NECとNUAが主催するユーザー向けイベント「C&Cユーザーフォーラム」の3日目の基調講演には、伊藤忠商事で取締役会長を務める丹羽宇一郎氏が登壇。「日本の将来と経営の真髄」と題する講演を行い、金融危機に対して大局的な視点で臨むことの重要性や、日本のあるべき姿、経営者に期待される役割などについて提言した。
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伊藤忠商事 取締役会長 丹羽宇一郎氏 |
同氏は、今回の金融危機をどのように解釈すればいいのかについて、まず、第2次大戦後のブレトンウッズ体制により国際通貨体制の枠組みが決まり、さらに1971年に金とドルの交換が停止されたことが発端になっていると指摘。1971年のスミソニアン協定で、金1オンス1ドルという体制が崩れ、1973年から変動相場制に移行したことで、ドルに対する金の担保がなくなり、世界経済は、“海図なき航海”に乗り出すことになったとした。
これは、「変動相場制への移行以後、金の流通量を規制する必要がなくなったため、実体経済と乖離したバブルを招いても、バブルの崩壊まで続くというサイクルを繰り返してきた」ことなどを指す。実際にどのくらいの乖離があるかについて、丹羽氏は、1970年の米国のGDPと株式時価総額とを比較し、GDP1兆ドルに対し株式時価総額6000億ドルと、10対6の割合であったと説明。それに対し、1995年から1999年のITバブル当時は10対12(120%)であり、ITバブル崩壊とともに10対7程度に戻ったとした。
そして、今回の金融危機についても、住宅バブルのピークであった2006年では、世界全体のGDP50兆ドルに対し、金融資産全体が170兆ドル。このうち、金融資産の約40%を構成するとされる株式は70兆ドルで、50対70(140%)のバブルだったという。同氏は、「株式資産は今後35兆ドルまで落ちるとの試算があり、そうすると、50対35となる。やはりGDP比70%まで落ちたところが底では」との認識を示した。
もっとも、同氏は、「いつか底をつくことは明かであり、株価が上がったり下がったりすることを一喜一憂しても仕方がない。国内市場で、PBRが1を切っている企業が8 - 9割を占めていることが異常であり、あたふたせずにいずれは解散価値を上回るという長期的視点に立つことが重要だ」と強調。
また、日本政府が資金提供を行うなどといった国際的協調は必要であるものの、問題は、「世界経済が“漂流”するなかで、アメリカ自身が取り組みをいかに進めるかにある」とし、ドル信用回復への対策の1つの例として、1978年に発行された外貨建て米国債(カーター・ボンド)にならって、円建ての米国債(例えば、オバマ・ボンド)を発行し、それに各国が資金援助するといったあり方を提案した。国内施策についても、“2兆円のバラマキ”を行うよりも、信用収縮が懸念されている国内金融機関、特に地方の中小金融機関への資金供給を緊急に行うべきと提言した。
企業自身の取り組みとしては、「原点に立ち返るべき。原点というのは、収益の改善、経費の削減、謙虚に慎ましやかに生きること。アメリカでさえ、New Age of frugalityとして、倹約・質素の新しい時代が来たことを受け入れる動きになっている。誰かに頼るとか、政府に期待するとかというのではなく、企業自身が原点に返るという気持ちを持つことが大切だ」とした。
続いて、日本の将来について触れ、日本が抱える大きな課題として、出生率の低下や少子高齢化、食料・水・エネルギー調達の難しさ、国の借金の多さなどがあるとし、「そうしたなかで日本が国際的に勝ち残っていくいくためには、国家戦略として、人と技術への投資を行うことが必要だ」と語った。具体的には、各省庁に複数置かれている研究機関を集約したり、産官学連携のもとで技術開発力を高めたりすることなど。
また、人材については、2人に1人が高等教育を受けている教育の現状を「大学はエリート教育ではなくマス教育になっている」とし、高等教育の質の向上のために国はお金をかけるべきだと主張。ちなみに、伊藤忠商事では、社員は入社後4年以内に全員が海外勤務を経験するほか、新任の課長は全員短期のMBAスクールに派遣、各部署に必ず1人外国語話者を所属させるといった施策を打っているという。
そのうえで、丹羽氏は、企業経営について、「経営の真髄は人。私が企業の経営者でいちばん大切だと思うのは、人をどのように動かすかということ。そして、人を動かしていくためには、小さな独裁者とも言える経営者に非常に重い責任がある」と語り、経営者が人を育て、人からの信頼を得ていくことの重要性を強調。そのためには、「裏切らない、ウソをつかない、言行一致。そして、新聞の一面に不祥事が載るようなことは恥ずかしいものとして手を出さない」ことがなにより大切だと語った。