本連載では、各回のテーマに沿ってさまざまな業界の最前線で活躍するキーマンを訪ね、本誌で連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家の”カナコさん”こと大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。ときに広く、ときに深く、AIに関する正しい理解を広める一助になることが連載の狙いだ。

今回、対談をお願いしたのはAIや機械学習を学ぶことができ、AIに強い組織体制を構築するためのクラウドソリューション「Aidemy(アイデミー)」を運営するアイデミー社 CEOの石川聡彦氏。

そもそも「AIを学ぶ」とはどういうことなのか。社会で必要とされているAIのスキルとは何なのか。エンジニアはもちろん、ビジネスパーソンがAIを学ぶ意義や、エンジニアを取り巻く環境の変化、そして2020年から始まるプログラミング教育必修化にまで話は広がった。

アイデミー社 CEOの石川聡彦氏(左)と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏(右)

「AIを学ぶ」ってどういうこと?

大西氏:現在、政府は本格的にAI人材の育成に力を入れ始めています。ただ、「AIを学ぶ」というのはずいぶん漠然とした言葉です。対象がエンジニアなのか、ビジネスサイドなのか、経営者なのかによっても学ぶ内容は違ってくるはずですよね。石川さんはどう思われますか?

石川氏:まさに、AidemyはAIの技術を習得するためのクラウドサービスなのですが、エンジニアがキャリアアップに向けスキルを身に付ける目的で活用するケースが多いですね。Webアプリなどの開発は今後コモディティ化していきますが、機械学習のモデル化などはまだまだできる人が少ないし、需要も多い分野です。その分、スキルがあれば高い単価で受注できます。

大西氏:エンジニアにとってはAIを学ぶことはわかりやすくキャリアアップ、収入アップにつながるということですね。エンジニア以外のユーザーの方は少ないのですか?

石川氏:それが、半分くらいは非エンジニア(以降ではビジネスパーソンと表記)の方なんですよ。私たちもビジネスパーソンにAIについて学んでいてほしいと思っています。ビジネスパーソンにとってAIを学ぶということは、つまり”AIに解決できる課題を見つける力”を身に付けることだと思うんですね。というのも、機械学習のプロジェクトのなかには、「それ、機械学習じゃなくていいんじゃない」とか「むしろ機械学習じゃないほうがいいのでは」と思うようなものもたくさんあるんです。

大西氏:よくわかります! 課題の解決が本来の目的だったはずなのに、とにかくAIを使うところからスタートしてしまうという……”AIプロジェクトあるある”ですよね(笑)。

石川氏:AIのプロジェクトにはエンジニアだけでなく、「AIで何を解決するのか」という業務課題を発見するビジネスパーソンも必要です。それもまたAI人材ですよね。むしろ、ビジネスパーソンのほうが足りていない印象があります。

大西氏:確かにそうですね。付け加えるなら、私はもう1つ、「データをつくる人」の育成も必要だと思っています。今のところ、それはしいて言うならエンジニアの領域になるのでしょうか。

特に機械学習はデータが全てといっても過言ではなくて、ネットワークの構造を変えるよりもデータを見直したほうが精度が上がることがほとんどです。データのつくり方って実はそう簡単なものではないので、今後はデータのプロフェッショナルが必要とされるのではないかと思っています。

石川氏:そういえば「データをつくる人」ってまだ明確な名前がありませんね。

大西氏:確かに、データサイエンティストとも違いますし……。

石川氏:「データをつくるスキル」って、どういう分析軸でデータをつくれば機械学習で課題が解けるのか、その仮説をつくる力ですよね。ですから「分析可視化能力」と言い換えてもいいんじゃないかと思います。

大西氏:分析可視化能力者ですね!

石川氏:「エンジニアリング」「ビジネス」「データ」の3つの力を全て持っている人ってまずいないんですよね。だから、実際のプロジェクトではそれぞれの分野のプロが集まることになります。ですから、AI人材の育成においては、自分がどの分野が得意なのかを考えて、そこを伸ばしていくべきだと思います。

ビジネスパーソンに必要なAIスキルとは?

大西氏:ビジネスパーソンに必要なスキルについてもう少し伺いたいのですが、ビジネスサイドである以上は、「AIにどれだけのコストをかけるのか」についても判断できないと困りますよね。

石川氏:はい。僕は常々、投資対効果がポイントだと言っているんです。ちょっとグラフを描いて説明しますが、縦軸を投資金額、横軸を機械学習の精度にして、どれくらい投資をするとどれくらい精度が出るのかを表します。すると、こういうグラフが出来上がるんです。

AIの精度はずっとゆるやかに上がり続けるというわけではなくて、階段状で上がっていきます。一定期間、精度が上がらない時期が続いて、しばらくするとまた精度がポンと上がる。精度が上がったところで、省力化や無人化といった具体的なビジネス効果につながるわけです。一方で、精度を上げれば上げるほど、投資しないといけない金額は大きくなります。ここが難しいところです。

大西氏:0%から70%まで上げるよりも、70%から80%まで上げるほうがはるかにコストがかかるのは勉強やスポーツなど、ほかの分野に置き換えても同じですよね。100m走も15秒台の0.1秒と10秒台の0.1秒では全然意味が違います。最高水準に近づけば近づくほど、多くの時間や努力といったコストが要求されます。

石川氏:ですから、ビジネスパーソンにはそういった投資対効果を見極める力が必要だと僕は思います。AI導入の目的は、課題を解決してコスト削減や売上げアップにつなげることですから、究極の精度を目指しすぎてコストのほうがかかってしまっては本末転倒です。機械学習プロジェクトには「精度」という不確実性が本質的に内包されており、こうした投資対効果は機械学習の技術の基本を抑えておかないと発想できないポイントの1つです。

エンジニアを取り巻く環境の変化は?

大西氏:続いてエンジニアについてもお話を伺いたいと思います。AIという分野が伸びてきたことで、エンジニアにはどんな環境の変化が訪れるでしょうか。

石川氏:裾野は広がっていると思います。AIエンジニアといっても、皆が皆、学習モデルをつくっているわけではありません。APIを叩いて使うだけのエンジニアのほうがむしろ多数派でしょう。一方で、本来ビジネスパーソンの仕事である「課題の発見」や「投資対効果の見極め」までエンジニアに求められてしまうこともあります。

大西氏:AIと言っても学習モデルをつくるわけではなく、その一方でビジネスパーソン的な仕事も要求されてしまうんですね。過渡期である今はまだ、AIエンジニアという仕事の範囲が曖昧な印象はありますね。

石川氏:ええ。そんななかで僕が注目しているのは、”IT以外のエンジニアがAIを学ぶこと”です。実は僕自身、以前は水道工学が専門だったのですが、そこでも機械学習を使っていたんです。水をきれいにするプロセスで汚れを取るためのフィルターがあるのですが、そのフィルターを交換するタイミングを機械学習で予測するというものでした。

大西氏:それは面白いですね! しかも、すぐにビジネス面への効果が期待できる活用方法だと思います。

石川氏:分野が違うこともありますが、こういう発想ってIT系のエンジニアにはなかなか出てこないものだと思うんです。ですから、機械エンジニアや科学エンジニアにこそAIを学んでいただきたいと思いますね。

AIを学ぶ意義はどこにある?

大西氏:いずれにしても、今後は将来も見据えてAIエンジニアの育成を行っていく必要がありますよね。育成と言えば、2020年からは小学校でもプログラミング授業が必修化されますが、こうした動きがAIの分野にも何か影響があると思われますか?

石川氏:正直、当社のお客様はほとんどが社会人なので、子どもへのプログラミング教育については語れることは少ないです。ただ、教育の前にAIの社会実装のほうを急ぐべきではないかと思います。というのも、AIを活用した成功事例って今はまだかなり限定的なんですよね。チャットボットなんかも、結局枯れた技術の再生産にすぎません。そんな状況でプログラミング教育やAI教育だけ先行しても……とは思います。

大西氏:確かに、AI教育を受けた子どもが大人になったら、AIなんてぜんぜん使われていない社会でした! というのでは意味がありませんね。AIをビジネスで使って大きなビジネスインパクトを出した成功事例をつくっていかないと、いつまで経っても「何かすごい」というイメージ先行の技術から抜け出せません。そういう意味で、今は踏ん張りどころなんだと思います。

石川氏:そうですね。もちろん、プログラミング教育やAI教育を否定しているわけではなくて、意義は大きいと思います。子どもの適正を早めに発見してやれるのは学校教育ならではですからね。実際、プログラミングの適正って、ほかの科目からは見えにくいものですし。

大西氏:単純に数学ができれば適正があるというわけでもないですよね。

石川氏:そうですね。私たちは企業からの依頼で社会人教育を担当することもあるのですが、そのなかで抜群の成績を残す人というのは、必ずしも通常業務が優秀というわけではないんです。企業におけるAIのトレーニングには、スキルを身に付けるだけでなく、適正を持った社員を発見するという意味もあるんですね。おそらく、学校教育にも同じ効果が期待できるでしょう。

大西氏:そうやってAI人材が育ち、どんどんAIが浸透していって、AIが当たり前になった社会がやってきたら、そこではAIのスキルは今ほど特別なものではなくなっているだろうなと思っています。

石川氏:ええ。ただ、身に付けたAI人材としてのスキルは変わらず役立つはずです。タスクベースでのAIブームはいつか終わるかもしれませんが、貯まったデータを使って、これまで人間が考えていたことをロジックにしていくというトレンドは100年は残り続けると思います。

何より、今ならAIの技術はスキルとしてとてもコスパが良いんです。例えば、頑張って勉強して弁護士になっても、上には30年くらいやっているベテランがいるわけでしょう。だけどディープラーニングは(新しい技術なので)長く取り組んでいる人でも7年程度ですよ。つまり、それだけプロフェッショナルとしてバリューを出しやすい分野なんです。

大西氏:おっしゃる通りですね! エンジニアもビジネスパーソンも、AIを学ぶ上で身に付けた力、課題を発見して分析したり、投資対効果を見定めたりするスキルは腐りません。AIを学ぶことで、そういった多角的な視点を得られるのは大きいですよね。私はもちろんAIが好きなのですが、視野を広げるためにも、AIについて学ぶのはお薦めだということが改めてよくわかりました。石川さん、本日はありがとうございました!

After Interview

“AIを学ぶ”と言うと、プログラミングや数学を学ぶことだと思われがちです。確かにエンジニアにとってはそうかもしれません。しかし、今はAIエンジニアだけでなく、AIに置き換えるべき課題を発見し、具体的な道筋を立てられる非エンジニア人材も求められています。このような人材が目指すべきゴールは「AIを活用した際の投資対効果を検討できること」という石川さんのお話は大変得心するものでした。AIはエンジニアだけのものではありません。エンジニア以外の方も、ぜひ違う切り口からAIにアプローチしてみてください。