本連載では、以下に示すようなマイクロサービスアーキテクチャのアプリケーション環境を構築しています。
前回はマイクロサービスの呼び出し状況の可視化を行うAWSのサービスとして「AWS X-Ray」の概要を説明し、ローカル端末へX-Rayデーモンを実行するDockerコンテナイメージの作成/実行を行いました。今回からはX-Rayデーモンへトレースデータを送信するためのアプリケーションの設定の実装を解説していきます。
セグメントとサブセグメント
AWS X-Rayの使用を始める前に、十分理解しておかなければならない概念として「セグメント」と「サブセグメント」があります。計測対象とするアプリケーションの処理単位をセグメントと呼び、セグメントはいくつかのサブセグメントに分けることができます。
セグメントは「TraceID」によって識別されます。アプリケーションが複数のマイクロサービスを呼び出したときにTraceIDをリクエストヘッダに指定しておけば、TraceIDを持ち回り、複数のセグメントの呼び出しを透過的にトレースすることができるようになります。
サブセグメントは、アプリケーションのコンポーネント構成に応じてユーザーが自由に設定することができます(これを「カスタムサブセグメント」と呼びます)。サブセグメントの設定は、Apache HttpCompoentsやSpringAOPを拡張したライブラリとしてAWS SDKに組み込まれて提供されているものもあれば、上記のカスタムサブセグメントのようにライブラリをコールして任意のタイミングで開始することも可能です。
なお、S3やDynamoDB、SQSといった主要なAWSリソースへのサブセグメントの設定は各クライアントライブラリの設定でトレースを有効化できます。
これらの設定方法は次節以降、順次説明していきますが、必要に応じて、AWS公式ドキュメント「AWS X-Rayの概念」も適宜参照してください。
X-Rayを使用するためのアプリケーション共通設定
それでは、X-Rayを使用するためのアプリケーションの設定を実装していきましょう。
解説にあたり、動作環境は以下のバージョンで実施しています。JavaやSpringのバージョンは前回までと同じものを利用するので変わっていませんが、今回から新たにX-Ray SDKを追加します。
動作対象 | バージョン |
---|---|
Java | 11 |
Spring Boot | 2.3.3.RELEASE |
AWS XRay Recorder SDK | 2.7.1 |
ただし、同SDKに関するAWS公式の日本語ドキュメントは2020年9月現在では最新ではありません。英語にはなりますが、GitHubにあるSDKのREADMEを参照したほうが良いでしょう(提供されているライブラリの種類が変更されていて、日本語ページのものとは一致しません)。
なお、本連載で実際に作成するアプリケーションはGitHub上にコミットしています。以降に記載するソースコードでは、import文など本質的でない記述を省略している部分があるので、実行コードを作成する際は、必要に応じて適宜GitHubにあるソースコードも参照してください。
pom.xmlの設定
まず、使用するライブラリを「pom.xml」に追加します。X-Rayを利用する際には基本的に必要になるライブラリである「aws-xray-recorder-sdk-core」「aws-xray-recorder-sdk-aws-sdk」「aws-xray-recorder-sdk-aws-sdk-instrumentor」を追加してください。
また、RDBへアクセスするためのDataSourceに対してサブセグメントのトレースを設定する「aws-xray-recorder-sdk-sql」と、任意のSpringアプリケーションのコンポーネントにAOPを使ってサブセグメントトレースを設定する「aws-xray-recorder-sdk-spring」を追加します。Dependencyタグ内でバージョンを指定していませんが、代わりにDependencyManagementタグ内にaws-xray-recorder-sdk-bomを設定するので、こちらの設定も忘れないように注意してください。
今回の実装では、X-Rayの機能とは別に、処理結果を独自でDynamoDBにトレースログとして保存する処理を実装するので、連載「AWSで作るクラウドネイティブアプリケーションの基本」の第17回と同様、DynamoDBのライブラリを追加します。DynamoDBのリージョンやエンドポイントなどの設定はCloudFormationをベースとした基盤自動化により構築されたCloudFormationスタック情報やSystems Manager Parameter Storeから取得するので、AWS SDKのaws-java-sdk-ssm、aws-java-sdk-coreも必要です。
なお、CloudFormationのスタック情報からデータを取得する実装の詳細については、連載「AWSで実践!基盤構築・デプロイ自動化」の第34回も適宜参考にしてください。
最後に文字列処理のライブラリとして「commons-lang3」を含めておきます(StringUtilsを使用します)。
<!-- For X-Ray -->
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-core</artifactId>
</dependency>
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-apache-http</artifactId>
</dependency>
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-aws-sdk</artifactId>
</dependency>
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-aws-sdk-instrumentor</artifactId>
</dependency>
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-sql</artifactId>
</dependency>
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-spring</artifactId>
</dependency>
<!-- For Setting Spring Data DynamoDB -->
<dependency>
<groupId>io.github.boostchicken</groupId>
<artifactId>spring-data-dynamodb</artifactId>
<version>5.2.1</version>
</dependency>
<!-- For Setting AWS Systems Manager Parameter Store -->
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-java-sdk-ssm</artifactId>
<version>1.11.756</version>
</dependency>
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-java-sdk-core</artifactId>
<version>1.11.756</version>
</dependency>
<!-- For Utility -->
<dependency>
<groupId>org.apache.commons</groupId>
<artifactId>commons-lang3</artifactId>
</dependency>
<dependencyManagement>
<dependencies>
<!-- omit -->
<dependency>
<groupId>com.amazonaws</groupId>
<artifactId>aws-xray-recorder-sdk-bom</artifactId>
<version>2.7.1</version>
<type>pom</type>
<scope>import</scope>
</dependency>
</dependencies>
</dependencyManagement>
なお、dependencyManagementタグに設定している「bom」とは、ライブラリのバージョンを一括して定義するためにライブラリの提供元が公開しているMavenのペアレントpom.xmlを総称した呼び方です。
アプリケーションの設定
それでは、アプリケーションの設定を解説します。次回以降、フロントエンドのWebアプリケーションとバックエンドのマイクロサービス双方の設定の解説を行いますが、その前にまず、両者に共通する設定要素を説明しておきましょう。
これらの設定は各アプリケーションの設定クラスXRayConfigにまとめています(内容は2つともほぼ同じです)。フロントエンドのWebアプリケーションである「XRayConfig」(frontend-webapp/src/main/java/org/debugroom/mynavi/sample/aws/microservice/frontend/webapp/config/XRayConfig.java)を例に解説します。
package org.debugroom.mynavi.sample.aws.microservice.frontend.webapp.config;
import java.io.IOException;
import com.amazonaws.client.builder.AwsClientBuilder;
import com.amazonaws.services.dynamodbv2.AmazonDynamoDB;
import com.amazonaws.services.dynamodbv2.AmazonDynamoDBAsyncClientBuilder;
import com.amazonaws.xray.AWSXRay;
import com.amazonaws.xray.AWSXRayRecorderBuilder;
import com.amazonaws.xray.handlers.TracingHandler;
import com.amazonaws.xray.javax.servlet.AWSXRayServletFilter;
import com.amazonaws.xray.spring.aop.AbstractXRayInterceptor;
import com.amazonaws.xray.strategy.sampling.LocalizedSamplingStrategy;
import org.aspectj.lang.annotation.Aspect;
import org.aspectj.lang.annotation.Pointcut;
import org.springframework.beans.factory.annotation.Autowired;
import org.springframework.boot.context.event.ApplicationReadyEvent;
import org.springframework.boot.web.servlet.FilterRegistrationBean;
import org.springframework.context.annotation.Bean;
import org.springframework.context.annotation.Configuration;
import org.springframework.context.annotation.EnableAspectJAutoProxy;
import org.springframework.context.event.EventListener;
import org.springframework.core.Ordered;
import org.springframework.util.ResourceUtils;
import org.debugroom.mynavi.sample.aws.microservice.common.apinfra.cloud.aws.CloudFormationStackResolver;
@Aspect //(A)
@Configuration
@EnableAspectJAutoProxy //(B)
public class XRayConfig extends AbstractXRayInterceptor { //(C)
private static final String DYNAMODB_ENDPOINT_EXPORT = "mynavi-sample-microservice-vpc-DynamoDB-Dev-ServiceEndpoint";
private static final String DYNAMODB_REGION_EXPORT = "mynavi-sample-microservice-vpc-DynamoDB-Dev-Region";
//(D)
@Autowired
CloudFormationStackResolver cloudFormationStackResolver; //(E)
static {
try{
AWSXRayRecorderBuilder builder = AWSXRayRecorderBuilder.standard()
.withSamplingStrategy(new LocalizedSamplingStrategy(
ResourceUtils.getURL("classpath:sampling-rules.json"))); //(F)
AWSXRay.setGlobalRecorder(builder.build()); //(G)
}catch (IOException e){
e.printStackTrace();
}
}
@Bean
public AWSXRayServletFilter awsXrayServletFitler(){ //(H)
return new AWSXRayServletFilter("MynaviSampleMicroServiceFrontendApp");
}
@Bean
public FilterRegistrationBean filterRegistrationBean(){ //(I)
FilterRegistrationBean filterRegistrationBean = new FilterRegistrationBean(awsXrayServletFitler());
filterRegistrationBean.setOrder(Ordered.HIGHEST_PRECEDENCE); //(J)
return filterRegistrationBean;
}
@Bean
AmazonDynamoDB amazonDynamoDB(){ //(K)
return AmazonDynamoDBAsyncClientBuilder.standard()
.withEndpointConfiguration(
new AwsClientBuilder.EndpointConfiguration(
cloudFormationStackResolver.getExportValue(DYNAMODB_ENDPOINT_EXPORT),
cloudFormationStackResolver.getExportValue(DYNAMODB_REGION_EXPORT)))
.withRequestHandlers(new TracingHandler(AWSXRay.getGlobalRecorder())) //(L)
.build();
}
@Override
@Pointcut("@within(com.amazonaws.xray.spring.aop.XRayEnabled) " +
" && execution(* org.debugroom.mynavi.sample.aws.microservice..*.*(..))" ) //(M)
protected void xrayEnabledClasses() {
}
@EventListener(ApplicationReadyEvent.class) //(N)
public void onStartup(){
AWSXRay.endSegment(); //(O)
}
}
上記コードの説明は以下の通りです。
項番 | 説明 |
---|---|
A | SpringAOPの機能を利用して、このクラスをアスペクト機能を持つコンポーネントとして定義します。実際の機能利用箇所はMにあるPointCutで定義したコンポーネントおよびCで継承しているAbstractXRayInspectorになります |
B | SpringAOPの機能を利用するクラスとして宣言を行います。これはSpringAOPを利用する際に必要な設定です |
C | com.amazonaws.xray.spring.aop.AbstractXRayInterceptorを継承します。このクラスはSpringAOPを用いてサブセグメントの開始終了処理を担うインターセプタとなっており、Mでジョインポイントを定義することにより、任意の条件でサブセグメントを開始してトレースデータを収集できるようになっています |
D | DynamoDBのエンドポイントとリージョンをCloudFormationのスタック情報から取得するのでエクスポート名を定義します |
E | CloudFormationのスタック情報を取得するためのユーティリティクラスをインジェクションします。詳細は連載「AWSで実践!基盤構築・デプロイ自動化」の第34回を適宜参考にしてください |
F | XRayデーモンにトレースデータを送信するためのAWSXRayRecorderの設定を行います。トレースをサンプリングするためのルールをsampling-rules.jsonとして定義し、src/main/resources配下に配置したファイルをResourceUtilsを使って読み込んで設定します。なお、この設定はクラス変数としてstatic要素内で定義されていますが、内部でスレッドローカル内にTraceIDをMDCを使って保護する仕組みになっており、マルチスレッド環境で動くWebアプリケーションでも正常に動作する仕様になっています |
G | Fで設定したAWSXrayRecorderをAWSXRayクラスの変数としてセットします |
H | リクエストにTraceIDをセットするためのサーブレットフィルタの設定を行います。インスタンス生成時に指定した文字列がマネジメントコンソール上でのサービス名として定義されます |
I | Hで定義したサーブレットフィルタを登録します |
J | SpringSecurityと併用した際にも、先にTraceIDが付与されるようにフィルタ適用条件に高いプライオリティを設定します。この設定により認証などのSpringSecurityが請け負う処理もトレーシングされます。なお、バックエンドのマイクロサービスでは現状、OAuth2によるアクセストークンを使った認可処理は実装していないのでバックエンド側にはまだ設定していません |
K | トレースログを保存するためのDynamoDB設定を定義します |
L | DynamoDBへのアクセスのトレーシングを有効にする場合、リクエストハンドラにcom.amazonaws.xray.handlers.TracingHandlerを設定し、Fで定義したAWSXRayRecorderを設定します |
M | サブセグメントを開始終了するコンポーネントの定義条件を設定します。ここでは、com.amazonaws.xray.spring.aop.XRayEnabledアノテーションを付与した、org.debugroom.mynavi.sample.aws.microservice配下のパッケージにある全てのクラスのメソッド実行時を指定しています |
N | アプリケーション起動時もCloudFormationスタックやSystems Manager Parameter Storeへアクセスするため、セグメントの設定が必要になります。SpringBootを起動する際のメインクラスでセグメントの開始を宣言していますが(後述)、SpringのEventListener機能を使って、アプリケーションの起動が終了した際にXRayのセグメントを終了する処理を実装します |
O | Nでも解説した通り、セグメントを終了する処理を実装します |
なお、アプリケーションの起動時にCloudFormationのスタック情報やSystems Manager Parameter Storeへアクセスする場合、デフォルトの設定ではAWS X-RayがAWSリソースへのアクセスを記録(SpringのAutoConfigrationで設定されたAWS SDKクライアントがX-Rayデーモンへデータを送信)しようとします。
そのため、起動時にセグメントを開始するよう、メインクラス(frontend-webapp/src/main/java/org/debugroom/mynavi/sample/aws/microservice/frontend/webapp/config/WebApp.java)を以下の通り編集します(セグメントの終了処理は上記のOでアプリケーションの起動完了時に終了します)。
package org.debugroom.mynavi.sample.aws.microservice.frontend.webapp.config;
import com.amazonaws.xray.AWSXRay;
// omit
@SpringBootApplication
public class WebApp {
public static void main(String[] args) {
AWSXRay.beginSegment("frontend-webapp-init");
SpringApplication.run(WebApp.class, args);
}
// omit
}
また本連載では、次回以降、TraceIDの引き回しや取得方法を確認するために、各アプリケーションやマイクロサービスでリクエスト実行時にDynamoDBへトレースログを保存する処理を追加していきます。AWS X-Rayには、デフォルトでCloudWatchと連携する機能があり、セグメントをメタデータとして任意のパラメータを追加して検索することもできますが、ログデータの永続化や任意のパラメータ検索の容易性を踏まえて、ログの保存要件に適したものを選択したほうが良いでしょう。
今回は以下のように、ユーザーIDと日時をキーとしたテーブルデータ(common/src/main/java/org/debugroom/mynavi/sample/aws/microservice/common/apinfra/cloud/aws/log/dynamodb/model/Log.java)を作成するものとします。
package org.debugroom.mynavi.sample.aws.microservice.common.apinfra.cloud.aws.log.dynamodb.model;
// omit
@DynamoDBTable(tableName = "mynavi-sample-microservice-log-table")
public class Log implements Serializable {
@Id
@Getter(AccessLevel.NONE)
@Setter(AccessLevel.NONE)
private LogKey logKey;
private String userId;
private String createdAt;
@DynamoDBAttribute
private String traceId;
@DynamoDBHashKey
public String getUserId() {
return userId;
}
@DynamoDBRangeKey
public String getCreatedAt() {
return createdAt;
}
}
また、検索用にTraceIDをグローバルセカンダリインデックスとして作成しておきます(cloudformation/2-dynamodb-cfn.yml)。モデルクラスやDynamoDB構築のCloudFormationテンプレートは共通プロジェクトに配置します。
# omit
Resources:
MynaviSampleMicroserviceLogTable:
Type: AWS::DynamoDB::Table
Properties:
TableName: !If ["ProductionResources", "mynavi-sample-microservice-log-table", !If ["StagingResources", "staging_mynavi-sample-microservice-log-table", "dev_mynavi-sample-microservice-log-table"]]
BillingMode: PROVISIONED
SSESpecification: !If ["ProductionResources", { "SSEEnabled" : true }, !Ref "AWS::NoValue"]
AttributeDefinitions:
- AttributeName: userId
AttributeType: S
- AttributeName: createdAt
AttributeType: S
- AttributeName: traceId
AttributeType: S
KeySchema:
- AttributeName: userId
KeyType: HASH
- AttributeName: createdAt
KeyType: RANGE
GlobalSecondaryIndexes:
- IndexName: traceIdIndex
KeySchema:
- AttributeName: traceId
KeyType: HASH
- AttributeName: createdAt
KeyType: RANGE
Projection:
ProjectionType: ALL
ProvisionedThroughput:
ReadCapacityUnits: 5
WriteCapacityUnits: 5
ProvisionedThroughput:
ReadCapacityUnits: 5
WriteCapacityUnits: 5
DynamoDBの構築やアクセス実装の詳しい説明は省略しますが、必要に応じて連載「AWSで作るクラウドネイティブアプリケーションの基本」の第34回を参照してください。
* * *
今回はAWS X-Rayのセグメント/サブセグメントの概念を解説し、フロントエンドのWebアプリケーション、バックエンドのマイクロサービス双方に共通する設定を紹介しました。
次回はフロントエンドアプリケーションに必要なAWS X-Rayの設定について解説を進めていきます。