部下を抱えるマネジメント層では、テレワーク環境下での人材育成に悩まれている方も多いと聞きます。今回は、テレワークでの人材育成や働き方について、アドビのグローバルカルチャーや筆者の部門での実践をご紹介します。
チャレンジを後押しするカルチャー
アドビでは、グローバルでチャレンジする姿勢が大事にされています。たとえ結果にはすぐにつながらなかったとしても、まず「打席に立つ」ことを応援するカルチャーがあり、それが心理的安全性を生み、社員の柔軟な発想やアイデアを生む土壌になっていると感じます。
仕事を通して人が成長するには、やらされていると感じるものではなく、自分がチャレンジしたいと思えるテーマと、前向きに取り組める環境が大切だと思います。これはテレワークであろうとなかろうと同じです。そこで上司ができることは、年次や経験、個性などを見極めて、各自に合った適切なテーマとゴールを設定し、部下が尻込みせずにチャレンジできるように背中を押すことです。達成するまでの失敗や苦労も含めて「成功体験」であり、それを着実に積んでいくことで、自信がつくとともに次のチャレンジへの土台ができます。
テーマとゴールを渡したら後は放置ではなく、これもまた経験や個性に応じてサポートをして、成長を助けるよう意識します。この点で、テレワークで意識するべきことは、何といっても相談のハードルを下げることです。例えば第1回で紹介したように、筆者はチャットツールやオンライン会議などを組み合わせて、上司には1on1で相談しやすく、かつチームメンバー同士も気軽に自分の状況を話しやすい環境を用意するよう心掛けています。その上で、ゴールに向けての道筋は人それぞれなので、そもそもの道の種類の選び方から迷う人もいれば、分かれ道でどちらを選ぶかを決めかねる人もいます。障害物にぶつかって立ち止まることもあれば、進んでから道が違ったと気づいたけれども戻る勇気がでないということもあります。そういった状況をよく聞いて、答えを出す手助けや次のアクションの水先案内をするのが上司の役割だと考えています。
チームワークに欠かせない情報量の統一
仕事の成功にはチームワークも欠かせません。直接コミュニケーションができるオフラインなら、表情やしぐさ、態度など非言語の情報からも誤解や行き違いなどを察知できますが、テレワークでは、非言語情報はどうしても減ってしまうので、配慮と工夫が必要です。筆者がリモートでのチームコミュニケーションで特に意識しているのは、情報量の不均衡をつくらないことです。メンバーそれぞれが知っている情報量や理解している情報量の違いから、思わぬ足並みの乱れが起こることがあります。大人数でチームワークが必要な業務では、全員に最新の情報が等しく行き渡っているか、情報は渡っていても理解や納得に差が無いか気を配り、意識してしっかりコミュニケーションを図るように心掛けています。
オンライン会議の鮮度を保つ
リモートで、チームで仕事をする上で欠かせないのがオンライン会議。オンラインでは特に人数が多い時ほど、全員の参加度合いに十分に意識を向けて進行します。参加者が多い大きな会議では、ネットワーク回線の負荷の配慮もあってカメラをオフにする人が増えます。こうした場合、自分がファシリテーターのときには必ずカメラをオンにして、なるべく頻繁に質問や発言を呼びかけ、チャットの動きも視野に入れながら進行します。いま話されていることについてビジュアルエイド(視覚情報)があるほうが集中を保ちやすいので、画面で資料が共有されていないときは議事メモを画面共有してライブでメモを取りながら進めます。このような工夫で双方向の空気感を常にキープすると、会議の鮮度が保たれ、自然に全員の参加度合いが高くなります。議事メモは会議後にメールで共有しますが、そこでアクションアイテムと担当者を明記して、次回の会議の冒頭で進捗をフォローアップするのをルーティンにするのもおすすめです。
テレワークと生産性向上
さてもう一つ、マネージャー層の悩みとしてよく耳にすることがテレワークでの生産性です。筆者の職場では、成果は働いた時間ではなくアウトプットで現れるものなので、部下がアウトプットを出せる環境にあるかどうか、言い換えると自分でコントロールできる時間を確保できているかを気にかけています。
会議で1日のスケジュールが埋まってしまっていては、考える仕事やアウトプットをまとめあげていく仕事ができません。テレワークに限ったことではないのですが、テレワークになってから、より会議が増えてしまった傾向はあるように思います。ですからメンバーには、会議は呼ばれたら全て自動的に出るのではなく、目的や内容に応じて出るかどうか判断すべきものであることを伝えています。自分がその場で議論に参加する内容でないならば、後から議事録や共有資料でキャッチアップも可能です。時間は最も高価な資源なので、自分でしっかりコントロールできることが大切です。私自身も会議でスケジュールが埋まってしまわないように同じ観点で会議を取捨選択することと、集中業務の時間をカレンダーに入れることでコントロールを心掛けています。
なお、アドビでは、テレワークの物理的な環境については、全社的にテレワークを開始した2020年3月のタイミングで、自宅の環境整備のための費用のサポートが実施されました。仕事をしやすい椅子や机、モニター、オンライン会議のためのヘッドセットなど、各自のニーズに応じて生産性を高める工夫が実現されています。
プライベートとのバランス。働き過ぎにこそ注意
自宅での仕事は、オフィスと違ってプライベートとの境目が曖昧な分、意識して仕事とプライベートのバランスをとることが必要です。上司としては、子育てや自身の体調、家庭の事情など、人それぞれの状況がある中で、無理なく仕事ができるように気を配ります。自分自身も、日中の私用の際に「銀行に用事があるので1時間ほど離れます」とチャットを入れたり、早めに夏休みの日程を設定して公開したり、あえてプライベートとのバランスをとる行動をオープンにすることで、それが当たり前であるという雰囲気作りを心掛けています。
また、テレワークでは、部下がさぼっていないか不安という観点で議論がされがちなようですが、筆者はむしろ、部下が無意識に働き過ぎてしまうことのほうを気にかけています。最初に述べた「自分がチャレンジしたい」と感じるテーマに取り組んでいるときは、夢中になって時間を気にせず仕事をしてしまうことがあるからです。オフィスなら周囲が帰りはじめたり、帰りがてらの食事に誘われたりするので、自然に潮どきができますが、自宅で仕事をしていると、ついつい区切りなく仕事を続けてしまうことがあります。
例えば重要なプレゼンやオンラインイベントの前など、担当業務の「ここ一番」というときに、気分ものってきて本人が前向きな気持ちで取り組んでいるのであれば、残業時間ルールの範囲内なら無理に止めないこともあります。しかし、それが恒常的になると、ある時に急にエネルギー切れしてしまいます。筆者自身も時間を忘れて夢中になるような経験をしてきたので、やり切りたい部下の気持ちもよく理解できますが、エネルギー配分のほうを気にします。人材育成という観点からも、短距離走ではなく長距離走を、自分でペース配分しながら走れるようにサポートすることが役目だと思っています。
テレワークだからこそ働きやすい環境を作る
今回は、人材育成や働き方について、いくつかの視点から考えてみました。次回は、テレワークからは離れて、女性の管理職を育成するためのアドビの取り組みについて、筆者の経験を踏まえてお伝えします。