|
|
ITスペシャリストが内に秘める"上流スキル"を引き出す書籍 |
切れ味鋭い実装技術を武器にシステム開発プロジェクトを牽引していくITスペシャリスト。そのスキル特性ゆえに、この職種の方々の中には、"上流"、"超上流"と言われる「戦略策定」、「システム化計画立案」について、苦手意識を持ち、自分と縁遠いものと思い込んでいる人が多いのではないだろうか。
しかし、実際は、ITスペシャリストのスキルと上流工程で要求されるスキルは非常に親和性が高い。ITスペシャリストの多くは、上流工程の基本スキルを自然と身につけてさえいるのである。上流工程を担当するコンサルタントの専売特許のように扱われているロジカルシンキングなども、本来はITスペシャリストこそが得意とするはずの技術と言える。苦手意識を持っている人は、その内に秘めたスキルに気がついていないだけなのだ。
『ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック』を一言で説明すると、そういうITスペシャリストが、「自分の技術を少し広く捉え直すだけで、"上流"に対応できるようになる福音書」と言える。
ITスペシャリストの言葉で解説
この本には、問題解決手法、文書作成手法、論理思考技術、認知心理学など、ビジネス分野で使われる様々な手法/技術が随所にちりばめられている。コンサルタントが使いこなす論理思考の基本から、その"ツボ"に至るまでが子細に解説されているかたちだ。
ただし、これらは「モデリング」、「ドローイング」、「ライティング」、「リーディング」、「アグリーメント」、「レビュー」、「ドキュメンテーション」という7つのカテゴリーに分けられ、それぞれ「情報技術の用語」を駆使して説明されている。ロジカルモデリングの章では通常の論理思考の解説に情報技術の要素が入っている程度であるが、「ドローイング」から先は、見出しだけを見るとまるで情報技術の解説書を読んでいるかのごとくである。
もちろん、これにはわけがある。
言うまでもなく、新しい概念を学ぶ際には、自分に馴染み深い言葉で説明されたほうが理解が早い。知らない言葉で説明されている間は何度聞いても理解できないのに、身近な例を持ち出された途端に「意を得たり」と納得できた経験はだれしもお持ちだろう。
|
|
「MVC」、「データ列型」、「シリアライズ/デシリアライズ」など、ITエンジニアの身近な言葉でロジカルシンキングを解説。ITスキルが高い人ほど、読みやすいはず |
本書はそれを意識し、ITスペシャリストにとって馴染みの薄いビジネス分野の技術を、日頃親しんでいる言葉で解説しているのである。したがって、この本に関しては、情報技術をよく知っている人ほど、読みやすく、飲み込みやすいはずだ。
具体例を挙げていこう。例えば、本書でドキュメントの出来映えについて解説しているドローイングの章には、「モデルとビューを分離して考える」といった説明がある。このように表現することで、「内容(モデル)は同じでも読み手によって説明の方法(ビュー)を変える」ということが、ITスペシャリストなら感覚的にわかるはずだ。
また、わかりやすい図を描く方法については、その手順が「モデル×ビュー→図」となっていることから、「Model」、「View」、「Chart」の頭文字をとって「MVC」と名付けられている。こちらもITスペシャリストにとっては覚えやすい名前だろう。
さらに相手に内容が伝わりやすい図は、「データ列型」、「ツリー型」、「テーブル型」、「ネットワーク型」、「マップ型」、「ポンチ絵型(これはIT用語ではないが)」というかたちでモデル化されているし、ライティングの章では、コンピュータがテキストを処理する時の方法、つまり「ワンパスで行う」、「スタックを溢れさせない」、「キャッシュする情報を小さく保つ」、「シリアライズ/デシリアライズ」といった言葉を用いて文章を書くテクニックを説明している。
このように本書は、情報技術の言葉/概念を用いることによって、ITスペシャリストの理解を相当に支援しているのだ。
常に側に置き、実践で活用を
密度の濃い内容だけに、ぱらぱらと眺めているだけでは頭にきちんと入らないだろうし、本書の中でも指摘されているように、こういった思考技術は、実際に使わない限り、自分のものにならない。ITスペシャリストの皆さんが、多くの実践を通じて技術を身につけてきたのと同じように、論理思考を身につけるのにも経験が大切なのだ。
したがって、全部読み終えたからといって安心するのではなく、一通り読んだ後はバイブルとして身の回りに置いておきたい。各章の最後には、「本章のまとめ」というかたちで、内容の要約、用語解説、ポイントなどが記載されているので、ここに付箋を付けるなどして常に参照できるようにしておくとよいだろう。
"モルト"を味わうのは読者だ
『ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック』は、昨今の薄っぺらいハウツー本が溢れている状況の中では、異彩を放つテクニック本だと言える。しっかりした内容のある本書は、コンサルタントの分野までスキルを高めたいITスペシャリストにおすすめできる。
本書のロジカル・シンキング・テクニック体系は、「MALT(Modeling As Logical Thinking)」と命名されている。モルト(つまり麦芽)は、ビールやウィスキーの原料として使われる素材。その発酵/蒸留方法によって、仕上がりは大きく変わってくる。この"MALT"をどう結実させるかは、使い手である読者にかかっているのだ。
執筆者紹介
中村誠(NAKAMURA Makoto)
日立コンサルティング シニアディレクター。情報システム部門での開発/運用の実務経験、データベース、ネットワーク、PC等の導入、会社全体の情報システム基盤設計経験を通じたITに関するコンサルティングが得意分野。
『ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック』
著者: 林 浩一
発行: IDGジャパン
ページ数: 263ページ
ISBN: 4-87-28-0564-X
定価: 2,300円目次
はじめに
第1部 ロジカル・シンキングを進化させる
第1章 ロジカル・シンキングとは何か
第2章 ITを活用したロジカル・シンキング体系「MALT」
第2部 MALTの7つのテクニック
第1章 ロジカル・モデリング
第2章 ロジカル・ドローイング
第3章 ロジカル・ライティング
第4章 ロジカル・リーディング
第5章 ロジカル・アグリーメント
第6章 ロジカル・レビュー
第7章 ロジカル・ドキュメンテーション
おわりに