「これから10年後に、子供たちがシェーバーの絵を描いたとき、既存のシェーバーの形ではなく、パームインシェーバーを描くという状況を当たり前にしたい」――。パナソニック くらしアプライアンス社ビューティ・パーソナルケア事業部の南波嘉行事業部長は、こう切り出す。
2023年9月に発売した「ラムダッシュ パームインシェーバー」は、手のひらサイズのユニークなデザインを採用したシェーバーとして注目を集め、好調な売れ行きをみせている。小型軽量化を生かしたモバイル用途だけでなく、若年層の購入が増加したり、女性がプレゼント用途で購入したりといったニーズも広がっているという。パナソニックの南波事業部長は、「日本におけるパームインシェーバーの販売金額を、2027年度には50%にまで高める」との意欲的な目標を掲げる。パームインシェーバーによるシェーバー事業の成長戦略と、ビューティ・パーソナルケア事業全体への取り組みについて聞いた。
―― パームインシェーバーが好調な売れ行きを見せていますね。
南波:パームインシェーバーは、面倒だった髭剃りを、楽しい体験へと転換する提案を行うことを目指して開発した商品であり、高機能小型シェーバーの新たなトレンドを創出できたと自負しています。最初は全体の10%ぐらいの構成比を占めればいいと思っていたのですが、すでに構成比は30%にまで達しています。まさに、「未来の定番」といえる商品が創造できたと、強い手応えを感じています。
―― パームインシェーバーがヒットした要因をどう自己分析していますか。
南波:これまでの形状に捉われない新たなデザインが、多くの人たちの所有欲を刺激しているのではないでしょうか。また、SNSを通じて、自分を発信する時代において、見せたくなるというニーズに合致した点も大きかったといえます。手のひらで持って剃ることができるのがパームインシェーバーの特徴であり、デザインそのものに新しさを感じていただいただけでなく、家のインテリアにも馴染むといった点でも良い評価もいただいています。さらに、ライフスタイルの変化とともに、移動中や外出先でも、身だしなみを整えたいというニーズがあり、モビリティツールのひとつとして、需要が拡大している点も見逃せません。
もうひとつ、大きな動きが、これまでの男性中心の需要から、女性や若者層を取り込むことができ、プレゼント需要やT字カミソリ派からの転向など、新たな需要を生み出している点です。
実際、パームインシェーバーの購入者を分析すると、T字カミソリ(安全カミソリ)から移行したと回答したユーザーは28%となり、ラムダッシュPRO 5枚刃に比べて2倍以上の比率になっていますし、持ち運び用途として購入した人は65%にも達しています。また、パナソニックストアプラスでの購入者を分析すると、パームインシェーバーの女性購入比率は約4割にも達しています。男性へのプレゼント用途として、購入していることがわかります。
従来からの6枚刃、5枚刃の提案に加えて、パームインシェーバーという新たな商品の提案によって、パナソニックは、2024年の国内電気シェーバー市場において、ナンバーワンシェアを獲得しています。
―― パームインシェーバーはどんな経緯から生まれた商品なのですか。
南波:パナソニックの70年間のシェーバーの歴史を振り返ると、ステンレス刃物鋼や完全防水機能など、世界初となる技術を次々に採用するとともに、お風呂剃りや、自宅以外での身だしなみ、スキンケアなど、、新たなシェービングスタイルを提案し続けてきました。そして、新たな「未来の定番」づくりを目指して、デザイン起点、技術起点で開発したのが、パームインシェーバーです。たとえば、技術という観点でみると、パナソニックには長年に培ってきたリニアモーターの小型化技術があり、それを活用することで、手のひらサイズの高性能シェーバーを実現できたのです。技術の蓄積によって生まれた新たなシェーバーだといえます。
お客様は、自分が欲しいものはなにか、ということは口にすることはありません。私たちが、お客様の声を聞きながら、潜在ニーズを掘り当てなくてはなりません。それを顕在化するために、長年に渡って、学んできたお客様のニーズ、嗜好、ライフスタイルをデータとして蓄積し、デザイナーや技術者が、新たな発想をもとに、お客様に問いかけるといったことを繰り返してきました。
パームインシェーバーは、当初、既存の6枚刃や5枚刃の高機能モデルの存在を否定することになるのではないかという危惧が社内にもありました。しかし、デザインモックや試作品を見ていると、「これは新しい」、「これは面白いね」という声が社内で出始め、商品化に踏み切ることにしました。その結果、これまでとは異なる新たな市場を創出することができました。
もうひとつ強調しておきたいのが、パームインシェーバーは、「五設一体」の考え方をもとにして開発した商品だという点です。
―― それはどんな考え方ですか。
南波:シェーバー事業は、旧松下電工の流れを汲む事業です。「五設一体」は、松下電工時代からいまにつながる考え方のひとつで、商品設計や工法設計、設備設計、金型設計、工程管理設計といった5つの部門が、同時に商品開発を始めることで、スピーディーで合理的なモノづくりを実現することを指します。異なる部門が一緒になってモノづくりを進めることで解決できることは数多くあります。新しい商品に挑戦しようとした場合、分業体制によって、上流から順番にたすきを渡すように進めるのが一般的ですが、このやり方だと、途中でできないことが出てきたり、上流に戻せないために、妥協しなくてはならないことが生まれたりといったことが起きやすいのです。しかし、商品企画の段階から、技術部門や生産部門までが一緒になって議論をして、作り上げるという仕組みであれば、途中で大きな課題が発生するということが少なくてすみます。いまでは「コンカレントエンジニアリング」と呼ばれていますが、長年に渡るこの考え方が、パームインシェーバーの開発でも生かされています。
また、「五設一体」のほかにも、旧松下電工には独自の考え方が根づいています。水が湧き出るまでは穴を掘り、水脈に到達するまであきらめない精神を指し、事業や商品を徹底的に深掘りするという「掘り抜き井戸」や、掘り抜いた実績を財産として、それを新たな商品に波及させ、新たな飛躍や成長につなげていく「強み伝い」です。こうした姿勢が、パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業のモノづくりのなかに浸透しています。
―― パナソニックでは、、2027年度に、日本におけるパームインシェーバーの販売金額を50%にまで高める計画を打ち出しました。目標達成のポイントはなにになりますか。
南波:50%のお客様に買っていただくには、50%のお客様のニーズに応えなくてはなりません。パームインシェーバーは、当初、5枚刃で発売し、その後、エントリーモデルとして3枚刃を投入したことで、新たなユーザー層を獲得しています。これまで5枚刃や6枚刃を購入していた人は、パームインシェーバーでも5枚刃を選択します。しかし、中学生や高校生のように、初めてシェーバーを購入する人たちは、いきなり5枚刃はハードルが高いですから、3枚刃を購入するといった動きがでています。今後も、様々なお客様に、「買いたいな」とか、「欲しいなぁ」と思っていただけるラインアップを作っていくことが、構成比50%の達成につながると思っています。
また、パームインシェーバーの認知度をさらに高めていく必要があります。パームインシェーバーが、常に話題を作り続けることができるかどうかといったことが、今後も重要な要素であり、とくに新たな商品を投入した際に、注目される商品を投入しつづけていく必要があります。
常に話題性があるモノづくりを継続してきた事例では、ナノケアドライヤーがあります。新商品を投入するたびに話題を集め、それによって、さらに認知度を高めることができました。最初は、「こんな高いドライヤーは誰が買うんだ」と言われ(笑)、一部のユーザーだけが購入していたのですが、新商品を投入するたびに話題が集まり、価値が認められ、いまでは髪をケアするツールとして当たり前の存在になってきました。
―― パームインシェーバーを実際に使ってみると、これまでのシェーバーの「柄の部分はなぜ必要なのか」とか、「なんでこんなに重たいシェーバーを使っていたのか」という気持ちになりますね(笑)
南波:私は、パームインシェーバーによって、シェーバーそのものの概念を変えていきたいと思っているんですよ。究極的にはすべてのシェーバーを、パームインに置き換えることができるのではないかとさえ思っています。それだけの強い手応えを感じています。いま、子供たちに洗濯機の絵を描いてもらうと、ドラム式洗濯乾燥機の絵を描く子供たちが増えてきました。これから10年後に、子供がシェーバーの絵を描いたときに、既存のシェーバーの形ではなく、パームインシェーバーを描くという状況を当たり前にしたいと思っているんです。若い人たちにパームインシェーバーを利用してもらい、パームインシェーバーしか使ったことがない世代が育っていくことで、このデザインが当たり前という時代が早く訪れることになります。
―― パームインシェーバーは、いまのサイズが前提となりますか。
南波:そんなことはありません。もっと手に馴染むシェーバーのデザインはなにか、使いやすい形状はなにかといったことを、常に追求していきますし、将来的には、さらに小さくてもいいのではないのかとも思っています。逆に、いま以上にサイズを大きくするということはあまり考えていないですね(笑)
―― パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業全体でみると、2024年度後半からの売上成長に若干の遅れが見られます。この理由はなんでしょうか。
南波:振り返ると、パナソニックのビューティ・パーソナルケア事業は、2023年度から2024年度前半までは絶好調でした。ビューティ事業では、ナノケアドライヤーが大ヒットし、パーソナルケアでは、パームインシェーバーという新たな商材が加わりました。ヘルスケアのコリコランワイドもヒットとなり、好調な商材が出揃ったといえます。しかし、2024年度下期からは、私たちの成功を追うように、高機能ドライヤー市場に他社が参入しはじめたこと、シェーバーに関しては、リコール問題が発生したこともあり、宣伝広告を停止したことなどが影響しています。シェアは維持していても、需要創造につながる活動が制限されていた部分があります。高周波治療器のコリコランについても、継続的にヒットを維持するという部分での仕掛けが十分ではなく、それがビューティ・パーソナルケア事業全体に影響したといえます。
ビューティ・パーソナルケア事業の商品群は、生活必需品ではなく、「必欲品」といえるものばかりです。「必欲品」とは、持っていなくても生活はできるが、所有すると生活の質が向上できたり、所有欲を満たしたりできる商品を指します。ひとことでいえば、「あったらいいな」という価値を持つ商品のことです。つまり、「必欲品」は、価値を感じてもらえる商品を出し続けなければ、購入していただけませんし、事業も安定しません。複数のカテゴリーの商品の連打を組み合わせることが、安定的な成長には重要です。2025年度下期からは、パームインシェーバーの広告も再開していますし、ナノケアドライヤーおよびコリコランでは、新たな商品を発売しました。2025年度上期までは絶好調といえる状況ではありませんでしたが、2025年度下期からは再成長を果たし、2026年度からスタートするパナソックグループ全体の新たな組織体制に、弾みをつける役割を担いたいと思っています。
―― パナソニックグループ全体の成長に、どんな貢献ができますか。
南波:ビューティ・パーソナルケア事業には、2つのミッションがあると思っています。ひとつめは、パナソニックブランドを元気にするために、需要創造型のビジネスによって成長を続けることです。「必欲品」は、お客様が欲しいと思える商品を作らなくては売れません。自ら需要を創造していく役割を果たさなくてはなりません。もうひとつは、お客様との接点において、若年層を獲得できるポジションにあるという点です。若年層が初めて購入するパナソニックブランドの商品が、ドライヤーやシェーバーといったビューティ・パーソナルケアの商品であるというケースは、かなり多いといえます。そこで、「パナソニックを買って良かった」と思ってもらえれば、長年に渡り、パナソニックのファンになってもらえます。若年層を開拓するという役割は、いままで以上に重要になります。
ビューティ・パーソナルケア事業では、ドライヤーとシェーバーという大きな柱を強化する一方、事業全体で連打を続けるには、3本目、4本目、5本目となる新たな柱を作ることが大切です。ヘルスケアやオーラルケアのカテゴリーでも、しっかりと商品を連打できる体制を作り、太い柱に育てていきたいと思っています。
―― 海外事業についても、積極化していますね。
南波:海外向けの商品企画や開発の考え方も変えていこうと考えています。いままでは、日本で企画し、日本で開発し、日本での成功をもとに、海外市場に展開するというのが基本でした。しかし、これからは、グローバルにおいて、地域ごとに生活者研究を実施し、異なるニーズの変化を、発見し、先取りすることを目指します。シェーバーを例にすると、髭の特徴や髭の質、髭に対する文化や習慣の違いなどがあり、地域ごとに、シェービングに対するニーズが異なります。それらを捉えて、開発で重視するポイントを変えていく必要があります。現在、欧米を中心にした世界各地域で、約100人を対象に、試作品で髭を剃ってもらい、日本と欧米で異なる髭の特性を知り、生活者のインサイトを追求するグローバル生活者研究を行っています。
いまは、国や地域といった区分けでビジネスを進めていますが、グローバル生活者研究をもっと進化させることができれば、国ごとにわけるというのではなく、髭の質や習慣別に商品をわけた提案が可能になります。国境ごとのモノづくりとは異なる新たな視点も取り入れたいと思っています。これは、今後2~3年で実現していかなくてはならないですし、海外を起点にしたモノづくりを、当たり前にしたいと思っています。
こうした取り組みを通じて、2030年度までに、海外事業の販売金額を、いまの2倍に高める計画です。
―― ビューティ・パーソナルケア事業では、2030年度の売上目標として、3000億円を掲げています。2024年度実績が1686億円ですから、ここでも2倍近い成長となります。海外事業を2倍にするだけでなく、国内でも2倍近い成長が必要になりますね。
南波:2倍ぐらいの目標を掲げないと、挑戦にはなりませんし、事業も変化しません。仮に、2030年度までに10%の成長を遂げればいいという目標であれば、いまの柱となる事業を維持する「守り」のやり方に終始することになります。しかし、2倍を目指すということになれば、ビューティ・パーソナルケア事業のなかに、新たな柱を作らなければなりませんから、自ずと事業のやり方が変わり、私たちの新たな挑戦にもつながるわけです。ビューティ・パーソナルケア事業は、需要創造型のビジネスが成長に直結します。そこに向かっていくには高い事業目標が前提となります。
パナソニックは、家電メーカーではありますが、お客様が欲しいものであれば、電気を使っていない商品を出してもいいと思っていますし、社員に対しては、そうした方向に向けても、感覚を研ぎ澄ましてほしいといっています。ヘアケアといったときに、どうしても電気を使って、髪をケアするという発想になってしまうのですが、パナソニックをヘアケアメーカーだと捉えた場合、必要だと思えば、ブラシを商品化してもいいわけです。その際にはパートナーと連携して、新たな商品を企画したり、調達したりといったこともできます。ライフサイクル全体を見て、パナソニックはどんなお役立ちができるのかといった視点で考えていく必要があります。
―― そのときには、パナソニックを家電メーカーと呼びにくくなりますね(笑)。どう呼ぶことになりますか。
南波:美容業や健康業といったカテゴリーの企業になりますね(笑)。ただ、だからといって、パナソニックが、単にブラシを作ればいいとは思っていません。パナソニックならではの新たな提案や価値を届けることができなくてなりません。たとえば、パナソニックのナノケアドライヤーと一緒に活用したときに、大きなメリットを生むことができるブラシというのはひとつの手かもしれません。自ら枠を決めて、範囲を狭めるのではなく、発想力を柔軟に持って、取り組んでいきたいと思っています。
2025年6月に、体調ナビゲーションサービス「RizMo(リズモ)」を開始しました。これも、従来にはない発想からの取り組みです。これまでの柱を強くする役割でスタートしたものが、新たな柱を生むことにつながるかもしれません。
2030年度までに、ビューティ・パーソナルケア事業の売上高を2倍にするという目標を達成するには、これまで以上に挑戦していかなくてはなりません。2026年も、挑戦する姿勢は変えません。
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好調な売れ行きを見せているパームインシェーバーでは、2025年6月に、パナソニックのシェーバー事業70周年を記念した特別モデル「ラムダッシュ パームイン 70th ANNIVERSARY EDITION ES-PV70」を発売した。自然由来の素材「NAGORI」を採用した石目調デザインを採用。「70th ANNIVERSARY EDITION」を刻印がある特別な限定パッケージを採用した商品だ。70周年記念モデルは、発売以来、大きな話題を集め、プレゼント用としても重宝されているようで、標準モデルに比べて、インバウンド需要の占める割合が約3割に達するという動きも見せている。同モデルを写真で見てみよう。






















