7月24日に、アナログ停波という、テレビ放送史上、やったことがない大作戦のゴールがやってくる。このアナログ停波には、以前から批判が多く、「うまくいかない」と断じた専門家も多かった。「2011年7月のアナログ停波は無理。停波時期を引き伸ばすことになる」「強行すれば、膨大な数の地デジ難民が生まれる」というのが主な意見だった。しかし、残念ながら、停波は先送りされないし、地デジ難民も生まれない。といっても、そういう専門家の意見を「はずれた、はずれた」と揶揄しようというのではない。常識的に考えれば「先延ばし必至」「地デジ難民大量発生」は当然のことで、見方としては間違っていないのだ。ではなぜ、「先送りなし」「地デジ難民ゼロ」となるのか。それは地デジ対策が、非常識とも言える方策をとったからだ。「ここまでやるのか」ということなのだ。
地デジ難民とは、アナログ停波を迎える時期になっても、なんらかの理由で地デジ対策がとれない人たちのことをいう。その理由とは主に次の5つに分類できるだろう。
- テレビに興味がなく、アナログ停波を知らない、あるいは知っていても対策をとらない人(待ちデジ)
- 経済的余裕がなく、対策費の捻出が難しい人(低所得世帯)
- 地デジに切り替わったら、運悪く難視聴地域になってしまった人(新たな難視聴)
- 辺地などで共同受信をしていたため、改修に莫大な費用がかかってしまう人(辺地共聴)
- 受信障害があるが、費用負担者の特定に時間がかかる、施設改修に莫大な費用がかかってしまう人(受信障害対策共聴)
このうちの(1)は、地デジ難民とは言わないだろう。テレビといっても、数あるメディアのうちのひとつにすぎない。ラジオは特にいらない、インターネットは特にいらないという人がいるのと同じように、テレビはいらないという人がいてもおかしくない。見る、見ないはあくまでも個人の自由だ。
しかし、(2)から(5)までは、テレビは見たいのに見られないという人たちで、この人たちが「地デジ難民」ということになる。原因は、基本的には「お金」。共聴施設の改修には、数百万円の費用がかかることもあり、負担できないということもあるだろうし、負担はできなくないが、なぜテレビ局の都合で莫大な負担を強いられるのかと納得がいかないという人もいるだろう。さらに、(3)と(5)の受信障害に関しては、費用の問題もあるが、受信障害の原因になっている建築物の持ち主が費用を負担をするのが筋であり、その特定や交渉に長い時間がかかる。法律的な問題、時間の問題もある。
地デジ対策では、このような人たちに対して、さまざまな方策がとられている。待ちデジの人ができるだけ少なくなるように、前回紹介したように、過剰ともいえる広報作戦がとられている。
低所得世帯に対しては、NHK受信料全額免除世帯(公的扶助受給世帯など)に、簡易チューナーの無料支給、訪問設置、必要な場合はアンテナ改修が行われる。この対象は最大140万世帯と見積もられ、現在すでに103万件の申し込みがあった。この施策には、337.5億円(22年度)、44億円(23年度)の事業費が必要だが、まあ、この施策に反対をする人はそうは多くないだろう。
しかし、いつの間にか、この対象が拡大されていることをご存知だろうか。拡大対象は「市町村民税非課税世帯のうち地デジ未対応の世帯」で、最大156万世帯と推計され、22年度の補正予算で39億円、23年度予算で62億円、合計101億円の事業費が計上されている。しかし、市町村民税非課税世帯というのは要は住民税が免除されているということで、自治体が条例で定めた所得以下で、経済的に多少の困難がある世帯なので、これも反対するようなことではないかもしれない。
しかし、「…世帯のうち、地デジ未対応の世帯」が対象になっていることが問題だ。つまり、低所得世帯のうち、なんとか自力で地デジ対応をしてしまった人ではなく、なにもせずにただ待っていた世帯が得をすることになる。
(3)(4)(5)については、難視聴が原因だ。つまり、地デジの電波が届かない、届きづらいという地域だ。ここに対しては、中継局の設置や共聴施設の新設、ケーブルテレビによる再送信などの対策がとられているが、どれも難しい場合は衛星セーフティネット対策がとられている。これはBSデジタル放送17チャンネルを使って、NHK、地域民放、東京の放送を衛星放送で流そうというものだ。BS放送を見ることができない世帯には、「BSチューナーの配布」「衛星放送アンテナの取付工事」が無償で提供され、放送も無料で視聴することができる。ただし、このセーフティネットは、最長5年間(平成27年3月まで)の暫定対策で、その5年間の間に、地デジを受信できるように中継局や共聴施設を整備することになっている。
この衛星対策は、どのくらいの世帯に適用されるのだろうか。総務省が発表している適用世帯リスト(ホワイトリスト第5版)では14万8763世帯と発表されている。これだけの世帯が、アナログ停波には間に合わず、衛星で地デジ放送を見ることになる。結局、この衛星対策をとる世帯というのは、地デジ化対策が間に合わなかった層で、いわゆる地デジ難民なのだが、衛星放送を利用することで、地デジ難民をゼロにしてしまおうというわけだ。
衛星放送で、地デジを流すのであれば、最初から全世帯に衛星で配信すればよかったじゃないかという批判をする人は多い。私も、衛星とインターネット配信を活用して、アナログ波を停波してしまえばいちばん簡単じゃないかと思うが、日本国ではテレビはユニバーサルサービス(全世帯で見ることができる)と位置づけられているので、故障や衛星数などで見られなくなることもありえる衛星放送ではまずいのだ(なぜユニバーサルサービスでなくてはいけないかといえば、それはNHKが受信料を徴収する根拠になっているからだ。いずれこの問題もとりあげてみたい)。
ところが、この衛星対策を予定通りの5年で終了できるかどうかは極めて不透明だ。なぜなら、衛星経由で地デジを見れば、東京と同じ、NHK+民放の7チャンネル+地元民放1チャンネルが見ることができ、さらにBSデジタル放送なども見ることができる(ただし、地元局にネットされていないキー局のチャンネルは見られない)。ところが、地デジ対策を整えて、直接受信に切り替えたら、ほとんどの地域で見られる番組数が減ってしまう。多くの地方局では、キー局からの番組と独自制作の番組を合せて編成をするので、キー局のすべての番組を見ることができるわけではないからだ。
この衛星対策を利用する人の立場に立っていただきたい。衛星対策で民放6局が見られるようになる。しかも、チューナー、アンテナ工事は無償で行ってくれる。その状態で、見られる番組が少なくなることがわかっていて、共聴施設の代金を負担したり、受信障害元との果てしない交渉をしようと思うだろうか。「今、見ることができているのだから、このままでいいじゃないか」と思うのが普通だろう。5年後に、衛星対策を延長してほしいと思うのは自明だろう。
アナログ停波は、2011年7月に行われ、「地デジ化大成功!」と宣伝されることになるだろう。しかし、ほんとうの地デジ化が完了するのは、5年後の平成27年3月で、そこでほんとうに完了できるかどうかは極めて怪しい。
さらに、低所得世帯のところでも触れたが、こちらの難視聴地域でも、積極的に動いて、経済的負担をしたり、障害元との交渉をして、自力で共聴施設などを改修した人たちもたくさんいる。この衛星対策が始まったのは、昨年の3月だが、昨年9月末の時点で、(3)(4)(5)の人のうち、対応済みになっているのは約580万世帯もある。昨年8月10日に公表された衛星対策のホワイトリストには4万1000世帯しか記載されていなかったから、576万世帯が補助金などを活用して、衛星対策以外の方法で、地デジ対策をしたことになる。この人たちからすれば、「なんだよ。待っていた方が得だったじゃないか」ということになるだろう。なにしろ、衛星対策はチューナーとアンテナが無償提供なのだ。
確かに、地デジ対策は、ほぼ成功裏に大作戦のゴールを迎えようとしている。対策に関わった方々はご苦労も多かっただろうし、立派な仕事をされたと思う。しかし、その裏では、莫大な予算を投入し、なおかつ「待てば待つほど得をする」という悪い教訓を残してしまった。この教訓は、すでに市民の間に染み込んでいて、数年前地デジ化が遅々として進まなかったのは、「待った方が得だから、焦って対策することはない」という意識があったからだ。実際、昨年まで対策を遅らせていた人は、エコポイントという大きな得をすることになった。
さて、地デジ化作戦は、「地デジ難民ゼロ!」で大団円を迎えそうだ。しかし、成功だったのだろうか、失敗だったのだろうか。ほんとうの地デジ化は、平成27年3月まで終わらない。
このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。