今でこそ、Uber EatsやDoorDashを使って近所のレストランからいろんなメニューをデリバリーしてもらえるようになったが、一昔前まで米国で出前といえばピザか中華の2択だった。そのため、Web開発者のカンファレンスにおいて食べ物やデリバリーが絡むサービスのデモには「必ず」と言って良いほどピザ・デリバリーが使われ、おかげでピザデリバリー・チェーンは米国でオンライン対応やモバイル対応が最も進んだ産業の1つになった。その大手の1つであるDomino'sがWebのあり方に大きく影響するような訴訟に乗り出した。

同社は、2016年にGuillermo Robles氏が起こした訴訟を最高裁で取り上げるように請願したのだ。訴訟がどのようなものだったのかというと、目が不自由なRobles氏がDomino'sのオンラインオーダーで注文を完了できず、障がい者に対する差別を禁じるAmericans with Disabilities Act (ADA)のTitle IIIに反するとして同社を提訴、連邦控訴裁は同氏の主張を認めた。

ADAのTitle IIIは「公共施設の利用機会」について、またTitle IVで「電話通信」について規定しているが、1990年に制定されたADAはWebやモバイルアプリが普及する前の法案である。ADAに基づいてWebサイトやモバイルアプリ、ソフトウェアのアクセシビリティ対応を課すのは広義すぎる解釈であり、多大すぎるコストをサービス提供側に負わせるとしてDomino'sは最高裁の判断を求めている。つまり、Domino'sの請願が受け入れられると「WebやモバイルもADAの対象に含まれるか、否か」が判断される判例になり、結果によっては米国でサービスを提供するWebサイトに障がい者が不便なくアクセスできる環境の構築が義務づけられる。

  • Domino'sは米国で最初にオンラインオーダーとモバイルオーダーをサポートし、ドローンでピザを配達、Eバイクを採用した。

モバイルが成長期にあった2016年だったら、アクセシビリティ対応が成長の妨げになり得るとしてDomino'sの主張が認められた可能性がある。しかし、モバイルが成熟した今、Domino'sの旗色は悪い。

オンラインオーダーやモバイルオーダーの利用者が増え、効率性の向上で生じたゆとりをどのように活用するか。店舗の再編やスタッフ構成を見直しているが、全体の20%とも言われる障がいを持った人達のアクセシビリティの実現を後回しにしてコスト構造の最適化を行うのは「もってのほか」という声が強まっている。Domino'sだけではなく、ビヨンセの公式サイト、Hooter's、Five Guysなど、障がい者のアクセスに配慮していないとしてADA違反を問う訴訟がここ数年で続出しており、CNBCによると2018年の訴訟数は前年比58%増、2,200件を超えた。

Accentureのレポートによると、米国の消費者は購入判断において価格や製品だけではなく、ブランドの立ち位置や主張をより考慮し、自身の考えや信条に合うブランドや企業をサポートする傾向が強まっている。その点において、障がい者のアクセシビリティのサポートを負担と見なすようなDomino'sの動きは大きなマイナスである。たとえ訴訟に勝てたとしても、アクセシビリティ・サポートのコスト以上のものを失う可能性が指摘されている。

Appleは秋のOSのメジャーアップデートでアクセシビリティ機能を強化し、音声コントロ-ル機能を用いて音声だけでiPhoneやiPad、Macをコントロールできるようにする。それは多くのユーザーにとって「使わない機能」である。しかし、全ての人にとって、それがある意義は大きい。

今年の6月、キーボードでタイピングできないほどのRSI (頸肩腕障害/症候群、腱鞘炎)を煩い、一時はコーディングをあきらめかけたエンジニアが音声を用いてコーディングした顛末をPerl conference 2019で語った「Perl out loud」が話題になった。音声でしか操作できない人達をしっかりとサポートするようなインクルージョンは、言い換えると誰にとっても音声認識が便利に機能し、そして誰もが音声操作を活用できる環境である。Emily Shea氏にとってそうであったように、全ての人にとってアクセシビリティが未来の可能性になり得る。ADAの対象として強制するのが適切かどうかは別にして、アクセシビリティがあたり前のように存在する価値は大きい。