人間はもっと強くなれる
──菅井五段が初めて将棋ソフトと指したのはいつ頃のことでしょう?
菅井竜也五段 |
結構早かったほうだと思います。中学生くらいの頃で、奨励会二段か三段でした。自信はあったけど全然勝てなかった。そのとき初めてコンピュータ将棋ってすごいんだなという印象を持ちました。
──現在22歳ですから、まだコンピュータ将棋の強さがいまほど世間に認知されていない頃の話ですよね。菅井五段といえば、奨励会時代はネット将棋でかなり練習していたとお聞きしたことがありますが、研究に将棋ソフトを活用していたとは知りませんでした。当時はどういう使い方をしていたのですか。
スパーリング兼研究パートナーという感じですね。自分が研究している局面を指定して、そこからコンピュータと対戦してみたりしていたんですけど、自分の研究よりもっといい手、浮かびにくい手を示してくることが多くてとても勉強になりました。
──コンピュータ将棋に対して偏見を持たないで、有益なものなら何でも躊躇なく取り入れる柔軟さを早くから持っていたのですね。
自分の場合、相手が強ければそれでいいというのがあったので。自分が指して吸収できるものであればコンピュータでも人間でも一緒かなと。
──菅井五段が出場された第3回電王戦の記者発表で、「10年後は人間のほうがコンピュータより強くなっている」とおっしゃった言葉が強く印象に残っています。そのときは若々しくて威勢がいいセリフだなと思ったのですが、実は深い意味がある言葉だったのですね。
将棋ソフトも結局、プロ棋士の棋譜を参考にして強くなっているわけですから、その反対も当然あり得るわけです。いまは強いソフトがいっぱいあるし研究に使っている棋士も増えてきていますから、人間もコンピュータの手を吸収して強くなることは可能です。だからこのままずっとコンピュータが勝っていくとは思わないです。
──第3回将棋電王戦に向けて、事前練習用コンピュータが提供されたのは昨年の11月末でした。初めてご自宅に電王戦公式統一採用パソコン「ガレリア」が届いたときはどのような印象でしたか。
やっぱり大きいし、見た感じも凄くて。将棋ソフトと指してみても、やっぱり想像していたより強い。これはすごくいいものだなと瞬間的に思いました。
──いままで使っていたパソコンで指すよりも格段に強かったのですか。
強いのはもちろんですが、性能が高いパソコンのほうが研究時間を短縮できるのかなと思います。同じ手を読むのに普通のパソコンだと30分かかるところが、ガレリアだと1秒ぐらいで分かるわけですから効率が全然違います。それはハードウェアの力ですよね。
──本番対局までの4ヵ月、どういう計画を立てましたか。
1日1~2局は必ず指すようにはしていました。あと、その時期はテーマを多く持っていたので、いろいろ研究しました。自分の場合は、ただ研究させるだけじゃなくて、そこからコンピュータと勝負してみるのが好きでした。勝負となるとこっちもムキになるので(笑)。
──将棋ソフトで気に入った機能はありますか。
棋譜解析機能が面白いなと思いましたね。例えば自分が公式戦で指した将棋とかを解析させると、いい手か悪い手かを数字で示してくれるので分かりやすいし勉強になります。自分の中では快勝譜だと思っていた将棋が、コンピュータから見たらむしろ相手のほうがずっとよかったと示すこともありました。びっくりしますけど、読み筋を見ると大体なるほどと思うし、それは違うなと感じたらそこからソフトと勝負してみる。だからいろんな活用法があると思いますね。
まずは考えてみること
──コンピュータを使って研究するうえで、特に気をつけていたことはあるのですか?
実戦を指したあと1人で感想戦をして、それからコンピュータの読み筋を見て自分の結論と比較する。そういう使い方が多かったです。やっぱり自分で考える時間っていうのが大事で、コンピュータの手を見て、分かったような気になってはいけないんです。自分で1週間や2週間じっくり考えてみて、どうしても分からないときにコンピュータにちょっとヒントをもらうっていう使い方がいちばんいいと思うんです。コンピュータが自分と同じ考えを示してくれると、自信を持って対局に臨めます。
──便利であるがゆえに、付き合い方を間違えると逆に弊害になることもあるというわけですね。
ええ。実は自分にも以前、そういう時期がありました。そのときはすぐには気づかなくて、研究がすごいスピードで進んでいるように錯覚しました。例えば、最新形を自分なりにちょっと考えたあとにソフトに入れると、コンピュータが定跡以上の手をたちどころに表示してくれるわけです。それを自分が実戦で使う。で、うまくいく……。ところが、それから1週間くらいしてもう一度その局面を考えてみると、ちょっと変化しただけで意味が分からなくなっているんです。つまり、コンピュータに教えてもらった手を、自分が研究した手だと勘違いしてしまったんですね。結果としてはうまくいっても、自分で苦しんで考え出した手ではないから、中身がないし、力にならないし、応用が利かない。あるとき、自分の将棋がちょっとおかしくなっているなと気がついたんです。
自分の弱点を知る
──コンピュータもミスをしたりすることがあるんですか。
ありますね。不思議なのが、ちょっと工夫すれば受かるような筋が防げなかったりということが、どのソフトでも1つ2つあるんです。絶対不利になる順とか。でもコンピュータはそのときには気付かなくて、そこから10手くらい進んでようやく不利になったと認識する。それは何回やってもその局面になり、何回やっても同じ評価を出してくるんです。
──なるほど。将棋ソフトにもまだまだ課題が残されているのですね。コンピュータとの練習を通じて、ご自身の中で見えてきたものはありますか。
自分は中終盤がだいぶ弱いなということがよく分かりました。作戦勝ちになってもひっくり返されるし、向こうが作戦勝ちなら押しきられるし。コンピュータとやっていて思ったのは、最近の将棋って初めの駒組みが大事とか作戦勝ちするのが大きいとか言うじゃないですか。でも、そこで勝負が決まるっていうのはほぼありえないと思いましたね。だから中終盤が将棋の重要なところなのかなっていうのも再認識できました。あと、コンピュータにとってうまくいったっていうのと、人間にとってうまくいったというのはまた違う気がします。
──コンピュータ将棋で参考になった手はたくさんありましたか。
それは多いですよ。ただ序盤の新手はあまりないです。序盤はプロの棋譜をデータベースとして使っているので。でも、こっちが指す新手に対して、ソフトがどういうふうに対応してくるかっていうのはすごく面白いし興味がありましたね。大体自分が考えた手ってコンピュータにあんまりいい評価をしてもらえなくて(笑)。否定的なことが多いですね。でも最近になってようやくどうしてなのか分かってきましたけど。調べ尽くしてみるとうまくいかないことが分かるから。でもそれをたった1秒で示されるとムッとしますけど(笑)。
共存しながら進歩する
──コンピュータと集中的に練習することを経験して、ご自身の将棋に変化は現れていますか。
人間からは生まれない考え方を示してくれるわけですからプラスにはなっていると思います。自分の将棋の幅も少しずつですけど広がっている気がします。
──ガレリアは将棋連盟にも棋士の練習用パソコンとして設置されました。いろんな人が研究や練習に使っていくことでしょう。棋士はこれから先、コンピュータとどう向き合っていくべきだと考えていますか。
お互いのいいところを共存しあって進歩していくのが理想です。これからはコンピュータをうまく使いこなす人が上にいく時代がくるのは当然のこと。このうまく使うっていうのがすごく大事で、先ほども言ったように、コンピュータに教えてもらった手を自分で考えたかのように指しているのでは、意味も理解できないし実力もつかないと思います。
──ガレリアは一般に市販もされています。読者に向けて、上達するためのコンピュータ活用法などアドバイスしてください。
いまのプロの将棋って、細かすぎて分かりにくいですよね。だからネット中継されているタイトル戦などの棋譜をコンピュータに検討させて、それを見るだけでも新しい情報とかが身についてきてプラスになると思います。対局もできますし検討も研究もできますから。将棋ファンの方もコンピュータを使ってそういう楽しみ方をする時代になっていくんじゃないでしょうか。だから自分たちプロ棋士もファンから「コンピュータがこういう手を示したよ」って言われないようにその上をいく手を指さないと(笑)。
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「最良の一手」を導く、卓越した性能と安定性
将棋ソフトの持てる力のすべてを出しきれるよう、現在望みうる最高ランクの性能を持つCPUを採用。効率的かつ高速な演算性能により、各ソフトの秘めた力を十二分に引き出すことができます。また、使用パーツを厳選することで、高負荷状態でも長い時間安定して稼動し続けられる、まさに「将棋ソフト向けモデル」です。
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本稿は、日本将棋連盟発行の『将棋世界』2014年10月号の記事の転載です。
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