楽天モバイルは2024年6月27日、プラチナバンドの700MHz帯によるサービスの提供を開始したことを発表しました。ですが、同社の説明と、楽天モバイルに割り当てられた700MHz帯の特性を考慮すると、プラチナバンドで楽天モバイルのエリアが大幅に広がるわけではないようで、過度な期待は禁物だと感じました。

  • 楽天モバイルは「プラチナバンド」の700MHz帯によるサービス提供を2024年6月27日に開始したことを発表。当日は三木谷氏が登壇し、派手な演出などでプラチナバンドを積極的にアピールした

サービス開始に合わせてプラチナバンドを積極アピール

障害物に強く、少ない基地局で広範囲をカバーできることから携帯電話会社にとって最も重要とされる、1GHz以下のいわゆる「プラチナバンド」。そのプラチナバンドを唯一持っていなかった楽天モバイルも、2023年に新たな700MHz帯の免許が割り当てられたことで、プラチナバンドを扱えるようになりました。

総務省に提出した開設計画では、その700MHz帯によるサービスを2026年3月に開始するとしていた楽天モバイル。ですが、同社は2024年6月27日に記者発表会を実施し、同日から700MHz帯によるサービスの提供を開始したことを明らかにしています。

楽天モバイルにとっては念願のプラチナバンドということもあって、会場には楽天モバイル代表取締役会長の三木谷浩史氏が登壇。派手な演出とともにサービス開始を祝うなど、プラチナバンドによるサービスを開始したことを積極的にアピールしていました。

もちろん、携帯電話会社にとってプラチナバンドは非常に重要な帯域であり、かつてプラチナバンドを持っていなかったソフトバンク(当時はソフトバンクモバイル)も、その免許割り当てや活用に際しては大規模なアピールを実施していました。そうしたことを考えれば、プラチナバンドの活用を前倒しで始めた楽天モバイルが、サービス開始を積極的にアピールしたいことはよく理解できます。

ですが、発表会における三木谷氏をはじめとした楽天モバイル側の説明、そして今回割り当てられた700MHz帯の特性を考えると、同社のプラチナバンド活用は他社とは違い、かなり限定的なものになる可能性が高いのでは?という印象を受けます。消費者から見ると、楽天モバイルがプラチナバンドを使い始めたことでエリアが大幅に広がることが期待されますが、過度な期待は禁物だと筆者は考えます。

楽天モバイルの700MHz帯は癖が非常に強い

その最大の理由は、楽天モバイルに割り当てられた700MHz帯がかなり癖のある帯域だということ。なぜならこの帯域は、もともと他の3社に割り当てられた700MHz帯と、使用する周波数が隣接する地上テレビ放送や特定ラジオマイクなどとの干渉を避けるために空けていたもの。さまざまな調整の末、携帯電話向けとして使えるようにはなりましたが、帯域幅が3MHzと非常に狭いのです。

  • 総務省「700MHz帯における移動通信システムの普及のための特定基地局の開設計画の認定」申請及び審査の概要より。楽天モバイルに割り当てられた700MHz帯は3MHz幅と、競合に割り当てられている700MHz帯の3分の1以下の帯域幅である

その広さは、他社に割り当てられている700MHz(10MHz幅)の3分の1以下で、現状の仕組みでは他の周波数帯と束ねる「キャリアアグリゲーション」という技術も使えず、高速大容量通信には適していません。ですが、楽天モバイルが提供しているのは現状、データ通信が使い放題の「Rakuten最強プラン」のみなので、700MHz帯に多くの人が接続して大量のデータ通信をしてしまうと、たちまち混雑してしまう可能性が高いのです。

それに加えて700MHz帯は、もともとテレビ放送の地上波に使われていた帯域の一部で、デジタル放送への移行によって空きが出た帯域でもあります。そうしたことから、携帯電話会社が700MHz帯を使うことでテレビの映りに影響が出る場合があり、700MHz帯を割り当てられた携帯各社は一般社団法人の「700MHz利用推進協会」を設立し、影響の出た家のテレビに無料で対策を施しています。裏を返せば、そうした対策をしていかなければ、楽天モバイルも700MHz帯によるエリアを広げることは難しいのです。

そこで楽天モバイルは、他社のように700MHz帯を広域のカバーに用いるのではなく、あくまで都市部を主体とした限定的な活用にとどめる方針のようです。同社のプレスリリースを確認すると「残されたカバレッジホールを優先して自社基地局によるプラチナバンドの展開を順次拡大していく予定です」と記載していますし、三木谷氏が発表会で「人口密集地や建物が密集しているところ、地下などで隅の隅まで(電波が)届くようになる」と話していることからも、700MHz帯の活用を都市部に限定している様子がうかがえます。

  • 楽天モバイルは、東京23区におけるプラチナバンド活用による通信品質改善のシミュレーション結果を披露していたが、全国のエリア拡大に向けた施策などは披露していない

また、同社が整備を進める700MHz帯の基地局に関しても、1.7GHz帯と700MHz帯の両方に対応したアンテナを用い、双方の周波数帯の無線機を併設するなど、あくまで1.7GHz帯と一体で展開していく方針のようです。楽天モバイル側はその理由について、整備にかかる時間やコストを大幅に削減して効率よく整備を進めるためとしていますが、700MHz帯単独での基地局整備を進める計画がないことからは、やはり広域のエリアカバーに700MHz帯を用いることに消極的な印象を受けてしまいます。

  • 楽天モバイルは整備にかける時間とコストを効率化するため、700MHz帯と1.7GHz帯の無線機やアンテナを一体で整備していくことをアピールしていたが、この構成は通信容量が必要な都市部に向けたもの、と見ることもできる

とはいえ、楽天モバイルは既に人口カバー率98%を達成したことを打ち出している一方、99.9%以上の整備が進んでいる競合他社と比べればエリアカバーの面で現在も不利な状況にあります。では楽天モバイルは今後、地方を主体とした未整備のエリアをどうやってカバーしようとしているのでしょうか?

その1つは衛星通信の活用です。楽天モバイルは米AST SpaceMobileの低軌道衛星とスマートフォンを直接通信できるようにするサービスを2026年内に提供することを目指しており、人口やトラフィックが少ないエリアは基地局整備にコストがかからない衛星通信で賄おうとしている様子がうかがえます。

  • 楽天モバイルは、米AST SpaceMobileの衛星とスマートフォンを直接通信するサービスを、2026年内に提供することを目指すとしており、未整備のエリアは衛星で賄う可能性が考えられる

そしてもう1つはKDDIとのローミングです。楽天モバイルはKDDIとのローミング契約を2026年3月まで延長することで、競合とそん色のないエリアカバーを実現していますが、契約が終了すれば再び自社ですべてのエリアを賄う必要に迫られます。

それまでに都市部のエリアの隙間を700MHz帯で埋め、なおかつ衛星通信の実用化を進めて地方のエリアカバーに目途を付ける、というのが楽天モバイルの狙いなのでしょうが、とりわけ衛星通信に関しては実現に向け不確定要素が多く、2026年内にサービス提供を実現できる保証はありません。プラチナバンドを地方に活用しないのであれば、衛星通信の実現まで再びKDDIとのローミング契約を延長することも十分考えられるのではないでしょうか。

そもそも、楽天モバイルは今なお赤字で経営が非常に苦しい状況にあり、仮に700MHz帯の帯域幅が広く、使い勝手のよい帯域だったとしても、積極的にインフラ投資ができる状況にない、というのが正直なところでしょう。現在はKDDIとのローミングがあることから、競合とそん色のないエリア展開ができていますが、ローミング契約終了後のことを考えるとプラチナバンドがあってもなお、楽天モバイルは綱渡りの状況が続くのではないかと筆者は予測します。