セイコーエプソン株式会社の知的財産本部 知財企画管理部 特許管理グループでは、これまで人の手によって行われていた特許情報の入力作業を、AI×OCRソリューションの導入によって一新した。手間のかかる入力作業を自動化し、その工数をほぼゼロにまで削減したというAI×OCRはどのような経緯で導入されたのだろうか。
単純な転記の作業をAI×OCRで自動化して働き方改革を目指す
高度な技術的発明を保護する特許制度は、発明に対し独占権を与えることで、企業や開発者の研究を推奨し、産業の発展を促してくれる。企業にとって特許という知的財産は、自社製品の権利を守り、対外的に技術力をアピールできる極めて重要な制度といえるだろう。長野県諏訪市に本社を置き、プリンティングソリューション、ビジュアルコミュニケーション、ウエアラブル・産業プロダクツ、ロボティクスといった分野において高い技術力を誇るセイコーエプソンにとっても、特許権の管理は非常に重要な課題だ。
同社の特許権管理を行い、国内外での特許出願に関する事務的処理などさまざまな活動を行っている部署が「知的財産本部 知財企画管理部」である。国ごとに異なる複雑な法的処理を決められた期限内に正確に行うことが主な役割で、その件数も非常に多い(2018年の登録件数は日本7位、米国21位、中国13位という規模)。
この知財企画管理部において、特許に関する基幹システムの運用やユーザーサポートを担うとともに、大きなシステムでカバーしきれない現場レベルのシステム開発を担当しているのが「特許管理グループ」となる。
2017年当時、特許管理グループは、特許情報に関する数千ページもの各国特許庁発行書類の中から必要な箇所をピックアップし、直接システムに入力していくという業務を5名で処理していた。
同グループの金澤義博氏によると、数多くの業務を抱える中で、この入力作業には月あたり約360時間もの労力が費やされていたという。
「以前よりこの特許情報に関する入力業務には効率化が求められていました。将来直面するであろう労働力不足や働き方改革をふまえ、限られた労働時間をより価値のある業務に割り当てるべきと考えていたからです。そんなときに見つけたのが、アライズイノベーションが提供する『AIRead』でした。これまで"知財管理"という狭い世界で効率化のためのシステムを探していたのですが、このAI×OCRという新しい技術を我々の世界に適用できるのではないかと考えたのです」(金澤氏)
決め手はデータ活用のカスタマイズと完全バックグラウンド動作
「AIRead」は、定型・否定型の書類から大量の文字データを収集し、人工知能(AI)に文字の特徴を学習させることで、高精度なデータ化(OCR)を可能とするソリューションだ。
2017年10月、特許管理グループは「働き方改革 EXPO」でAI×OCRという技術に触れ、その後独自の調査によりアライズイノベーションが提供するAI×OCRソリューション「AIRead」と出会い、導入の検討を開始する。同年にはPoC(概念実証)がスタートし、2018年1月に導入決定、2月には契約というスピード感で「AIRead」はセイコーエプソンに採用された。
同グループが「AIRead」を導入した背景には、オンプレミスで動くことや非定型の書類に対応できるといった点がある。これは特許情報を扱ううえでクラウドが適さないこと、特許に関する国内外の書類にさまざまな書式があることが主な理由だ。だが、最大の決め手は「完全にバックグラウンドで動かすことができる」という点にあると同グループの田中敦氏は語る。
「他社のシステムも比較検討したのですが、書類を読み取ったあとに目視による確認が必要なシステムばかりでした。それに対して『AIRead』はAIが返す文字の信頼値がユーザー側で設定した値以上であれば、目視での確認作業を不要にできたことから、人の手を介さずとも読み取りからシステム投入まですべてバックグラウンドで自動的に動作させることが可能でした」(田中氏)
中国語の対応が迅速であったことも早期に契約が行われた理由のひとつだ。「AIRead」は2017年の時点で日本語と英語のOCRに対応していたが、中国語のOCRは未対応だった。同グループでは出願件数が多い中国案件の処理も必要であり、中国語のOCR対応は必須だった。アライズイノベーションは導入検討段階で中国語への対応を約束し、早々にOCR結果を報告した。現在は中国語のOCRもすでに稼働している。
また、パッケージ化されていてデータ出力画面も決められている一般的なAI×OCRソリューションに比べ、データの閲覧・編集・活用部分を柔軟にカスタマイズできる「AIRead」は、同グループが行う作業の流れにマッチしたシステムを作ることに優れていた。
特許を取り扱う部署において、2017年の段階でAI×OCRを導入している企業の数が少なかったことは容易に想像できる。当時を振り返り、「未知の新技術を採用することになるため、もっとも高いハードルは社内の調整と上層部の説得だったかもしれません」と金澤氏は述べる。
特許に関する情報入力が一新! 別書類への横展開も進展中
特許管理グループでの「AIRead」導入は2018年2月から始まった。運用を開始するにあたり、まず行われなければならないのはAIの機械学習(ディープラーニング)だ。同グループでは学習用のデータとして特許出願書類を70パターンほど用意。識字率を高めるために、同グループとアライズイノベーションが二人三脚で着実にAIを育てていった。
OCRで読み取ったデータは、そのままではシステムに投入できない。投入する前段階として、データの変換が必要になる。ここで使われたのが「AIRead ETL Option」だ。ETLとは、E:Extract(抽出)、T:Transform(変換)、L:Load(ロード)という単語の頭文字から作られた造語で、文字通りOCR処理を行ったあとのデータの加工と変換、および他システムへの連携に用いられる。セイコーエプソンでは「AIRead ETL Option」を利用し、読み取ったデータをシステムの仕様に沿ったフォーマットに変換・出力(XML形式)しているため、読み取ったデータに対して人の手で加工をせずシステムに投入できる。
人の目で確認する画面についても、その利便性に気を遣ったという。ここで使われたのが「AIRead Screen Designer」だ。これは「AIRead」が読み取った文字の検索、表示、編集、ファイルの出力といったユーザーインタフェースを、Web上で素早く開発できるツールである。現在も同グループでは「AIRead Screen Designer」を用いて自らユーザーインタフェースの開発を行っている。
金澤氏と田中氏は実際に「AIRead」を使用した感想、そしてその効果について、笑顔で語った。
「もう今は人が紙をめくりながらデータを入力していくという状況が考えられないですね。これまで入力業務に当てていた時間を別の業務に割り振っているので、『AIRead』が何らかの理由で停止してしまったら非常に困ることになるでしょう。現在はエラーではじかれたデータをチェックしているだけですから」(金澤氏)
「エラーではじかれても『AIRead』がある程度読み取ってくれるので、その個所を修正すれば作業は完了します。今までのようにゼロから入力することはなくなったため、人員を大幅に減らすことができました。識字率も高く問題ないレベルで、安心して利用できます。現場の意見も『とにかく楽になった』というものが大多数です」(田中氏)
今回の導入を受け、知財企画管理部内では「別場面でも『AIRead』を使いたい」という声が上がっているという。今後は読み取る書類の種類を増やし、横展開を進めていくことで、より効率化を進めたいというのが同グループの狙いだ。すでに内部開発も進められており、7月からトライアルもスタートしているという。金澤氏、田中氏は最後に今後の「AIRead」が歩むであろう未来と、社内での利用の展望を述べた。
「今後、AIがより進化し、ビックデータによって学習がなされれば、あらゆる会社がAIを使い育てていくような未来が訪れることでしょう。現在、当社では主に活字に対して利用されるOCRですが、手書きの文字に対する対応も今後進むと思います」(金澤氏)
「弊社の知財企画管理部内には経理の職場もあり、一部の請求書も『AIRead』の読み取りの対象として自動化をトライアルしています。現在は目視でチェックを行っていますが、将来的にOCRの信頼度が上がり、金額などの請求情報や作業内容に対してもチェック作業は不要ということになれば、さらに働き方改革を進めることができると思います」(田中氏)
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