タイガー魔法瓶から10月20日に発売された「魔法のかまどごはん」。2023年に創立100周年を迎えた記念モデルとしてオンライン限定で販売されている。新聞紙を燃料に炊飯ができる調理器具で、災害発生時などで電気やガスが使えない時にもご飯を炊くことができる。

  • タイガー魔法瓶の「魔法のかまどごはん」。創立100周年を記念して発売された、新聞紙でご飯が炊ける調理器具だ

    タイガー魔法瓶の「魔法のかまどごはん」。創立100周年を記念して発売された、新聞紙でご飯が炊ける調理器具だ

本製品の企画立案を行ったのは、プロジェクトリーダーも務める、同社の村田勝則氏だ。もとは社内のプロジェクトが発端となり、創立100周年記念モデルとして一般発売につながった。2017年に開始された社内公募制度『シャイニング』に村田氏が応募し続け、2021年に3度目の挑戦で事業化されたとのこと。

「私自身が2020年4月に品質管理部門からカスタマーサービスグループに異動したのですが、保修用部品として保管されている炊飯器の内なべが、10年という保管期間を過ぎた後は廃棄されているという実態がありました。それをなんとか利用できないだろうかと考えたアイディアがプロジェクトにつながりました」

はじまりは、廃棄されていた内なべ

30年以上前に青少年野外活動施設でアルバイトをしていたという村田氏。その際に飯ごう炊飯などの指導を行っていた経験もあり、この「内なべでご飯を炊けるようにできないだろうか」というアイディアを閃いたそうだ。

その名が示すとおり、本製品は卓上サイズの陶器製のかまどに内なべをセットして、下から新聞紙をくべることでご飯を炊く仕組み。“かまど”の形状や素材の着想は、自社の電気炊飯器を参考にしている。

「私どものフラッグシップの電気炊飯器は土鍋を採用しているのが特徴です。一般的にも土鍋で炊いたご飯がおいしいと言われていますが、金属に比べて熱伝導性が低く、蓄熱性が高いというのが土鍋の特性です。少量のお湯を沸かしていても上部の温度はすぐに上昇しないため、上下の温度差が生まれやすいのです。かまどに用いられる羽釜でも、上部は放熱し、下部は高温を維持するという上下の温度差によっても対流が起きやすく、ご飯のおいしさにつながっているというのが私の見解です。土鍋と羽釜では姿、素材は違いますが、上下の温度差が共通する、おいしいごはんを炊くポイントです」

村田氏によると、実際に内なべを金属の筒で覆うと、効率よくお湯が沸くという。「上部の熱を閉じ込めると早くお湯を沸かすことはできます。でも、ごはんのおいしさにはつながりません。上部の空間温度が先に上がると米と水が入っている下部の部分の温度が次第に追いついてくるので、水の対流が生まれません。このことからも、やはり炊飯では上下の温度差が重要で、次の試作機では上部を放熱するようなかまど構造を採用しました」

  • 「魔法のかまどごはん」とかまどの仕組みの比較。かまどによる炊飯の原理を電気炊飯器用の内なべを活用しながら卓上サイズのかまどで再現した

一方、電気炊飯器とは違い、本製品は直火炊きとなる。電気炊飯器用の内なべを直火で使用するというのは安全面や耐久面で御法度ではないのだろうか。

「炊飯器の内なべを直火にかけてよいのかとよく驚かれるのですが、素材的には十分直炊きに耐えられるという技術的なエビデンスは既に持っておりました。個人的にキャンプやバーベキューを気軽に楽しむ時に、鉄のコンロではなく、珪藻土の七輪を使っているのですが、金属よりも蓄熱性が高く、遠赤効果が得られるので少量の炭で調理ができます。なので、今回のかまどに採用したセラミックのような素材が適しているだろうと考えました」

燃料が「新聞紙」となったワケ

本製品のもう1つの独自の特徴は、燃料に新聞紙を用いる点だ。かまどの穴に棒状にした新聞紙を投入して着火した後、定期的に補充を行いながら火加減を調整していく。燃料に新聞紙を採用した理由を次のように説明する。

「キャンプで薪を買う際も一束500~800円ほどで高価です。使い切ろうと思ってもなかなか難しいですし、残ったものを保管しておくにも場所を取ってしまいます。そこで薪の代わりに燃料となる、安価かつ少ない火力でも有効活用できるものとして新聞紙を思いつきました。一般的には新聞紙は薪の着火用に使用することが多いのですが、火がつきやすい特性がある反面、長時間燃やし続けることには適していません。新聞紙は灰がたくさん出ますので、バーベキューなど調理にも向いていません。そこで、熱をかまど内部に閉じ込めて、火力を出しながらも灰ができるだけ飛び散らないように構造を工夫しました」

電気もガスも用いずに新聞紙だけでいかに失敗なくご飯が炊けるか、火加減を定量化することも力を注いだポイントだ。「青少年向けのイベントで使う時に、やり方を決めてしまわないと説明ができない」というのが理由だ。「どのような方法にすれば単純に説明できるようになるだろうかと、新聞紙による火加減の検証を行い、定量化に挑戦しました」と村田氏。

結果、たどり着いたのは、1~5合までの分量なら、最初の9分までは同じやり方という方法だ。具体的には、新聞紙をかまどに投入して着火し、以降1分30秒ごとに新聞紙を補充していく。そして9分経過後は、1分ごとに新聞の投入・着火を繰り返して火力を上げていき、以降、炊飯容量に応じて新聞紙の個数を調整。蒸らしの行程用に最後に新聞を1枚投入することで、余分な水分を飛ばして仕上げる。

  • 棒状にした新聞紙をかまどの穴に投入して着火。その後は、炊飯容量に応じて新聞紙の数を定期的に補充しながら火加減を調整していく

「この方法により、1合なら28分、5合なら40分で炊飯できます。もちろんもっと違う提案はできるのですが、そうすると説明がしにくくなってしまうので、シンプルなこの方法を採用しました」

保管期限を過ぎて廃棄されてしまう予定の、電気炊飯器の保修用の内なべを再利用しようとして生まれた本製品。まだまだ興味は尽きないということで、次回後編では、誰もが簡単に使えることを目指して繰り返し行われた実験と検証過程など、村田氏の飽くなき挑戦と、デザインや使い勝手に込めた思いなどを語ってもらう。

(後編に続く)

  • 「魔法のかまどごはん」の発案者でプロジェクトリーダーを務める、村田勝則氏