スピードの限界を超える Breaking the speed limit

7月24日、東京・文京シビックホールで「第20回 英国科学実験講座」が開催された。このイベントは、イギリスで英国王立研究所が青少年向けに開催している科学実験講座「クリスマス・レクチャー」の日本版である。イギリスでは、毎年クリスマス時期に開催されることからこう呼ばれている。今回は2008年にイギリスで行なわれた講座の日本版となる。

テーマは「冒険! コンピュータの世界へ!」。講師として、コンピュータサイエンス(CS)分野からは初の講師となる、Microsoft Research(同社研究部門)の主席研究員でもあるエディンバラ大学のクリストファー・ビショップ教授が登壇した。

初日の冒頭となるレクチャー1では、コンピュータの頭脳と呼ばれるマイクロプロセッサが主役だった。

マイクロプロセッサの脅威的な進化について語るビショップ氏

ビショップ氏は、最初にコンピュータが登場してから現在まで、どれほど驚異的な速度でコンピュータが進化してきたかを語った。子供たちにコンピュータの劇的な進化を説明するにはゲームが最も身近な事例だろう。そこで、初期のコンピュータ・ゲームの代表作である「スペースインベーダー」と現代のゲームが比較された。

スペースインベーダーといえば、1978年にタイトーが開発したゲーム機で、テーブル型の筐体が全国のゲームセンターや喫茶店に設置されて社会現象となるほどの熱狂的な流行を生み出し、100円硬貨が不足して日本銀行を動かすほどであったというのは有名な話である。しかし、当時のコンピュータは現代に比べれば性能が極めて低く、最初のスペースインベーダーの画面は白黒の2色であり、1秒間に実行できる命令数は50万ほどが限界であった。

次に画面に現れたのは、最新のゲーム機であるXbox 360のプレイ画面だった。当時のゲームとは比較にならなり高解像度でリアルな3次元グラフィックであることは言うまでもない。ビショップ教授は、PLAYSTATION 3やXbox 360のような現代のゲーム機は1秒間に3,000億以上の命令を処理できると説明。

会場の子供たちが、スクリーンに映し出される計算問題を次々と答える

これはすぐには答えられない? コンピュータは1ナノ秒で計算できる

ビショップ教授は、こうしたコンピュータの進化の中心がマイクロプロセッサであることを紹介した。この小さいシリコンの欠片が人類最高の工学技術のたまものであり、世界に革命を起こしたと語る。教授は、子供たちをステージに招き、さまざま実験を通じて現代のマイクロプロセッサがいかに小さく高速であるかを説明した。

電圧の代わりに水圧を使った大型の模型でトランジスタの仕組みを説明する実験

1970年代以降、マイクロプロセッサの進化は集積回路に搭載されるトランジスタの数が約2年で2倍になる「ムーアの法則」に従ってきた。ところが、数年前からマイクロプロセッサ自体が発生させる熱の問題に直面するようになり、その限界が囁かれるようになってきた。

実験では、プロセッサが放出する熱の高さを実感するためにサーモグラフィを使い、一般的なPCの実際に稼働しているCPUを撮影した。さらに教授は、プロセッサの熱を使って目玉焼きを作ってみせた。どうやら、プロセッサの熱を測る方法として目玉焼きを作るのは世界共通のようだ。

CPUの熱で目玉焼きを作る実験。スクリーンの映像はサーモグラフィ

熱によってプロセッサの性能向上が制限されるようにったため、数年前からプロセッサ単体の処理速度を上げるのではなく、計算の並列化を模索するようになった。マルチコア・プロセッサ時代の幕開けである。

教授は、女性が子供を生むには9カ月を要するが、9人の女性が集まっても1カ月で子供を産めるわけではないと例え、並列化が万能ではないことを付け加えた。だが、幸いにも多くの処理では複数のコアで効率的に並列化して性能を向上でき、今後もプロセッサのコア数は増え続けるだろうと語る。

最後に、教授はシリコン以外の別の素材を使ったプロセッサの可能性に言及した。炭素原子で構成されたカーボンナノチューブでトランジスターを作ることができれば、現在のシリコンで作られたトランジスタの1,000倍の速さで計算できるという。

さらに、奇抜なアイデアとしてDNAを使ったコンピュータなどもあると紹介。DNAで作られたコンピュータは、現在のコンピュータよりも100億倍もエネルギー効率が良くなるという。

だが、もっとも期待されているのは量子コンピュータであると言い、教授はステージを後にした。量子コンピュータの詳細については、午後のレクチャー2で語られることになる。

レクチャー2のレポートはこちら

【レポート】クリスマス・レクチャー2009 - 驚異の計算速度と性能限界、そして量子コンピュータのはなし