米Googleの会長を務めるEric Schmidt氏は2月28日(現地時間)、スペイン・バルセロナで開催された「Mobile World Congress 2012」で基調講演を行った。テーマは「デジタルデバイドとインターネットアクセス」。ICT全体の課題を取り上げることで、通信業界に対しリーダーシップを強調した。
2年前に初めてMWCにスピーカーとして登場して以来、Schmidt氏は毎年夕方に基調講演を行う。今年は3回目のスピーチながら、Androidの勢いも加勢し、Schmidt氏は業界を牽引する立場で話をした。
ロボット、自動運転車、ホログラム――SFの世界が現実になる
Schmidt氏はまず急速にスマートフォンが普及する一方で、いまだにインターネットにアクセスできる人が限られている現実を取り上げた。現在、インターネットにアクセスできる人は20億人程度とし、「あと50億人がオンラインになると、イノベーション、創造が起こるだろう」とSchmidt氏。アラブの春を示唆しながら、人々がネットによって情報にアクセスできるようになると世界が変わると続けた。
そして、デジタル化の度合いを「ウルトラコネクテッド」「コネクテッドコントリビューター」「コンシューマー」の3つに分類して、インターネットにより生活がどのように変わるのかを予想してみせた。
「ウルトラコネクテッド」は起業家、科学者、開発者などが含まれるごく少数派だ。このグループは、ムーアの法則による処理能力、それにハードドライブの性能改善とコスト低下で、技術側の制限はないに等しい。「将来を制限するのは、科学の制限と社会における倫理のみ」となる。
「服や家具など、さまざまなものに小型で高性能なセンサーが組み込まれる。新しいインテリジェントなインフラが登場する」とSchmidt氏。2020年には主要都市で光ファイバー網が整い、ホログラムや自動運転車など、これまでSF小説での出来事が現実になるという。Schmidt氏はその例として、会議とコンサートが同時に開催されるような状況で、両会場に小型ロボットを送り2つのイベントを体験するようなことが可能になるだろうと語った。
メリットを受けるのは個人だけではない。社会面でのメリットとしては交通安全を取り上げた。米国では過去8年で約37万人が交通事故で命を落としたが、93%が人為ミスだったという。「技術を用いて安全を高めることができる」とSchmidt氏。ビックデータのトレンドも紹介し、深い洞察を得ることで医療、政治、経済とさまざまな分野が恩恵を受けられると述べた。
Schmidt氏はAppleの故Steve Jobs氏に言及しながら、「最終的な到達とは、技術が見えなくなることだ。技術はこれから日常の一部となり、われわれは技術がどのように動くのかを考える時間が減る」と語った。
「コネクテッドコントリビューター」では、話がより現実的になる。例えば、中小企業はSaaS、IaaSなどのサービスを利用して、簡単・安価・迅速にITシステムを構築して事業を展開できる。インターネットに国境はないので場所の制限は少なくなり、参入障壁が下がりチャンスは大きくなるというわけだ。
「コンシューマー」は情報や製品を消費する側で、3つの中では最大数のグループだ。だが、単に消費するのではなく、体験の一部としてエンゲージやコラボレーションがある。
まだ解決していない「デジタルデバイド」――50億人にネットを
Schmidt氏は「Webはマシンを結ぶネットワークではなく、マインドを結ぶネットワークだと常に信じてきた。Webは集合知とグローバルレベルでの意識・自覚に向かって進化していく」と述べる。だが、上の3つのグループに入っていない人がいる――Webがまだ貴重なリソースとなる、残り約50億人の人々だ。
インターネットにアクセスしている上記の3つのグループはネットにアクセスできない50億人を「無視しがち」だ。端末側では、世界的なスマートフォン革命により進展があり、端末の高速化と低価格化が進む。「Androidは全員のポケットに入るだろう。そう信じたい」とSchmidt氏。だが、スマートフォンを持つだけでは解決できないとし、会場に向かって「必要なのはデータ通信だ」と述べた。
だが、Schmidt氏は既存の通信サービスでなくても、P2Pでネットワーク接続するメッシュネットワークでも十分だとも述べる。Bluetoothなどの技術を使って、ローカルにあるコンテンツを端末間で共有するもので、AndroidがNFCを利用したビーム機能を提供していることにも触れた。「メッシュはシンプルな方法で、デジタルデバイド解消の足がかりとなる。これを無視すると、基本レベルの接続を求める人々の現実を無視することになる」とした。
インターネットは水、だから検閲や規制は失敗する
Schmidt氏はデジタルデバイドについて見解を語った後、緊迫した問題として「検閲」や「規制」を取り上げた。
Schmidt氏によると、「現在、何らかの形でWebや新技術へのアクセスをコントロールしようとしている国は40ヵ国ある」という。10年前は4ヵ国だったというから、10倍増えたことになる。Google製品は125ヵ国中25ヵ国で何らかの形で遮断されているという。米国でも、先にネットで大規模な反対運動が起こり話題となったSOPAなどの動きがあり、今後も規制案が出てくるだろうと予想した。
だが、こうした政府の態度に対し、「政府の試みは失敗するだろう」とSchmidt氏は言う。「インターネットは水のようなもので、堰き止めようとしても流れる。完璧な検閲システムは構築できないし、市民は必ず情報を求めてそれを得る方法を探し出す」と、その理由を述べた。
「人間には、生まれに関係なく、創造性、イマジネーション、イノベーションの能力が備わっている」とSchmidt氏。平等でグローバルなコミュニティを作るために、「今、行動を起こさなければならない」「誰もがコネクテッドになる世界をつくることにコミットしよう」と呼びかけた。
国連によるネット管理に警鐘――中国で特許訴訟開始か?
後半30分はQ&Aタイムとなり、会場からの質問にSchmidt氏が答えた。そこで最初に明かされたのが、Googleが「Google Bucks」という独自の通貨を検討していたことだ。P2Pマネーについての質問(というか、営業ピッチ)に対し、「社内で個人間の送金を可能にするサービスをというアイデアがあったが、マネーロンダリングなどの懸念から多くの国で違法であるため、結局は開発しないことにした」と回答した。
会場からは、「Motorola買収により中国の知的所有権侵害対策を強化するのか?」という質問も上がった。「多くの中国企業がMotorolaの特許を侵害しているが、Motorolaは中国市場での展開を重視して訴訟を起こさなかった」と質問者。これに対しSchmidt氏は、「問題は認識しており、検討中だ」と答えた。「Googleは知的所有権を尊重し、世界の法律に遵守してオペレーションし、かつ検閲に反対の立場をとる」と付け加えた。
「インターネットが人権になりつつあり、国連などの国際機関が管理するというアイデアがあるが」という質問に対しては、国連機関のITU(国際電気通信連合)がテレコム分野で果たしたこれまでの実績を賞賛し「論理的なステップに見えるが」と述べながらも、「(ITUが管理すると)インターネットが壊れることになる。オープンさと相互運用性は人類がこれまで獲得した最も素晴らしいものだ。簡単に手放してはいけない。後悔することになる」と警告した。現在のインターネットのガバナンスモデルは機能しているという見解も示した。
「Googleはデータ通信増に貢献している」とオペレーターに同情
Schmidt氏はまた、インフラを構築しているオペレーターに対し、「非常に難しい状況にある」と同情を寄せた。特に、MWCの開催地であるスペインを含む欧州のオペレーターはEUの規制によりローミング料金を一定まで下げなければならない。その一方で、ユーザーはスマートフォンを使って帯域を圧迫し、その対応に向けLTEなどの最新技術にも投資しなければならない。さらには、周波数割り当てにオークションを設けている国も多く、データ定額プランの値上げも難しい。
こうした状況の改善策として、「オペレーターと規制側は話し合いの場所を持ち、理にかなったコラボレーションをする必要がある」という見解が示された。Googleはインフラに依存しており、Googleとしては、Android 4.0で帯域利用を効率化するなどの工夫を図ったという。
一方毎年のことではあるが、「インフラを使って膨大な収益を得ているのに、その収益を還元しないというビジネスモデルをどう思うか?」という質問も飛んだ。これに対し、Schmidt氏は、「Googleはアプリに大きな投資をしている。面白いアプリは無線データの利用を増やし、オペレーターに収益をもたらす。無線データはオペレーターにとって最も重要な収益源だ」と答えた。