2020年4月に発売された愛知ドビーの「バーミキュラ フライパン」。料理愛好家から絶大な支持を得ている鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」シリーズから新たに誕生したラインナップで、予約開始から3週間で予約台数が1万5,000台を突破するなど、フライパンとしては異例の大ヒットとなった。

「2020年度グッドデザイン賞」をはじめ、「JIDAデザインミュージアムセレクションVol.22」にも選出されるなど、高く評価された製品デザインを担当した愛知ドビー クリエイティブ統括本部 デザイングループの松本和也氏に、知られざるこだわりと、その実現に至るまでの秘話を語ってもらった。

天然木の歪みを回避する、職人技の解決策

  • 2020年4月の発売以降、8カ月で12万台を受注した「バーミキュラ フライパン」。オーブンポットやライスポットなど、鋳物ホーロー鍋をヒットさせてきた愛知ドビーが、新たなカテゴリーを切り開く調理器具として挑んだラインナップだ

    2020年4月の発売以降、8カ月で12万台を受注した「バーミキュラ フライパン」。オーブンポットやライスポットなど、鋳物ホーロー鍋をヒットさせてきた愛知ドビーが、新たなカテゴリーを切り開く調理器具として挑んだラインナップだ

前編で、「大きさ、傾き、素材、ハンドル……そのどれひとつをとっても、お客様の目線で使いやすさをどこまで追求できるか」、「イノベーションを起こすぐらいの意気込みで開発に取り組んだ」と松本氏が明かした、バーミキュラのフライパン。

ハンドル部分の素材は、天然木でオークとウォールナットの2種類が用意されている。実用性と機能性、デザイン性を成立させる上で特に苦労したのは、そのハンドルと付け根の部分だった。

「天然木を使用しているため、熱に強くはありません。懸念していたとおり、プロトタイプができた段階では、やはり加熱後にぐらつくことがありました。意匠面に手を入れることなく、構造で解決するにはどうしたらいいか?と考えました」と松本氏。

  • 天然木を用いたハンドル部分。一見何の変哲もないように見えるが、中には工夫が詰まっている

    天然木を用いたハンドル部分。一見何の変哲もないように見えるが、中には工夫が詰まっている

その結果、採用されたのが独自開発の「十字型締結構造」だ。接合部分が複雑な十字型になった独特の形状で、「生産性を落とさずに耐久性を持たせるという視点で検証を繰り返した結果、この形状にたどり着きました。1本ずつ職人が削り出しているウッドハンドルだからこその選択肢でした」と語る。

  • ハンドル連結部分の「十字型締結構造」。接合部分が十字状になった構造で、耐久性と生産性を両立するために考え出された。外側をおおう木材は、職人が手作業で1つひとつ削り出している

    ハンドル連結部分の「十字型締結構造」。接合部分が十字状になった構造で、耐久性と生産性を両立するために考え出された。外側をおおう木材は、職人が手作業で1つひとつ削り出している

バーミキュラ フライパンの要の技術といえる「エナメルサーモテクノロジー」も、もちろん一筋縄ではいかなかった。

「バーミキュラのホーローに、水になじみやすい特性があるのは元々わかっていました。既存製品のオーブンポットやライスポットは急冷・急加熱は厳禁ですが、フライパンは急冷・急加熱がマストなので、クリアすべき必須の条件に『耐久性』が加わりました。コスト面でも、数百円のフライパンでは絶対に不可能な、真似のできない価値が詰まっていると思っています」と胸を張る。

「バーミキュラのフライパン」をつくるため、譲れなかった「薄さ」

バーミキュラのフライパンは、最薄部で1.5ミリという薄さが特徴。片手で持てる重量を実現するために挑んだ、限界の厚みだそうだ。

しかし、「薄い鋳物フライパンは工程の最後に削ることが多い中、バーミキュラのフライパンは、鋳物を作った時点で厚さが1.5ミリ。削ると、800℃で焼いてホーローコーティングするとき、応力が働いてグニャグニャに歪んでしまうんです」と松本氏。

  • フライパンである以上、1.5ミリの薄さは譲れない要素。鋳造後に薄く削り出すのではなく、最初からこの厚み。800℃でホーローコーティングを行うため、歪みを防ぐために不可欠なのだそう

    フライパンである以上、1.5ミリの薄さは譲れない要素。鋳造後に薄く削り出すのではなく、最初からこの厚み。800℃でホーローコーティングを行うため、歪みを防ぐために不可欠なのだそう

そこで、バーミキュラのフライパンでは、断面を多くのセクションに分け、板厚を0.1ミリ単位でコントロールして検証しているとのこと。さらに、「歪みを出さないために、裏面にリブを施して強度を上げました。リブは機能性の1つであると同時に、1つの意匠になるようにもデザインしました」と、機能美への思いを明かした。

  • バーミキュラのフライパンの「瞬間蒸発」を実現しているのが、「エナメルサーモテクノロジー」と呼ばれるコーティング技術。蓄熱性が非常に高い鋳鉄に、水がなじむ特殊な性質を持つホーローがコーティングされている

    バーミキュラのフライパンの「瞬間蒸発」を実現しているのが、「エナメルサーモテクノロジー」と呼ばれるコーティング技術。蓄熱性が非常に高い鋳鉄に、水がなじむ特殊な性質を持つホーローがコーティングされている

また、密かなポイントとして松本氏が明かしてくれたのが、裏面に記されたバーミキュラのロゴだ。

「デザイン性を考えた時、(使用中に)見えるところにはロゴを入れたくありませんでした。そこで、フライパンの裏面にデザインしました。フライパンをフックに掛けるとき『表側』になるからです。ただ、鋳物で小さいロゴを作ろうとすると、鋳造した時点で文字が埋まってしまい、キレイなロゴを作るためだけに何回も金型を作り直しました。産業機器を扱っているような一般的な鋳物屋さんでは決してできない技術だと思っています」と自信を見せる。

  • 裏面に入ったバーミキュラのロゴ。このロゴのためだけに金型が何度も作り直された。裏面のリブは、歪みの防止と強度を上げると同時に、機能美を表す意匠でもある

    裏面に入ったバーミキュラのロゴ。このロゴのためだけに金型が何度も作り直された。裏面のリブは、歪みの防止と強度を上げると同時に、機能美を表す意匠でもある

別売のフタのボルトまで金型を起こした徹底ぶり

バーミキュラのフライパンは、別売で専用のフタも用意している。ガラス製で、持ち手の部分には本体と同じ鋳物ホーローを採用しており、その部分がフタのスタンドも兼ねるというユニークな構造。もちろん、フタに対する思いも半端なものではない。

  • 専用のフタのハンドルは、フライパンと同じ鋳物ホーロー。持ち手であるとともに自立させるスタンドの役割も持つ。中央が開いているのでフックにも掛けられるようになっている

    専用のフタのハンドルは、フライパンと同じ鋳物ホーロー。持ち手であるとともに自立させるスタンドの役割も持つ。中央が開いているのでフックにも掛けられるようになっている

「フライパンとフタがミスマッチであることに、小さなストレスを感じている人は少なくないと思います。バーミキュラ フライパンのビジョンとして『人の生活に潤いを与える』というものがありますので、そういう小さなストレスもなくすために専用のフタを用意しました。フタにも意匠としてまとまりがあることが大事なので、ハンドル部分も鋳物ホーローで作っています」

ハンドルが鋳物でできていると、調理中に熱を帯びて持てなくなりそうなものだが、そこにも工夫がこらされている。

「もちろん、加熱中にハンドルまで熱くなってしまう可能性もありましたが、蓄熱と放熱のバランスを構造でコントロールして解消しました。ガラス部分には強化ガラスを採用しており、製造上で全数ヒートショック試験をして熱割れも防いでいます。汚れがたまりやすい内側のステンレス部分にはシリコンのシーリングを入れて、汚れにくく洗いやすくしているんです。ハンドルを留める部分も専用のパッキンと専用のボルトを、個別に金型を作って作成しているんですよ。あとは、フライパンとフタ、それぞれのハンドルの造形が同じであることも密かなこだわりですね」

  • ハンドルの留め具は、金型で専用のボルトを作成した。外周のステンレス部分の内側はシリコンのシーリングを施し、汚れが入り込むのを防いでいる

    ハンドルの留め具は、金型で専用のボルトを作成した。外周のステンレス部分の内側はシリコンのシーリングを施し、汚れが入り込むのを防いでいる

  • 専用のフタをセットした際に、ハンドル部分の造形がフライパンと同じになるのもデザイン上の工夫

    専用のフタをセットした際に、ハンドル部分の造形がフライパンと同じになるのもデザイン上の工夫

聞けば聞くほどに次々と掘り出されていった、バーミキュラ フライパンの徹底した機能美。フライパンとしては高価だが、これだけのこだわりが詰まった長く愛用できる道具であることを思うと、むしろその価値は「お値段以上」とも感じる。

発売以降、しばらく納品待ちが続く人気の理由にも、改めて納得できたインタビューとなった。

  • 愛知ドビー クリエイティブ統括本部 デザイングループの松本和也氏。料理好きで、以前からバーミキュラの調理器具の愛用者だったことから、レーシングカーデザイナーから転身したという異色の経歴も明かしてくれた

    愛知ドビー クリエイティブ統括本部 デザイングループの松本和也氏。料理好きで、以前からバーミキュラの調理器具の愛用者だったことから、レーシングカーデザイナーから転身したという異色の経歴も明かしてくれた