DX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめとするデジタル戦略の重要性が説かれるようになって久しいが、実際の進捗度については企業によって大きな差が生じているのが現状だ。ITにより業務改革を進め、プロダクトやサービスに新たな価値を付加することに成功する企業がある一方、経営者と現場、IT部門がうまく連携できず足踏みしている企業も少なくない。

企業はどのようにデジタル戦略を進め、ITによる経営改革に取り組むべきなのか。

7月9日に開催された「マイナビニュースフォーラム 2020 Summer for データ活用~不確実性の時代に求められるデータ戦略~」には、特定非営利活動法人CIO Lounge 理事長であり、元 ヤンマー 取締役 CIOとしても知られる矢島孝應氏が登壇。パナソニックや三洋電機、ヤンマーのIT革新を牽引した経験を元に、製造業が取り組むべきデジタル戦略について語った。

ヤンマーが実践した「ITによる経営改革」

矢島氏は、1979年に松下電器産業(現パナソニック)に入社。その後、三洋電機を経てヤンマーの取締役 CIOを務めた後、現在はCIO Loungeの理事長としてコンサルティングや次世代CIO育成に携わる。

これまでの経歴のなかで、矢島氏は一貫してITによる経営改革を推進してきた。例えば、松下電器産業では、2000年に就任した中村邦夫社長の下でIT革新に着手。「IT革新なくして経営改革なし」のスローガンを掲げ、構造/プロセス/風土の全てをITによって変革していった。

当時、ITの役割は「各部門から依頼を受けてシステムを提供する請負的なイメージ」が強かったというが、矢島氏はそうしたITのイメージを一新し、「次の経営を担う改革の推進力」として位置付けた。

そんな矢島氏がヤンマーに入社したのは、同社が創業100周年を迎えた年だった。ちょうどヤンマーは「次の100年」に向けて新たなブランドイメージを模索しており、それまでの「ヤン坊マー坊の会社」や「エンジンや機械の会社」といったイメージをデザインの力で変えていこうとしていた。

キーワードは「プレミアム化」だ。顧客がヤンマー製品を所有することに対して「憧れ」や「ステータス」などを感じられる状況を実現することで、「プレミアムブランドとしてこれまで以上に確固たる地位を築く」という狙いがあった。

同社の改革を指揮する総合プロデューサーにはデザイナーの佐藤可士和氏が就任。さらに日本人で唯一フェラーリのデザインを手掛けた奥山清行氏が、ヤンマーの全ての商品デザイン変革を担当することになった。その成果はすぐに表れた。2016年、ヤンマーのトラクターが「グッドデザイン金賞」を受賞したのだ。

「ITを最大限に活かす」ために - “三位一体”の取り組み

こうしたヤンマーのイメージ改革と並行して矢島氏が行ったのが、ITによる経営改革である。

改革の領域は「商品力」「営業力」「経営力」の3つに分類されるが、なかでも「経営力」については、「経営判断力」と「業務力」の観点から強化していくこととした。

経営判断力とは、経営や事業にまつわる状況を適時判断できる情報を的確に収集でき、必要な分析をするための力。そして業務力とは、仕事のプロセスが無駄なくスピーディーに流れている状態をつくるための力である。

これら2つの力を強化するために矢島氏は「ITを最大限に活かす」方針を打ち出した。具体的な施策としては、情報管理やビジネスプロセス管理を支えるIT基盤を構築することだ。これらの仕事を担うのは主にIT部門だが、矢島氏は「IT部門だけががんばればいいというものではない」と強調する。

「経営者と現場の事業部門、IT部門が”三位一体”となって取り組むことで強化を推進しなければ、改革は実現できません」

経営者と現場の事業部門、IT部門三位一体の施策

しかし、それら三者がいきなりうまく連携できるわけではない。

例えば、一般的に経営者はIT革新に対して「本当に投資に見合うだけの成果はあるのか」「本当に必要なのか」「何をすればいいのかよくわからない」といった不安を抱えているという。そうした状態では、積極的に改革を進めようという流れにもなりづらい。

そこで矢島氏は経営者の不安を払拭すべく、情報化戦略についてのフレームワークを「カネ(コスト)」「ヒト(人材)」「モノ(施策)」の観点から設定した。

「カネについてはまず、経営におけるITコストを売上高比1.3%に設定し、維持コスト対新規コストを60:40としました。ランニングコストだけでなく、新しい施策にもコストを使うべきだからです」

さらにIT部門への投資効果を判断する「IT投資委員会」を設立。関係部門の役員や本部長なども加わり、体制をつくっていった。

「ヒトについては事業体のなかに部長や課長を含めたメンバーを事業担当として任命し、企画会議や経営会議にも出席させて、課題を共有しながら議論を進めることとしました」

矢島氏の狙いは、経営や事業の課題を現場メンバーが把握し、組織体制の壁をなくしていくことだった。同時に、経営側にもITシステムの状況や課題を把握してもらい、全社員のリテラシーを向上することで三位一体の施策を実践していったのである。

矢島氏が推し進めたIT革新に、最新のテクノロジーが加わったことで、ヤンマーのプロダクトやサービスにも変化が生じた。

代表的な例がIoTやM2Mを活用した「スマートアシスト」だ。センサーや位置情報などを活用してデータを取得し、農機の状態を把握してさまざまな農業支援を行うサービスである。

「今までの情報システムはコスト削減が中心の取り組みでした。しかし、これからは会社としての”売り”をつくるための攻めのIT化が必要なのです」

こうした取り組みが評価され、ヤンマーは企業情報化協会が制定する表彰制度「IT賞」において、2018年度最高賞となる「IT総合賞」を受賞した。ITによる経営改革は大成功を収めたといっていいだろう。