業務アプリケーション大手の独SAPがIT業界に革命を起こすべく、積極的にプッシュしているのがインメモリデータベース技術だ。データをハードディスクではなくメモリに置くことで高速なアクセスを実現、リアルタイムに近いエンタープライズが実現すると売り込む。

SAP共同設立者のHasso Plattner氏

11月15日から3日間、中国北京で開催した「China SAPPHIRE Now/TechEd 2011」で、共同設立者のHasso Plattner氏が基調講演を行い、インメモリデータベースアプライアンス「SAP HANA」の革新性と今後の戦略について説明した。

HANAは約2年前にPlattner氏のアイディアから始まったプロジェクトだ。だが、Plattner氏は20年前に、SAPは一度データベースをあきらめる決断をした過去を明かす。当時、「MaxDB」を開発していたSAPだが、「20年前にSQLデータベースの台頭を受け、SAPは業務ソフトウェアに専念し、Oracle、IBM、Microsoftなどのデータベースベンダーと友情関係を築くことを選択した」とPlattner氏。「あれから20年。われわれは再び、データベースに挑戦する」と宣言した。

そうやって開発されたHANAは、1年前に正式発表となり早期提供を開始、2011年6月より一般提供となった。すでに「24時間かかっていた分析が3秒に」など、高速化を実現したうれしい悲鳴が次々と聞かれるという。高速処理により業務アプリケーションは大きく変わる。「これまで不可能だったことが可能になる」とPlattner氏は述べる。

ではどのようにしてそのような高速処理を実現するのか?

Intelプロセッサ向けに最適化されたHANAは、圧縮技術を利用してシステムのメモリにデータを格納する。SAPはHANAを段階的に進化させており、最新版ではOLAPに加えOLTP対応も実現、つまりOLTPとOLAPの両方を統合可能となった。これについてPlattner氏は以下のように説明する。

ITの世界では一般的に、OLTPは書き込み向けでOLAPは読み込み向けといわれており、2つが必要だといわれてきた。「これは正しくないのでは、と以前から疑問を抱えていた」とPlattner氏。実際に分析してみたところ、2つはそれほど違わないことがわかったという。Plattner氏は分析結果を見せながら、「違っているところは調整が可能なので、違いはなくなる。つまり、2つもデータベースはいらないことになる」と述べる。

OLAPとOLTPの比較。青が検索、赤がテーブルスキャン、黄色がレンジ選択、紫が挿入、水色がアップデート、オレンジが削減

これによりキューブは不要となり、データロスがなくなる。さらには、構造化データ、非構造化データ、トランザクションデータ、分析系データとさまざまなデータソースを利用できる柔軟性も併せ持つ。この上で「SAP NetWeaver」「SAP BusinessObjects」はもちろん、「MS Office」などSQLに対応するあらゆるアプリケーションを動かすことができる。

「ディスクは重要ではなくなる。バックアップとリカバリにSSDを利用するが、オペレーション用途では不要。データベースはメモリの中(インメモリ)にある」(Plattner氏)。

HANAが必要となる背景には、インターネットによるデータの急増がある。特に、ソーシャルネットワークにはビジネスにとって貴重な重要が埋もれており、HANAならこれを組み合わせることができる。もう1つが、ユーザー側の待ち時間限度が短くなっているという傾向だ。スマートフォンやタブレットなどのモバイル端末がもたらした影響で、これら端末では待ち時間は最大3秒程度といわれている。高速なレスポンスは今後の業務アプリケーションの必須要素となり、HANAはこれも実現する。

これらに加え、データベースのフットプリント削減、TCOの削減、開発工期の短縮などのメリットも挙げる。

SAPは11月前半に、ERPなど「SAP Business Suite」のデータウェアハウスとして多く導入されている「SAP NetWeaver Business Warehouse(BW)」への対応も発表、1万6000社のBWユーザーがHANAを導入できるようになった。今後は中小企業向け「Business One」の対応を進める。その後、オンデマンド「Business ByDesign」(日本では未提供)、Business Suiteへと広げていく予定という。

「iPodがユーザーのCDライブラリをポケットに入れたのであれば、HANAはビジネス全体をポケットに入れる、といえる。ユーザーは直接アクセスすることができる」とPlattner氏。モバイルとクラウドという2つのトレンドとの相性はばっちりだと胸を張る。

SAPはインメモリという新しいアプローチをエンタープライズにもたらすが、これはこれまでの関係が変わることも意味する。Plattner氏自身も冒頭、データベースに再度挑戦すると述べたとき、「(OracleやIBMなどのデータベースベンダーとの)友情関係は永久には続かなかった」と付け加えている。今後、これらデータベースを導入する顧客をどのように説得するのかは1つの課題となる。ただ、OracleやIBMもインメモリ技術を強化しはじめており、インメモリが注目を集めていることは間違いないといえそうだ。