で提供する「Alchemy」という社内クラウドサービスを提供している。

オンプレミスで上記の7つのサービスを提供するとなると、物理的作業が必要だが、AWSであればWeb上ですべて完結するため、サービス提供のスピードと作業効率が向上する。

また、災害が発生してシステムを復旧する場合、オンプレミスの場合は機器の交換などで約2カ月かかるうえ、前の週末のデータしか戻すことができない。これに対し、Alchemyのサービスであれば1日程度しかかからないで済むうえ、最短で数秒の状態まで復旧可能だ。

さらに、AWSのサービスをプラットフォームとして利用するための仕組み「Chronos」も提供している。「Chronos」によって、シャドーITを防ぐことを目指しているという。

AWSの利用は事務系のシステムにとどまらず、製造・技術系にも広がっている。最初は、ERPなどのビジネスを支えるITの利用が主だったが、攻めのITにおいても利用が始まっている。支えのITのAWS移行で削減した人材を攻めのコストに振り向けることができるようになったという。

AWSの活用を進めるため、社内教育によって認定資格者を増やすとともに、AWSを攻めのITに活用するための新組織「デジタル・イノベーション・グループ」も設立された。

AGCではユーザーに対し、AWSについて「24時間無停止は保証できないけど、ダウンしてもすぐに回復できる」と説明しており、ユーザーも納得しているという。AWSによって削減したコストを攻めのITにシフトしている同社は、デジタル変革を実現したい企業のお手本になるのではないだろうか。