かつて、インターネットの普及とECの台頭は多くの店舗型ビジネスに影響を与えた。中でも百貨店は売上が大きく落ち込み、テナント店舗も苦しんだところが多い。

大手インナーウェア企業であるワコールもその一つだ。市場の変化の中で、従来型のビジネスモデルからなかなか脱却できないことに課題を抱えていたが、近年は最新テクノロジーを活用した”リアルのデジタル化”に取り組み、存在感を発揮している。

12月3日、4日に開催された「マイナビニュースフォーラム2020Winter forデータ活用」では、ワコール 総合企画室イノベーション事業推進部 課長 3Dsmart&Try事業担当 篠塚厚子氏が登壇。ワコールにおけるDXの取り組みについて講演を行った。

従来型のビジネスモデルから脱却せよ! ワコールの「巻き返し戦略」

ワコールは1946年の創業以来、2度の急成長を経て事業規模を拡大してきた。最初は1960年代の高度経済成長時代における百貨店拡大による成長、2度目は1980年代後半からの量販店拡大による成長である。

この2度の成功体験は、ワコールの歴史の中でもとりわけ大きな出来事として刻まれている。しかし、この成功体験が逆にその後のワコールを縛ってしまうことになった。

変化の波が訪れたのは1990年代後半だ。それまで順調に成長を続けていた百貨店や専門店、量販店の売上が急落したのである。この傾向はワコールだけではなく、百貨店を主戦場としていたあらゆるメーカーが同様の窮地に陥った。

百貨店や量販店の売上が減少した理由としては、世の中が長い不景気に突入したこともあるが、それだけではない。国内市場における家計支出のデータを見ると、1997年を境に衣料品への支出と通信費の支出が逆転していることがわかる。この流れはその後も変わらず、通信費の上昇に連動するかのように衣料品への支出は抑えられていくのである。1997年は人々の価値観が大きく転換した年だったのだ。

90年代後半はインターネットが普及し、市場に新たなチャネルが誕生した時期でもある。Amazon、ZOZOTOWN、楽天といったメジャープレーヤーが相次いで現れ、時代は大きく動こうとしていた。

こうした状況の中、ワコールは過去の大きな成功体験から、チャネルを軸とした従来型のビジネスモデルからなかなか脱却できない状況だった。過去の大きな成功体験の呪縛から逃れられず、変化に遅れを取ってしまったのだ。

そして今、ようやくワコールは長い呪縛から解き放たれ、デジタル時代における新たな戦略を実行に移している。それこそが、ワコールのオムニチャネル戦略だ。篠塚氏は、その特徴を「一人一人のお客様と”より深く、広く、長く”つながる関係性を築く」という言葉で表現する。

これは、単純にデジタルをメインに据えるということではない。

「ワコールではEC比率が全体の15%に上ります。これは衣料品業界でも高いほうです。しかし、『ではリアル店舗よりもECを重視するのか』と言うと、そうではありません。ECだけでお客様と長い関係性を築けるかどうかは疑問だからです」

篠塚厚子氏

ワコール 総合企画室イノベーション事業推進部 課長 3Dsmart&Try事業担当 篠塚厚子氏

リアル店舗とECを単純に「販売のためのチャネル」として捉えると、両者は競合する関係にある。しかし、篠塚氏は「それは違う」と強調する。全国のリアル店舗にはワコールが誇る3,000名以上の販売員、ビューティーアドバイザーがいる。そして、彼らこそが同社の大きな強みでもあるからだ。

「『リアル店舗は終わった』と言われるかもしれませんが、それは言い換えるなら『過去の伝統的なビジネスモデルが終わった』ということです。リアル店舗は売るためだけの場ではなくなりましたが、デジタルとの組み合わせで新たな役割を担うことができます」

リアル店舗をデジタルの力で革新させ、ECと連携していくこと。それこそがワコールの考えるオムニチャネル戦略なのである。