やはり炎上というのは「関係ない奴」が参戦してきてからが本番である。

いくらきのこのたけのこの戦争が苛烈といっても、きのこたけのこ陣営だけが戦っている内はただの戦争である。

そこに糸鋸とかが乱入し両者を切り刻みだしてからはじめて「火の手があがった」と言えるのだ。

元の議論に「なんでお前が口を出すんだ」という怒号が重なることにより「これは戦争じゃない無差別虐殺だ」という空気になってくる。

自分が無関係な争いに口を出す奴などリアルではそういないし、関係ない話にまで腹が立つ、というのは確実に疲れすぎか精神状態が良くないので、今すぐ寝るかブドウ糖を打った方が良い。

「って、なんで俺くんが!?」、SNSでだけ頻発する乱入行為

しかし、SNS上では「サイゼがない県民の分際でサイゼ初デート論争に意見を述べる」などの乱入行為が日常茶飯事なのである。

最近、私の記憶に新しい「って、なんで俺くんが!?」案件と言えば、パンストの破れやすさからの、パンストの必要性を問う議論に、パンストを履いたことがなく、これからも履かないであろう男までもが参戦していたことだ。

もはや笑い話だが、結局あの件は誹謗中傷からの殺害予告まで発展し、国家権力出動にまで発展していたような気がする。

どういう属性の人がサツのお世話になったかは不明だが、関係ない争いに自分の社会的生命を捧げられる自己犠牲精神があるなら、人の命ぐらい2、3個救えたような気がする、その崇高なる精神がパンストに向かったことが残念でならない。

関係ないことに首を突っ込むなんて愚かだと思う反面、チンポジ論争に「真ん中じゃダメなんですか?」とノーポジの女が切り込んでくるような果敢さには憧れるが、まずこの時点で異性の悩みに関する解像度が低すぎて恥ずかしくなってしまう。

ならば、男が女特有の事象に口を出すのと同じぐらいギルティとされる「子育て家庭の話題に子なしが口を出す」に挑戦してみよう。

下火気味の「ラン活」を無関係者が斬る

  • ラン活、それは子どもが欲しくて買うわけではないのに値段は高い、やっかいな買い物……

    ラン活、それは子どもが欲しくて買うわけではないのに値段は高い、やっかいな買い物……

「ラン活業界」がついに下火になりつつあるそうだ。

まず「ラン」とは「ランドセル」のことである。

一応自分にランドセルが関係ある可能性を考えてみたが、本当に1ミリも関係ないので、安心して口を出すことができる。

もちろん「俺が背負う」という意志さえ固めれば、今この瞬間から関係者になれるのだが、ビジュアル的に警察関係者が黙ってなさそうなので、近隣の治安のために控える。

一応、姪や甥はいるが、全員中学生なので、ランドセルはもう不要だ。

「甥姪が全員中学生以上」というのも強烈な話だが、逆に甥姪の子供にランドセルが必要になってくるかもしれない。

しかしX上で「義母がプレゼントと称し自分が選んだランドセルを孫に送ってきてマジで不快」という嫁の愚痴を見たのは一度や二度ではない。

他人ほど遠い親戚がランドセル購入に関わってくるなどもはや不快を越えて恐怖でしかないと思うので、やはり私とランドセルは今後も無縁である。

「ラン活」とは、ランドセルを選んで購入する作業なのだが、女子は赤、男子は黒と決められていた時代は終わり、色や形も多種多様であり、子どもが少ない分、高級志向なランドセルも増えたそうだ。

よって今ではランドセルの選定作業は「活動」と称されるほどのイベントとなり、意中のランドセルをゲットするためには、早くからの活動も必要だったそうだ。

赤黒二択世代の子なしから見ると「ラン活」という言葉自体がしゃらくさく、子どもの道具で親が見栄を張り合う、愚かな業界である、と早速いらん口を挟みたくなるが、現場の子育て家庭から見ると、ラン活が下火以前にそこまで強火になっていたイメージもないという。

調べるのは価格帯や背負いやすさぐらいで、あとは売り場に子どもを放牧し、選んできたものを買うぐらいで、子どもが背負っているランドセルで所属できるママ友グループが決まる、ということもないらしい。

もちろんそういう世界観もあるかもしれないが、全てがそうではないそうだ。

よってランドセル業界が縮小傾向なのは、親がランドセルでマウントを取り飽きたからではなく、ブランド力を高めるぐらいでは追いつかないほど少子化が進んでいるせいだという見方が強い。

また、そもそもランドセルじゃなくても良くないかという風潮も強くなり、リュックタイプのランリュックの使用も増えてきているらしい。

大人の事情ではなく、子どもが使いたいものを使うのが一番、と子なしは聞かれてもいないもっともらしいことを言いたくなるが、安いものではないので、親的にも「結婚式用かというぐらい物が入らないランドセル」や「2年の1学期で完全破壊されそうなもの」を選ばれるのは困るなど、活動が慎重になる理由はあるのだろう。

ちなみに、子どもに選ばせるにしても、親が見ている前で選ばせるのと、店員に任せて親がドトールに行っている間に選ぶのでは、選択が変わってくるらしい。

子供がオシャレな色を選んできたとしても、それは親への忖度かもしれない。たとえウンコ色を選んできたとしても、真に子供が欲しいランドセルを使わせたいなら、親は席をはずして見守った方がよい。