今月、Vodafone、SingTelという大手通信事業者から、世界各国でiPhoneを発売するという発表が相次いでなされた。これまでAppleは「1カ国1通信事業者」という販売ポリシーを貫いてきたが、今後は同一国内で複数の通信事業者からiPhoneが発売されるようになるわけだ。ここにきてAppleが販売戦略を変更する理由はどこにあるのだろう。

「1カ国1キャリア」が崩れる

AppleのiPhoneは昨年6月に北米で販売開始後、数カ月おきに世界各国に販売国を増やしていった。ここ最近ではイタリアのTelecom Italiaから発売予定との話も出てきている。各国での発売は1カ国につきひとつの通信事業者であり、たとえグローバル展開を行っている通信事業者であっても、Appleとの契約は国ごとであった。

しかし今月7日、Vodafoneが世界10カ国でiPhoneを販売する予定と発表、相次いでSingTelとSingTelが出資する3社の計4社が、4カ国でのiPhone販売計画を発表した。販売国にはVodafoneがイタリアとオーストラリアとインド、SingTelグループではOptusがオーストラリア、Bharti Airtelがインドを含んでいる。すなわちイタリアとオーストラリア、インドでは複数の通信事業者からiPhoneが発売されることになったわけだ。

これまでAppleはiPhoneの販売を「1カ国1通信事業者」に絞ってきた。これは、独占契約を結ぶことで通信事業者はiPhoneによる集客効果を得ることができ、またAppleはそれにより通信事業者から収益の一部を得る契約を結ぶことが可能であったからと考えられる。Appleのお膝元である北米では、携帯電話は各通信事業者が専用機種を販売することが基本であり、日本同様「キャリア(事業者)専用機種」が多い。特定の事業者のみがiPhoneを発売することは、北米の携帯電話商習慣を考えれば一般的なことでもある。

しかし、ヨーロッパでは規格が統一されたGSM方式がサービスされていることから、消費者はメーカーブランドの端末を自分の契約した通信事業者で利用するという「端末と回線の分離」に慣れている。たとえ端末にSIMロックがあったとしても、各事業者が同じメーカーの同じ端末をSIMロックモデルとして販売している。コンテンツサービスなども端末に設定を入れなおせばよく、特定の事業者でしか利用できないハードウェアは少数派だ。

ヨーロッパでもiPhoneは「1カ国1事業者」から販売される。希少価値もあるが買いにくいという意見もありそうだ

拡販には販路拡大が必須

このためヨーロッパではiPhoneイコール「特定の事業者でしか利用できない、買いにくい端末」という印象を与えてしまっている面もある。実際ここまでのところヨーロッパ市場でのiPhoneの売れ行きはあまり芳しいものではない。発売日こそ行列ができたり数万台が売れたりしたものの、最近はヨーロッパ各国でのiPhoneの販売数量に関するニュースはほとんど聞かれない。もちろんこれには3Gの普及が始まっているにも関らずiPhoneがGSM方式にしか対応していないという理由もあるだろうが、「利用する通信事業者を自由に選べない」ことがヨーロッパの消費者のiPhone購入意欲を引き下げる一因になっていることも確かだろう。

Appleは今年末までにiPhoneを1,000万台販売するという目標を立てている。しかし今の販売方法では、たとえ3G方式に対応した新しいiPhoneが登場したとしても、爆発的な売上げの伸びは期待できないかもしれない。そのためには販路を拡大しなくてはならないが、販売国を増やすだけではなく1カ国内での販売チャンネルを広げる必要もあるだろう。たとえば人口500万人の国でシェア20%の通信事業者が独占販売した場合、(ありえないが)全加入者がiPhoneを購入しても100万台にしかならない。その数を倍増させるために他の事業者から顧客を移転させるのは簡単ではない。それよりも、他の通信事業者を通じてもiPhoneを販売することのほうが、容易に販売数を伸ばせるはずだ。

もちろん複数事業者が取り扱うことで、Appleの事業者からの取り分は低い契約とならざるを得ないかもしれない。しかしiPhoneの販売実数が増えれば、結果としてAppleの収益は増加するはずだ。いずれはその国の全事業者がiPhoneを販売するような国が出てくる可能性もありうるだろう。

異例の発表は3G版iPhone登場の前触れ?

さてVodafone、SingTelともにiPhoneの投入時期は明確にしておらず、詳細も一切発表されていない。たとえばSingTelのプレスリリースを見るとわずかに3行、「グループ企業が今年後半にiPhoneを販売予定、詳細は後ほど」とあるだけだ。これは大手通信事業者のプレスリリースとしてはあまりにも簡素すぎる印象を受ける。

この理由は、Appleとの交渉がまとまり、iPhoneの販売が可能になったことをまずは先駆けて発表したいという事業者の意向なのかもしれない。価格や料金プランが未定であっても、iPhoneの販売予定をアナウンスすることによって、今後他社へ流れる可能性のある消費者の目を引き付けておくことができるからだ。年内にiPhoneが販売予定ならば、たとえば今から他社と2年契約を結ぶのはもったいない、と考える消費者も出てくるだろう。

しかし、噂されている3G版iPhoneの登場/発表が近いため、詳細を一切明らかにできないという理由も考えられる。ネット上ではここにきて3G版iPhoneが、6月9日から開催されるAppleの開発者向けイベント・WWDC(Worldwide Developers Conference)の席で発表されるのではないかという噂で持ちきりになっている。確かにVodafoneやSingTelグループのiPhone販売予定国ではすでに3Gサービスが開始されている国も多く、今からGSM版を投入するとも考えにくい。詳細が発表されない理由が3G版iPhoneに関係しているというのであればうれしいことだが、さて実際のところはどうであろうか?