パナソニック ホールディングス技術部門は、2040年の未来において、同社がありたい姿とその実現に向けた研究開発の方向性を示す「技術未来ビジョン」を策定した。「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」に向けて、それを実現する「3要素」と、「めぐる」姿を定めたのが特徴だ。また、これらを実現するための事業開発機能を強化し、共創パートナーとともに、積極的に事業開発を進める考えも示した。
パナソニック ホールディングス 執行役員 グループCTO の小川立夫氏は、「パナソニックグループが目指しているのは、グリーンな資源や、生きがいおよび思いやりが、あまねく循環する『共助の水道』の実現である。21世紀の新たな水道哲学に挑戦する」と、「技術未来ビジョン」の基本姿勢を定義した。
水道哲学は、創業者の松下幸之助氏が、1932年に打ち出したもので、「必要なものを、ただに等しい水道の水のように、あまねく届けることができれば、貧困を克服できる」との考え方に基づいており、同時に「無尽蔵に物質ができても、その使い方を知らないといけない」と、誰でも利用できる水道の水だからといっても、それを流しっぱなしにしては意味がないことも示している。
技術未来ビジョンにあわせた組織再編も計画
今回の技術未来ビジョンでは、エネルギーや生きがい、思いやりを届け、これを無駄なく循環させるという姿勢をベースにしたものだと位置づける。
小川グループCTOは、「パナソニックグループでは、エネルギーやサーキュラエコノミーなどへの取り組みを進めてきたが、今回のビジョンでは、これらを紐づける形で、活動を加速していく」と述べ、「2040年に向けて、パナソニック ホールディングスの技術部門が、どういう山に登ればいいのかを示すものになる。パナソニックグループの使命である『物と心が共に豊かな理想の社会』の実現に向けて、技術部門、デザイン部門、ブランド部門が一緒になったパナソニックホールディングス版のデザイン経営の実践プロジェクトになる」と述べた。
今後は、パナソニック ホールディングス技術部門を、技術未来ビジョンで打つ出す「3要素」にあわせた形に組織を再編する計画も明らかにした。
パナソニックグループでは、約10年前に、パナソニック、パナソニック電工、三洋電機の3社統合にあわせて、技術に関する長期ビジョンを策定した経緯がある。「今回も会社の形が大きく変わるタイミングであり、同時に社会の大きな変革を捉えたものになる」とした上で、「10年前は、破壊的な変化を起こす事業と、事業チャンスの交点にどんな技術が必要になるかという観点から、AI、ロボティクス、IoTを中心に掲げ、技術ドリブンでまとめた内容だった。だが、今回は2040年からのバックキャストで描いた点が大きく異なる。また、事業環境でのCO2排出削減貢献量が評価される時代となり、コロナ禍を経て、人が生きていくためには何が必要なのかを見つめなおす機会を経験したという社会環境の変化が異なる」とした。
今回のビジョン策定では、これまでの技術起点のアプローチを見直し、パナソニックグループ独自のデザイン経営メソッド「未来構想プログラム」を用いた新しいフレームワークを活用。多角的な視点を取り入れるため、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブといった専門性を持つ人材で策定チームを構成し、社会変化の兆しをリストアップした「未来の兆しカード」や、社会や暮らしに大きなインパクトをもたらす技術変化を整理した「技術変化ドライバー」を共有して分析。「人間中心・未来起点」の観点で2040年の未来にありたい姿を議論し、策定したという。
着目した社会変革と技術進化として、人生100年時代の到来、孤独の社会課題化、AIによる労働生産性向上、DX市場の拡大、再エネ利用の一般化、地球の沸騰などをあげ、「これまではモノづくりのメーカーとして物質的な豊かさにこだわった仕事をしてきた。だが、これからは当たり前だと思っていたことが変わり、自然との関わり方が劇的に変化していくことが想定される」とし、「ともに助け合うことが自己犠牲を前提としたものではなく、限られた資源を無駄なく生かし、それを自分だけでなく、他者にもメリットを提供できるような選択肢を用意し、分散型の仕組みのなかで構築していくことになる」と語った。
技術未来ビジョンの3つの要素、資源・時間・人
技術未来ビジョンは、3つの「要素」と、それによって実現する3つの「めぐる」にまとめている。
ひとつめの「資源価値最大化(エネルギー・モノ・食)」では、「日々の生活の中にグリーンで安心安価なエネルギー・資源が“めぐる”」を実現するという。
エネルギーを街中どこでも作れること、使いたいときに使いたい分だけ使えること、融通し合ってロスなく使えることを目指す。パナソニックグループによる具体的な技術として、蓄電システム、次世代半導体実装、エネルギーマネジメント、グリーン水素製造、燃料電池などに取り組むという。
ここでは、ペロブスカイト太陽電池について説明。1メートル×1.8メートルの実証サイズを製造可能なパイロット製造ラインを、大阪・守口に設置。2024年度中に稼働させることを発表した。同社のペロブスカイト太陽電池は、独自の材料技術とディスプレイ開発で培った製造技術を用いて、サイズやデザインの柔軟性を持ち、長期使用できる耐久性を実現している点が特徴だ。「発電するガラスを実現でき、再エネ率を40%以上に高めることに貢献できる。当初は2028年の市場投入を想定していたが、2026年にはテストの形で、建材一体型太陽電池を市場投入する」と語った。
2つめの要素である「有意義な時間創出」においては、「日々の時間の使い方の中に生きがいが“めぐる”」とした。
時間の使い方が効率化され、自分の意思で使う時間が十分にあること、やりがいがある仕事や活動など、納得のいく時間の使い方ができるようにするためにスキルマッチングや需給バランシングを実現。センシングデバイスや行動認識AI、技術学習AI、ロボティクス、協調作業、遠隔化技術を活用し、サイバーフィジカルシステム(CPS)として提供することになる。
「いまは、生活の維持に必要な『労働』の部分にリソースを取られ、仕事の意味が感じられなくても、労働集約的に職場のなかで働いているの現状である。多様な現場で効率性を高め、労働を減らして、機械に代替し、自動化することで、長く残るものを作るワーク(仕事)と、人とのつながりを生む活動を増やすことに貢献したい。これまでバナソニックグループは、家事労働からの解放を目指して家電を進化させてきたが、現場のCPS、人と暮らしのCPSにより、エッセンシャルワークをディーセントワーク化していく」と述べた。
そして、3つめに「自分らしさと人との寛容な関係性」をあげ、「心地よい心身の状態でまわりの人との関係性の中に思いやりが“めぐる”」という世界の実現を目指す。
ここでは、自分自身の状態がわかり、他者との違いに寛容な関係性の構築や、自分にあった心身の状態に回復できる社会を目指し、行動認識や感情認識、生体センシング、健康寿命延伸ソリューション、フレイル・予兆把握、細胞培養装置などの技術に挑戦するという。
細胞培養装置は、テーラーメイドによる個別化医療の一般化に貢献する技術であり、地域ごとに一人ひとりに最適な医療を提供することを支援する。「経済原理性を追求すると、万人に効く薬の開発や、万人に効く治療法を目指すことになりがちだ。一人ひとりに最適な個別化医療は、研究が進んでいるものの、大幅な低コスト化や省力化が必要である。パナソニックグループでは、IPS細胞を使って、個別のがん治療に用いるT細胞の自動製造を実現する閉鎖系細胞培養装置を開発しており、熟練者がいなくても、高品質な細胞を、安定生産でき、街のクリニックでも使ってもらえるような再生医療社会の創出に貢献していきたい」と語った。
3つの「要素」と「めぐる」を実現する共通技術基盤として、「AI×CPS」をあげる。
環境や空間、人の行動や状態のデータ分析に基づく、サービスやソリューションにより、暮らしに多様な選択肢を提供できるもので、パナソニックグループが家電やデバイス、住宅などで培ってきた多様な顧客接点を活用し、家や街、コミュニティにおける人や人同士の関係性をセンシングしてデータ化。マルチレイヤーでモデル化することで、人や場を理解し、多様な選択肢を提供することになるという。ここでは、パナソニックグループとカリフォルニア大学バークレー校と共同開発したHIPIE(ヒピエ=Hierarchical Open-vocabulary Universal Image Segmentation)を活用。言語や画像など、様々なデータを学習し、迅速に、安全に、AIを展開できるという。
「まずは人に注目し、人の特性や関係性、場の理解を行い、それをサイバーの世界で処理し、アクチュエーションし、フィジカル空間に返していく『人・暮らしモデリング×AI』が肝になる。HIPIEを進化させつつ、良質な教師データを組み合わせることで、価値を最大化していく」などと述べた。
事業開発へ、ビジョンをビジネスへ落とし込む
一方、事業開発に取り組むについても説明した。
小川グループCTOは、「サステナビリティ関連の取り組みや、人同士のつながりの実現などでは、1社では完結しないことが多い。事業会社からの出口を前提とせずに外に出ていくことや、協業していくことが重要になる」とし、「既存事業のHorizon1だけでなく、隣接する領域でサービスやソリューションを立ち上げるHorizon2、新たなビジネスモデルを立ち上げるHorizon3にも取り組む。1+1で2以上の成果を目指す」と述べた。
共創事業の型づくり、柔軟な外部資産の活用、知財のオープン化、新たな事業の評価指標づくりを通じて、パートナーとの共創や事業開発を推進するという。
「技術未来ビジョンは、儲かるから、これにチャレンジするということから始めたものではない。実現したい社会の姿を起点に始めたものである」としながら、「抽象度の高い内容ではあるが、ビジネスの形にするためには、どんな事業仮説があり、どんな技術がいつまでにどんな形で提供されなくてはならないのかといった技術プロジェクトへの落とし込みを行い、技術を検証し、ビジョンを実現する。目指す姿に共感してくれる人を増やしながら、ビジネスの枠組みにも挑戦していきたい」と述べた。