温室効果ガス(以下GHG (Green House Gas))の抑制・削減は間違いなく21世紀最大の課題である。GHGが地球規模の気候変動に与える影響を予測するモデルを研究し2021年10月にはノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏は、コンピューターの処理速度が現在の10万分の1であった50年前から、GHG削減の必要性について警笛を鳴らしている(注1)。

GHG削減は、日々行われているビジネスにおいても身近なテーマだ。近年では、企業がサプライチェーン上の取引先に対し、GHG排出量の削減努力を求める動きが加速。例えば、独フォルクスワーゲンは重油を使わないLNG燃料船の使用を実質上の入札条件にしており、これによりGHG排出量が40%削減できるとしている(注2)。このようにGHG排出量は単に地球環境の保護だけでなく、企業間の関係に直接影響を及ぼし始めているのだ。

本稿ではGHGを巡る社会の動きを解説し、これを追跡するうえで有力な方法となるブロックチェーンの活用について紹介したい。

日本はGHG排出量の開示先進国!?

まずGHGに関わる国内の動きをみてみよう。実は日本は、GHG排出量の開示という観点で世界をリードしている。GHG排出量の開示に関する国際的な枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言を受け入れる企業/機関数をみると、全世界で2,600以上あるうち、日本企業/機関の数は、2021年10月時点で527社となる。これは英国(384社)、米国(345社)を差し置いて世界一だ。

  • TFCD status reportを基に筆者が編集、出所は(注3)を参照

また、金融庁は、上場企業(特に2022年4月以降に再編されて誕生する”プライム市場”)の参加者に対し、TFCD提言に基づく開示の義務化を検討している。近い将来、日本で上場する約4,000社の企業は開示対象となる可能性がある。

GHG排出量算出における課題

GHG削減を表明する企業は、これから先いっそう増えていくことだろう。一方、これを実践する場合、現場レベルでは困難な作業が待ち構えている。いわゆるScope3のGHG排出量の集計だ。

  • 出所は(注4)を参照

サプライチェーン全体で発生するGHG排出量は、Scope1、Scope2、Scope3に分かれる。

Scope1の対象は、例えば材料の燃焼など、自社で発生するGHGだ。自社の管理下にあるため、排出量の算出は当然可能である。 Scope2は電気、熱、蒸気など、自社の間接的な消費により排出する分が対象となり、これも算出にあたっては電力メーターを確認すれば良いため、特に問題がない。問題はScope3だ。Scope3はサプライチェーンの上流または下流で発生したGHG排出量が範囲となる。自社で発生したのではないと言う意味で、直接的にガバナンスを効かせられない。Scope1、Scope2と異なり、自助努力ではどうにもならない点が特徴だ。そのため、排出量の算出にあたっては、サプライヤーまたはバイヤーに依頼して報告をお願いするしかない。なお、建設、自動車、食品、ファッション、日用品といった業界では、このScope3から発生するGHG排出量が、自社で報告すべき排出量全体の8割を超えると言われている(注5)。

  • WEFのレポートを基に筆者が編集、出所は(注5)を参照

企業は今後、より早くかつ正確にGHG排出量を算出し、財務諸表のように監査を受けた統合報告書の中で開示していく必要が出てくるだろう。骨の折れる作業だ。果たして多大なコストを負担して集計した排出量は、開示に使うだけで元が取れるだろうか。どうにか差別化戦略に貢献する使い方はないだろうか。

ボストンコンサルティンググループの桜井一正氏は、著書「BCGカーボンニュートラル経営戦略(日本経済新聞出版)」の中で「サプライヤーと顧客企業という関係を超えたサプライチェーンの統合・組み換えは、一度実現できれば、容易には崩れない不可逆的な優位性になりうる。」とコメントしている(注6)。これを踏まえると、Scope3の集計をきっかけに始まるサプライヤー/バイヤー間の協働を、サプライチェーンとして競争力を高めるための取組みへと昇華することが望まれる。

協働を核に、“低炭素”で競い合う時代

この協働は、データとデジタル技術(DX, Digital Transformation)の活用という潮流のなかでも注目を集めるテーマだ。経済産業省はDXレポート(注7)の中で、企業間のデータ連携を目的にした共通プラットフォームの構築を提案している。

既に社会実装されている共通プラットフォームの事例としては、一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアムの”NEXCHAIN”がある。NEXCHAINは複数のユースケースに取り組んでいる。その中に一つに2021年1月から商用利用されている引越ワンストップサービスがある(注8)。

  • 出所は(注8)を参照

引越時に必要な住所変更等の手続きに伴う煩雑さを、企業間でデータ連携することで軽減しようとするサービスだ。NEXCHAINは、生活者目線でより便利なサービスを、企業の枠を超えて構築している。このようにデジタル社会では、データとデジタル技術を活用し、個社ではなく、複数の企業群がサプライチェーンとなって戦う時代が来ているのだ。

GHG排出量も同様で、サプライヤーの協働によって排出量を可視化・削減することは、サプライチェーンを構成するすべての企業にとって、これから先いっそう注目を集める“低炭素”という価値における競争力を高めることにつながる。データとデジタル技術を活用してこれを実現することは、必須のテーマといえるだろう。

GHG排出量をキーに商流を比較する

サプライチェーンとしての競争力について、ここからは例を使って考えていく。ある自動車を製造する企業Japan Auto社があるとする。ある車の生産のために複数の商流で、サプライヤーから部品(車のボディー)を仕入れているとする。ここでは商流1と商流2があるとしよう。

商流1では、Japan Auto社に部品が納品されるまでに、1,000kg-CO2が排出される。A社(500kg)+B社(300kg)+C社(200kg)=1,000kgである。

一方、同じ部品を作っている商流2があるとする。

商流2では、1,100kg-CO2が排出される。X社(500kg)+Y社(400kg)+Z社(200kg)=1,100kgである。

商流1と商流2は異なるサプライチェーンであるため、同じ部品を作るとしても、異なるGHG排出量が算出される。もしバイヤーであるJapan Auto社がこの排出量の差を把握できれば、商流1の方が競争力、付加価値が高いか明らかだ。これが分かると、商流1の仕入量を増やし、商流2を減らすといった意思決定が可能になる。つまり、GHG排出量が可視化された商流を比較することで、サプライチェーンとしての競争力を評価できる。

Scope3の集計における課題

しかし、商流比較に必要なScope3のGHG排出量の集計は簡単ではない。現状は、サプライチェーン横断で実施する壮大な”自己申告のバケツリレー”だ。サプライチェーンは会社関係を基礎にした信頼でつながっている。しかし、サプライヤーにとっては、GHG排出量を単に開示のためだけでなく、バイヤーから選ばれるための付加価値として活用できるため、ここで問題が発生する。各サプライヤーには、GHG排出量をより少なく見せたいというインセンティブが働いてしまうのだ。

例えば、前述のような状況において、商流2のY社はZ社に対し、正直にGHG排出量を報告しているとしよう。しかし、最終的にバイヤーに納品するZ社は、Japan Auto社に対しより低炭素な製品として訴求したい。そうなると、Z社はY社が報告してきた排出量を少なく記載してバイヤーに見せてしまうかもしれない。

つまり、今後GHG排出量がバイヤーに選ばれるための基準として使われるようになったとき、GHG排出量の”粉飾”が発生する可能性がある。実際にこのようなケースは稀かもしれないが、そこにインセンティブが働く以上、何らかの防止する手立ては必要だ。では、このような改ざんを防止し、正確に発生した排出量を受け渡していくにはどうしたら良いか。ここでブロックチェーンが登場する。

コンプライアンスを実装する

例えばSBI R3 Japanが展開するブロックチェーンであるCordaを使えば、この課題は解決できる。GHG排出量そのものをデータとして受け渡す場合、以下の特徴が実装できる。

  1. GHG排出量のデータは、サプライヤー-バイヤーの両社が合意することで初めてデータベースに記録できる(一方だけの勝手な申告で記録はできない)。明示的な承認行為もしくは事前に決めておいた何らかの基準を満たす場合に自動承認する仕組みを実装できる(所謂スマートコントラクトの活用)
  2. 一度記録されたGHG排出量は、一方の都合により恣意的に変更することはできない。齟齬もしくは誤りがあった場合、再度両社が合意して記録を更新する(更新履歴は残る)。
  3. Tierの深い階層にいる川上サプライヤーは自分が記録したGHG排出量を書き換えられない状態で川下に受け渡していける。バイヤーはどのサプライヤーがどれくらい排出したかの内訳を把握できる。

このようにブロックチェーンを基盤にGHG排出量をサプライチェーン横断で受け渡しが出来れば、統合報告書の真正性を担保することにもつながる。GHG排出量の追跡は、複数の企業が協働で取り組んで初めて解決できる課題であり、サプライチェーンに属する企業全員にとってメリットのある仕組みだ。逆に言うと、GHG排出量を報告できないサプライヤーは、そもそも取引してもらえなくなる可能性もある点は、心に留めておきたい。

最後に

現在多くの企業がGHG排出量の算出に躍起になっている。「計算ロジック」の正しさを追求している企業も多いだろう。まずは足元の開示に向けた計算ロジックの確立は必要な作業だ。ただ近い将来、GHG排出量を把握しつつ、その数字に基づいて意思決定する日がやってくる。その時、「本当にそのデータは正しいか?」という問いに明確に答えられるだろうか。ブロックチェーンで裏付けられたデータであれば、ここへの答えは変わってくるはずだ。

脚注

(注1)ノーベル物理学賞の真鍋淑郎さん、50年前に地球温暖化を予測していた, 東京新聞 TOKYO Web,https://www.tokyo-np.co.jp/article/135132 (2021年10月6日)
(注2)脱炭素シフトに「ついて行けない」危険性が高い企業ランキング【排出量が多い12業種】ANA、三菱ケミは何位?, DIAMOND online, https://diamond.jp/articles/-/284753 (2021年10月20日)
(注3)Task Force on Climate-related Financial Disclosures 2021 Status Report, P13, https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2021/07/2021-TCFD-Status_Report.pdf (2021年9月15日)
(注4)サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ, 環境省ホームページ https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/supply_chain.html
(注5)WORLD ECONOMIC FORUM, Net-Zero Challenge:The supply chain opportunity INSIGHT REPORT JANUARY 2021, P9, https://www3.weforum.org/docs/WEF_Net_Zero_Challenge_The_Supply_Chain_Opportunity_2021.pdf (2021年1月21日)
(注6)日経BP 日本経済新聞出版本部, BCGカーボンニュートラル経営戦略 ”脱炭素”で成長する「守り」と「攻め」の取り組み, 日本経済新聞出版, 2021, P.37
(注7)デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会の中間報告書『DXレポート2(中間取りまとめ)』を取りまとめました, 経済産業省ホームページ, https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004.html (2020年12月28日)
(注8)異業種データの相互補完やサービス連携で、経済の発展と社会課題の解決を目指す 企業間情報連携推進コンソーシアム「NEXCHAIN(ネクスチェーン)」会員企業の募集を開始, PRTIMES, https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000059213.html (2020年6月8日)

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