NTTドコモの「ahamo」が料金据え置きで通信量を10GB増やしたことを機に、中価格帯を中心に携帯電話の料金競争が激しくなってきています。一方で、携帯各社のトップからは、料金競争への懸念と、適正料金でサービスを提供することの重要性を訴える声が聞かれるようになってきました。携帯電話の料金は今後どうなっていくのでしょうか?

  • 2024年10月、NTTドコモが「ahamo」の内容を改定し、月額約3,000円の料金据え置きで通信量を20GBから30GBに増量。これが消費者だけでなく競合の携帯キャリアにとっても大きなインパクトを与え、「ahamoショック」と呼ばれることに

ahamoショックにMVNOも大きな動き

携帯電話料金の引き下げにとても熱心だった菅義偉元首相の政権下にあった2021年、政府の強いプレッシャーを受けた携帯電話会社が安価な料金プランを相次いで提供。大幅な料金引き下げが進んだことで、世界的に見ても高いといわれていた日本の携帯電話料金は、一転して先進国の中でも非常に安い水準となりました。

その携帯電話料金を巡って、再び大きな動きが起きたのが2024年10月。NTTドコモが、オンライン専用プラン「ahamo」のサービスを改定、料金据え置きのままデータ通信量を10GB増量したことが携帯電話業界に大きな衝撃を呼び、競合のKDDIやソフトバンクは急遽その対抗策を打つ必要に迫られることとなりました。

その影響は現在も収まっていないようで、2025年2月に入ると大手MVNOが相次いで料金プランの改定を打ち出しています。実際、2025年2月3日にはオプテージの「mineo」が、月額2,948円で50GBのデータ通信を利用できる「マイピタ」の50GBコースを追加すると発表。加えて、低速ながらデータ通信が使い放題になる料金プランの1つ「マイそくプレミアム」も、通信速度を最大3Mbpsから5Mbpsにアップする改定を実施するとしています。

  • オプテージの「mineo」は2025年2月3日に新料金プランを発表。「ahamo」に近い水準の月額2,948円で50GBのデータ通信が利用可能な「マイピタ」の50GBコースを提供するとしている

さらに、その翌日となる2月4日には、インターネットイニシアティブ(IIJ)が提供する「IIJmio」が、主力の料金プラン「ギガプラン」を大幅に改定。20GB以上の料金プランの通信量を、料金据え置きで5GBずつ増量するとしたほか、5GB、10GB、そして改定後の35GBプランは料金自体の値下げも実施するとしています。

  • IIJの「IIJmio」は主力の「ギガプラン」の料金を改定。20GB以上のプランは通信量を5GB増量し、3つのプランは料金引き下げも実施している

これら一連の動きによって、従来20GBが基準となっていた中容量帯の料金プランの通信量は、30GB以上へと大幅に増量された一方で、料金はahamoに合わせてか、おおむね3,000円前後で据え置かれたことからお得感が非常に高まっています。携帯各社やMVNOの競争によって実質的な値下げが進んでいることは理解できるでしょう。

インフレでも適正投資ができる料金水準が必要

料金競争で通信料が引き下がることは消費者にとってメリットとなりますが、携帯電話会社からすると収入が減るのでデメリットとなります。その影響は、携帯電話会社のコスト削減、より具体的にいえばインフラの整備にかける投資を減らすことにもつながり、新技術の導入が進まず品質が低下するなどのデメリットをも生み出しかねません。

2023年に起きたNTTドコモの著しい通信品質低下がその最たる例といえますが、より深刻なのが、5Gのネットワークにかける投資意欲の減衰です。現在主流の通信規格である5Gは、2020年のサービス開始当初に菅元首相の料金引き下げ要請が直撃。その結果、携帯各社は以前の世代となる「3G」「4G」の時と比べ、インフラ整備にかける投資を大幅に減らしたのです。

  • 2023年に総務省が実施した「競争ルールの検証に関するWG」第50回会合の情報通信ネットワーク産業協会提出資料より。5Gの基地局整備に向けた投資は3GやLTE(4G)を下回る水準になっているという

それゆえ、一時は海外と比べて5Gの普及遅れが指摘される事態となりましたし、中国やインドなどでは積極的に進められている、5Gの性能をフルに発揮できる「スタンドアローン」運用への移行がほとんど進んでいない状況にあります。料金引き下げが国際競争での出遅れにつながっているわけです。

それだけに、最近では携帯電話会社の側からも、過度な料金競争の加速による影響を懸念する声が聞こえてくるようになりました。実際、ソフトバンク 代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏は2025年2月10日の決算説明会で、インフレで従業員の給料や取引先への適切な対価を支払うためには「常に値下げ一辺倒の議論だけでは(業界を)支える構造にならない」と話し、物価上昇に合わせた料金値上げがどこかのタイミングで必要、との認識を示しました。

2025年2月5日に実施されたKDDIの決算会見でも、代表取締役社長CEOの高橋誠氏が、AIなど新技術の活用が進み、トラフィックが一層増えることが予想されるなかにあって、パートナー企業に適切な対価を支払い付加価値のあるサービスを提供していくには、「価値に伴う対価をいただいて経済を好循環させることが非常に重要」と訴えています。

  • KDDIが2025年2月5日に実施した決算説明会の資料より。高付加価値のサービスを提供しパートナー企業と適切な取引をするためには、顧客から適切な対価を得て好循環を作ることが重要と訴えている

高橋氏は、政府の通信料金引き下げ政策によって、通信料が今や米国の半分以下の水準にまで低下している状況においても、携帯各社が切磋琢磨し効率を上げて5Gの整備を進めてきたと話しました。ですが、企業努力にも限界があり、これ以上料金競争が進めば日本のモバイル通信インフラに大きな影響が生じかねない、という警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。

では、ahamoの実質値下げでここ最近の料金競争を仕掛けたNTTドコモ、ひいてはNTTグループは、今後の料金のあり方についてどう考えているのでしょうか。NTTドコモの親会社、日本電信電話(NTT)の代表取締役社長である島田明氏は、2025年2月7日に実施した決算会見でこの点に言及。物価高の中にあっても「モバイルのところはいま競争が激しく、単純な値上げは難しいと思う」と答えています。

そのうえで島田氏は、「顧客のニーズを踏まえて新しいプランを作り出すかでもって、顧客の価値が上がりコストをカバーできる形を事業者として考えていかなければならない」と説明。政府だけでなく、消費者も料金に厳しい目を向ける現状では、料金を上げるにしても何らかの工夫が必要という認識のようです。

  • 2025年2月7日の決算説明会に登壇するNTTの島田氏は、競争激化している現状ではインフレに合わせて料金を上げるにしても、顧客に価値を提供する何らかの工夫が必要との認識を示している

日本政府、ひいては総務省は、9割超を占める大手3社のシェアを何としてでも引き下げるためにも、業界に料金引き下げ競争の継続を求めているようです。2024年末の電気通信事業法ガイドライン改正で、1社が1人に対し1回だけ、6カ月間で最大22,000円の割引ができる「お試し割」を解禁したことが、さらなる料金競争の加速を求めていることを示しているでしょう。

ですが、価格競争が続けばインフラ投資の減少、ひいては日本のモバイル通信産業の衰退へとつながる可能性も出てきており、それは将来的な国民の損失にもつながりかねないと筆者は危惧しています。諸外国ではインフレの進行で携帯電話料金が上がっているだけに、料金引き下げ一辺倒だった日本政府にも、インフレが進む現状に合わせた料金政策の方針転換が求められます。