7月16日に開催された「TECH+ EXPO 2021 Summer for データ活用 イノベーションのベースを創る」に、山形カシオからコンシューマ製造技術部 技術戦略課 アドバイザリー・エンジニア 鈴木 隆司 氏が登壇。「CASIOの生産改革DX~徹底的な見える化の企画立案から導入・活用まで」をテーマに、DXの取り組みについて紹介した。

山形カシオ コンシューマ製造技術部 技術戦略課 アドバイザリー・エンジニア 鈴木 隆司 氏

山形カシオが取り組むべき生産DXとは

山形カシオは、カシオ計算機における国内唯一の生産拠点だ。G-SHOCKのハイエンドモデルや、ミドルエンド・ローエンドのデジタル腕時計、関数電卓などを生産するとともに、中国やタイの工場に対しても技術支援をおこなうなど、同社の製品製造を支える心臓部といえる。

山形カシオはここ5年で急速に生産改革を推進し、AI(機械学習)やIoTを活用した工場のスマート化や生産ラインの自動化を進めている。この流れを主導するキーパーソンが、エンジニアの鈴木 隆司 氏だ。

鈴木氏とAIの出会いは、2009年から企画・開発に取り組んだダイブトランシーバー「Logosease」のプロジェクトにまで遡る。当時、水中で会話するためのダイブトランシーバーに民生機が存在しなかった点に着目した鈴木氏は、新規事業としてレジャーダイバー向けの通話器の開発に着手。その過程で大量の音声データをもとにした機械学習の手法に触れることになった。

その後、鈴木氏は培ったAIの技術力を用いて、カシオの生産改革を担当することになる。生産改革とは、生産のQCD――Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)――に責任を持つ体制を構築することである。

2020年からはさらに歩みを一歩進め、工場のスマート化によりバリューチェーン全体を最適化するという「生産DX」へ取り組んでいる。

ここで、鈴木氏を悩ませたのが「そもそもDXとは?」という問いだった。DXとは「デジタルテクノロジーによりビジネスを変革すること」を指す言葉だが、何をどのように変革すべきなのかは企業によっても当然異なってくる。山形カシオが取り組むべきDXとは何なのか。

ヒントとなったのは、山形カシオが過去になし得た金型・成形部門の事例だった。

「2000年前後、山形カシオの金型・成形部門は高い評価を受けていました。当時はガラケー時代で、1年に2回新モデルが発売されます。そのため、1.5ヶ月で金型を立ち上げ、3ヶ月で150万台を生産するという時代でした」(鈴木 氏)

精密な製品を短納期で大量に生産するため、当時の金型・成形部門ではさまざまな取り組みをおこなっていた。

たとえば総数700台のシステムや加工機械をネットワークで連結し、データを自動で収集して活用する仕組みを作り上げたり、シミュレーション機能でトラブルの予測や予防に努めたりしていたという。

20年をかけて作り上げたこの仕組みこそが、当時の山形カシオが持っていた最大の価値であり、他社には真似できない特徴だった。

「テクノロジーの力で、他社にはない価値を創造する。これこそがDXの目指すべき姿のひとつだ」鈴木氏はそう考えたという。

加えて、鈴木氏は生産DXの前提となるカシオ全社が目指すDXとして「お客様ファースト」というコンセプトにも触れている。お客様ファーストとは、顧客一人ひとりに向き合い、最適な製品やサービスの提供を通じて最高の体験を提供するということだ。これまでは「最大多数の最大幸福」を目指すことがカシオのミッションだったが、これからは「最大多”種”の最大幸福」がミッションであり、DXで目指すべきゴールになると鈴木氏は考えている。

では、どうすれば生産DXを実現できるのか。

鈴木氏が生産DXの実現手段として考えているのが「スマート工場」である。そもそも、工場が目指すのは「設計力」と「現場力」を高めていくことだ。理論通りの設計と生産ができてこそ、「お客様の意向に最大限応える供給」が可能になるからだ。

しかし、「設計力」と「現場力」を高めることはそう簡単ではない。たとえば人材不足や、それに伴う品質の不安定化、コスト競争力の低下などが課題として挙げられる。その解消策として鈴木氏が構想するのが工場のスマート化だ。

実現手段はスマート工場

定番商品は完全に自動化し、競争力を上げていく。一方で、戦略商品は高難度作業を自動化することで安定生産を図っていく。こうした取り組みにより、労働集約型から脱却し、競争力を高めていくという目論見である。

実際に山形や中国、タイの工場では、ピアノの鍵盤の製造ラインやデジタル腕時計の製造ライン、関数電卓の製造ラインの自動化に成功したという。

「DXでよくいわれるのは、スモールスタートが大切ということです。IoTやAIを目標にするのではなく、まず見える化が大事だといわれます。それはよくわかっています。しかし、企画立案時に効果がわからないというのでは成立しないのです」(鈴木 氏)

スモールスタートはあくまでも技術構築や効果検証の進め方に限定し、企画そのものは経営目標とリンクしていなければならない、と鈴木氏はいう。

山形カシオの場合、経営目標は「労働集約型からの脱却」である。この経営目標を達成するための手段が「ラインの自動化」であり、自動化する上で想定される課題を解決する手段がIoTやAIとなるというわけだ。