日本マイクロソフトにとって、2016年は、数多くの製品、サービスが発表された1年であったといえよう。Azureのサービス強化や、コグニティブサービスの提供をはじめとするAIの強化、SQL Server2016やDynamics365の登場、そして、HoloLensの国内販売を開始するといった動きもみられた。だが、それ以上に、日本マイクロソフトの平野拓也社長が強調するのが、マイクロソフト社内の変革が進み、クラウド時代に向けた体質へと大きく変化したことである。それに伴い、顧客やパートナーとの関係も大きく変化したという。この動きは、2017年も続くとする一方で、「2017年も、サプライズを起こすことができるマイクロソフトになる」と宣言する。日本マイクロソフトの平野拓也社長に、2016年を振り返ってもらうとともに、2017年の抱負を聞いた。

平野 拓也(ひらの たくや)

日本マイクロソフト株式会社 代表取締役社長

1970年 北海道出身
1995年 米国ブリガムヤング大学 (Brigham Young University) 卒業
1995年 Kanematsu USA 入社
1998年 Arbor Software(Hyperion SoftwareとのM&A後、Hyperion Solutionsに社名変更)入社、ハイペリオン株式会社 入社
2001年 ハイペリオン株式会社 社長就任
2005年 8月 マイクロソフト株式会社 入社 ビジネス&マーケティング部門 シニアディレクター
2006年 2月 執行役 エンタープライズサービス担当
2007年 7月 執行役 常務 エンタープライズサービス担当
2007年 10月 執行役 常務 エンタープライズビジネス担当 兼 エンタープライズサービス担当
2008年 3月 執行役 常務 エンタープライズビジネス担当
2011年 7月 Microsoft Central and Eastern Europe, General Manager, Multi-Country 2014年 7月 日本マイクロソフト株式会社 執行役 専務 マーケティング&オペレーションズ担当
2015年 3月 代表執行役 副社長
2015年 7月 取締役 代表執行役 社長
2016年 7月 代表取締役 社長
2014年7月 代表取締役社長に就任。現在に至る

(以下敬称略)

2016年は、日本マイクロソフトにとってどんな年でしたか?

平野:日本マイクロソフトが掲げている「革新的で、親しみやすく、安心でき、喜んで使っていただけるクラウドとデバイスを提供する」というビジョンを実現する製品やサービスが揃い、そこにパートナーシップやオペレーションの歯車が噛み合ってきた1年だったといえます。たとえば、Windows 10 Mobileを搭載したスマートフォンは、2015年初頭には、国内市場向けにはゼロだったものが、いまでは12社から14機種が登場しています。

さらに、Azureに関するサービス強化やコグニティブサービスの提供をはじめとするやAIの強化、SQL Server 2016やDynamics365、あるいはHoloLensの国内販売を開始するなど、様々な製品、サービスが登場し、1年前に比べるとまったく異なる状況といえるほど、ラインアップが揃ってきました。技術、製品、サービスの中には、過去に実績があって、さらにその進化に対して期待が集まるものと、これまで実績はないが、その進化に対して期待が集まるものがありますが、前年以上にマイクロソフトに対する期待値が高まっていることは明らかです。

また、2016年は、Windows 10をはじめとするインフラの話や、Officeをはじめとするアプリやソリューションの話だけに留まらず、ビジネスのやり方や働き方改革、それに向けた組織の変化などについても、多くの発信ができたと考えています。いままでは、Office 365にこんな機能が搭載されたとか、これだけの規模で導入された、といったことが発表の中心だったり、お客様との会話に関しても、この製品を導入したのでマイクロソフトにはしっかりとサポートしてほしいといった要望が中心だったりしたものが、「こうやって使っていけば変革につながる」といった具体的な事例に関する話が増えたり、「一緒にイノベートしていきましょう」、あるいは「日本マイクロソフトと協業するにはどうしたらいいのか」といった会話が増えています。

こうした動きは2016年に一気に増加しました。あるお客様とは、2日間のワークショップを通じて、何もないところからビジネス変革に関する議論を行い、パートナーを巻き込みながら成果につなげるという実績を挙げました。日本マイクロソフトが、まるでコンサルティングファームのような動き方をすることもあります。お客様との会話の内容が大きく変化していますから、日本マイクロソフトの営業部門でも、その変化に戸惑っている社員がいるかもしれませんね(笑)。

日本マイクロソフトに最も求められているのは、どんなことでしょうか?

平野:「顔の見える組織」としての信頼感は、変わりなく求められている部分だといえます。一方で、サティア(=米マイクロソフトのサティア・ナデラ氏)がCEOに就任してから、さまざまなメッセージを発信し、マイクロソフト自らが多くの変革に挑んでおり、それを聞いたお客様やパートナーから、「もっとマイクロソフトからの提案がほしい」ということを言われるようになっています。働き方改革ひとつをとっても、一緒になって取り組んでいきたいというような、新たな関係が求められていることを感じます。

サティアは社内でも社外でも話の最初に、「世界中のすべての人々とビジネスの持つ可能性を最大限に引き出すための支援をする」という、マイクロソフトのミッションについて必ず説明します。しかも、それを単に紹介するのではなく、本気になって話をしている。このミッションに基づいて、マイクロソフトのテクノロジーはこうすべきであるとか、お客様との関係はこうすべきであるといったこと、そして、これをやるのは正しいのか、正しくないのかということも判断しています。すべてをそこに戻して考えているわけです。

社内の議論においても、従来のように、この製品の売り上げはどうかというレビューをして数値目標に対する達成度の確認や精査をするだけでなく、このセグメントではどんな現象が起きているのかといったような顧客の洞察、ビジネスの洞察に関する議論が増えています。それに伴って、エンタープライズビジネス部門やゼネラルビジネス部門、コンシューマ部門においても社員に求められるスキルが変わってきています。これまでは、Officeの良さを広く、わかりやすく伝えるというところに主眼が置かれたりしていましたが、いまは、業界別のテーマとシナリオを中心にしたり、それにあわせた人材の教育や採用を行ったりしています。

マイクロソフト自身が少し大人になった感じがしますね(笑)

平野:いや、もしからしたら若返ったかもしれません(笑)。これまでのマイクロソフトは、欧米流のトラディショナルなビジネスマネジメントを採用し、四半期決算についてもしっかりとしたオペレーションメカニズムでしっかりとしたKPIをつくり、スコアカードによってそれを評価するという仕組みでした。しかし、いまのマイクロソフトは創造力を発揮しながら柔軟性を持って自分で考えて、責任を持って実行するという仕組みへと変わってきた。固定的なマインドで仕事をするのではなく、柔軟な発想で仕事をするようになりました。試して、失敗して、それで次の方策を考えて、それによって最適な解を得るという取り組みが圧倒的に増えています。

一方で、もう少し考えてから動いた方がいいのではと思う部分もありました。2016年春のWindows 10への無償アップグレードでは仕組みを変更したことでユーザーの混乱を招きましたし、Windows 7およびWindows 8.1におけるSkylakeを搭載したPCに対するサポート期間を延長し、当初の発表を事実上撤回するといったこともありました。

平野:個別の事案についてはフィードバックとして承っておきますが、私が感じるのは、社内のスピードが格段に上がっているということです。クラウド時代にあわせ、開発の考え方は大きく変化していますし、それに伴って動き方のスピードもまったく違うテンポになっています。たとえば、いまや多くの企業にとって経営の大きな課題となっているセキュリティに対しては、1年待って対応するというのではなく、迅速に対策を行うことを最優先し、安心して利用していただくことに力を注いでいます。ただ、Windows 10の無償アップグレードについては初めてのことでもありましたし、ご迷惑をおかけした部分もありました。学習しなくてはいけないところ、調整しなくてはいけないところ、改善しなくてはいけないところをしっかりと理解し、それをもとに対応を図りました。

日本マイクロソフトの社長として2年目に入りましたが、それを振り返ってどう自己評価しますか?

平野:まったく満足していないですね(笑)。1年を経過すると、いろいろなものが見えてきます。あれはもっとできるだろう、あれはもっと早くやりたかった、といった気づきがでてきますし、私自身も社長に就任したときと、1年を経過したとき、そしていまを比べると、見えているスコープが大きく違っています。

2016年10月には、働き方改革週間を実施しましたが、前年には651社だった参加企業が、今年は833社へと拡大しています。それでも私はまったく満足はしていません。個々の企業や個人が持つ特質、経験、才能といったものを最大限発揮してもらうための努力も必要ですし、日本マイクロソフトが貢献できる部分はこんな範囲は留まらないという気持ちも出てきました。

実は、2016年8月に、社長室にスタンディングオフィスを導入したんです。これは、働き方改革をやるなかで、もっとできることがあるのではないかと思って取り組んだものですが、立ったままで会議をやると意見の出方がまるっきり違うことに私自身驚いています。ボードの前に動いて説明する人が増え、一人がそうやって説明すると、ほかの人がまたボードの方に動いて「こうではないか」と意見を言うようになる。議論が活発になり、それでいて短時間で会議が終わる。合計すると1日に3~4時間立って会議をしています。いまでは、社長室での打ち合わせは立ったままというのが基本になっています。これはかなりアナログなものですが、働き方改革という意味で、ひとつの挑戦でもあります。

もちろん、働き方改革以外にも、まだまだやりたいことは多いですね。マイクロソフトが持つ技術、製品、パートナーシップを生かして、お客様に最大限の価値を提供したい。そう考えると、日本マイクロソフトの社長としてこんなこともやりたい、あんなこともやりたいということが次から次へと出てきます。ですから、これで満足したということはひとつもないんです。

日本マイクロソフトでは、2017年度末(2017年6月末)までに、クラウドの構成比を50%にまで引き上げる計画を打ち出していましたが、この進捗はどうですか?

平野:クラウドビジネスについは高い成長目標を設定しているのですが、2016年度上期(2016年7~12月)は、その目標を上回る実績となっています。社長に就任したとき(2015年7月)にはクラウドの構成比は13%。1年目が終了した時点(2016年6月)で32%。それから半年を経過して、さらにその比率は高まっています。50%の構成比に到達するにはまだ努力をしなくてはなりませんが、そこに向けて社員が一丸となって取り組んでいるところです。

ただ、これは、50%という数字そのものよりも、その数字が持つ意味の方が大切です。50%というのは過半数ですから、このビジネスがメインストリーム化されているということにつながります。営業、マーケティング、サポートを担当する社員のすべてが、クラウドを売ることを考え、クラウド中心の仕事のやり方に変え、最もクラウドを優先することになるという裏返しでもあります。クラウドのビジネスは、ライセンスビジネスと違って売り切るものではありません。期末になって、「予算に到達しないので、お願いします」なんて商売はできません(笑)。使ってもらわなくてはいけない。その構成比が5割になっているということは、お客様にマイクロソフトの製品やサービスを確実に使っていただいていることの証でもあるわけです。言い換えれば、日本マイクロソフトとお客様の関係がこれまで以上に緊密になり、働き方改革をはじめとする提案が受け入れられていることにもつながります。

パートナーと一緒に、仕組みを作り上げるだけでなく、そこに規模を伴わないと、50%という数字は達成できません。いよいよ、そうしたところに到達しようしているわけです。その点では、40%でも、60%でも、目指すところの意味には変わりはありません。ただ切りがいい数字として50%ということを示しているわけです。まだまだやることは多いのですが、それに向けて、社員の動きに柔軟性が生まれるとともに、働き方も変わってきました。日本マイクロソフトでは、2016年12月1日、2日の2日間、「PROJECT APOLLO(アポロ計画)」を社内で実行しました。これも、クラウドビジネスに対する社員の意識変化につながっていると思います。

PROJECT APOLLOとは何ですか?

平野:PROJECT APOLLOは、2日間に渡って日本マイクロソフトの全社員が顧客やパートナーに対して、Microsoft Azureの良さをアピールしたり、Azureによって実現されるデジタルトランスフォーメーションに関する提案活動などを行ったりするものです。普段はAzureとは距離があるコンシューマ製品やハードウェアを扱っている社員に加え、人事、総務、経理、広報といった部門などを含めたすべての日本マイクロソフト社員が、Azureに関する営業活動や訴求活動を行いました。

具体的には、人事部門が他社に出向いていってAzureの提案をしたり、サポート部門がユーザーサポートをしながら、一緒にAzureをお勧めしたりといったことも行いました。これは、「One Microsoft」の実現に向けて取り組みのひとつでもありますし、楽しさを持ってビジネスに取り組むという挑戦のひとつでもあります。

2016年に、日本マイクロソフトのシニアリーダーシップチームにおいて、「チームチャーター」を作りました。日本マイクロソフトのシニアリーダーシップチームが大切にする価値観を決め、それに向かって取り組むことを示しました。そのなかである役員から、「仕事にはファンが必要だが、日本マイクロソフトには楽しむことが足りない」という指摘を受けました。いままで以上の決断力、実行力が求められている一方で、仕事を楽しむということも大切です。そうした意見を具現化する取り組みのひとつがPROJECT APOLLOでした。この成果は予想を上回るものであり、社員のモチベーションも高く、リードも予想以上に獲得できました。すでに社員の間からは、2017年2月に「アポロ2号を打ち上げたい」という声があがっていますし(笑)、Dynamics 365などの部門からは、「Azure以外のアポロも打ち上げたい」という声も出ています。全社員がクラウドに対して前向きに取り組んでいることが、ここからもわかると思います。

一方で、AIやIoTに対する取り組みは他社に比べて遅れていた感があります。これらの取り組みは、今後どうなりますか?

平野:AIとIoTは、いずれもマイクロソフトなとって「一丁目一番地」の取り組みだとといえます。どちらも最優先で取り組むべきものであり、この2つは切り離して考えることができません。米本社では、AIに関するサービスを数多く発表していますし、研究開発投資や人員の配置でも最優先事項に位置づけています。AIやIoTに関する技術や製品、サービスの幅の広さについても、他社には負けないものを出していると自負していますが、ご指摘のような声があることを考えれば、これをもっと見えるような形で展開していかなくてはならないですね。勝つまで徹底して取り組むことは、マイクロソフトが得意とするところですから(笑)、2017年も引き続き、この分野への投資を加速していきます。

2017年のIT産業は、どんな1年になるのでしょうか?

平野:いまやIT産業といったときに、それが指す範囲はかなり広くなっています。マイクロソフトのように、ソフトウェアやハードウェアといったITを活用したソリューションを提供する企業だけでなく、世界中のすべての企業がデジタルカンパニーとなり、どの企業もがソフトウェアカンパニーとなっています。

IT産業といったときに、いまやこうした企業までを含めて捉える必要があります。マイクロソフトは、こうした企業に対して新たな考え方やインフラやバックボーン、要素技術を提供することが求められています。この関係性の確立に向けて最初の一歩を踏み出したところであり、2017年はそれがもっと加速していくことになるでしょう。ITカンパニーであるマイクロソフトは、新たな立場や考え方で、IT産業全体に提案をしていくことになります。

日本マイクロソフトにとっては、2017年はどんな1年になるでしょうか。

平野:サプライズがある1年になると思います。

それはSurface Phoneが登場するといったようなサプライズを指しますか?(笑)

平野:それは私も期待したいサプライズですが(笑)、この1年で、日本マイクロソフトに対して「これまでと変わった」、「いままでと違う」、「いい意味で裏切られている」、「予想と違う行動に出ている」などの声が出ていますが、こうした声がこれまで以上に出るような活動を加速していくことになります。エンタープライズにおいても、「こんな提案があるのか」といった驚きをもたらすような活動ができると考えています。また、米本社ではAIに対してかなりの投資をしており、その成果が数多く表面化する1年にもなりそうです。

「ここまでできるのか」、「こんなことまでやっていたのか」というサプライズがあるかもしれません。米本社では様々な要素技術を開発していますから、そうしたものが発表されれば、それも大きなサプライズになるでしょう。

2016年は、Surface StudioやSurface Dial、HoloLensのような新たな使い方をしたり、新たなカテゴリーを創出する製品が登場しました。2017年も、ソフトウェアの力を最大限に発揮できるデバイスが日本市場に投入されることになります。サプライズともいえる製品やサービスだが、マイクロソフトが発表したものであるから、安心して使ってもらえるという世界を作っていきたいですね。

2020年の東京オリンピックに向けて、日本の市場は景気も上向くと見られていますが。

平野:2020年に向けてAIやIoT、ビッグデータ、機械学習など、マイクロソフトが提供する技術や製品、サービスを活用してもらえる場は幅広いと考えています。翻訳ソリューションなどの具体的な相談、商談などもこれから増えていくことになるでしょう。最終技術を生かしたおもてなしのアプリなどにおいても貢献したいですね。また、AIやIoTが「一丁目一番地」とすれば、働き方改革は「一丁目二番地」になります(笑)。

安倍首相も一億総活躍社会を提唱していますが、新たな働き方の提案においては、マイクロソフトにできることがまだまだ多い。ロンドンオリンピックのときには、自宅で仕事をしたり、オフィスに来ないで仕事ができるようにするといったことを呼びかけていましたが、東京オリンピックに向けても同様のことが進められることになると思います。こうしたところにも日本マイクロソフトが果たせる役割があると考えています。