テレビのデジタル化のメリットのひとつが多チャンネル化だ。わが家の場合(東京)、アナログ時代は地上アナログ波7チャンネル、BS放送2チャンネルだったものが、デジタルテレビに買い替えたときに地上デジタル10チャンネル、BS放送10チャンネル、CS放送1チャンネルと、9チャンネルから21チャンネルと倍増した。といっても、BSデジタル放送はショッピング番組ばかりで、増えてもあまりありがた味はないが。

ところで、BSデジタル放送、CS放送が増えたのは、以前使っていたアナログテレビにはチューナーが内蔵されていなかったせいで、地デジの効果というわけではない。さらに、地デジが7チャンネルから9チャンネルに増えたのは、地方局であり、以前はUHF放送であり、わが家はUHFアンテナを立てていなかったので見れなかっただけ。つまり、ほんとうに地デジで効果で増えたチャンネルはひとつもないのだ。それどころか、地域によっては、地デジ化することで、見られるチャンネル数が減ってしまうという地域がある。そういえば、10年以上前、テレビをデジタル化することのメリットとして「多チャンネル化」「双方向」「高画質化」「データ放送」などがあげられていたが、いつの間にか「多チャンネル化」は外されている。

地デジ化して、チャンネル数がどのくらい減るのかを一覧表にしてみた。○はそのままデジタル化される局、×はもともと放送が行われていなかった局。そして、△は問題で、アナログ時代には見られていたのに、デジタル化すると見られなくなってしまう局だ。特に悲惨なのは、徳島県と佐賀県で、NHKの他は民放が1チャンネルしか見られなくなってしまう。山梨県も、民放が2局になってしまう。

ただし、アナログ時代に県内全域で見られていたというわけではない。域外受信が行われていたのだ。たとえば、県境に近く、地理的な理由で、県域放送よりも、隣の県の放送の方が受信感度がいいという場所の場合、ほとんどの人が映りのいい隣の県の放送局のテレビ塔にアンテナを向ける。あるいは映りはどっちもどっちだが、隣の県の放送の方がチャンネル数が多いというような場合も、隣の県の放送を受信するだろう。さらには、どうしても見たいテレビ番組があるという人の場合、高感度アンテナを立てて、隣県のテレビ放送を受信するという強者もいる。いわゆる県外に漏れでている電波=スピルオーバーを拾って、テレビを楽しんでいたのだ。このスピルオーバー受信は、違法行為ではまったくないものの、テレビ放送の建前上は「その県で放送されている番組を受信する」ということになっていて、地デジ化にあたって、この建前が厳密に適用されたというわけだ。つまり、わかりやすくいえば「アナログ時代に、漏れ電波でテレビを見ていたような人のことは知らん」ということなのだ。

テレビ放送というのは、NHKが全国放送をしているほかは、在京民放キー局5社が基本だ。各道府県には、地元のローカルテレビ局が存在しているが、地元局は在京キー局のいずれかと系列契約を結び、キー局の番組と独自制作の番組を混ぜて編成し、放送するという形になっている(この他に、系列化されていない独立系のテレビ局も、各都道府県に1つ程度ある)。

つまり、地元に系列テレビ局が存在しない場合は、そのキー局の番組は見られないということになる(一部地域には、クロスネット局と呼ばれる複数のキー局と系列契約を結んでいるテレビ局がある場合もある)。地元に系列テレビ局がない場合は、隣県の系列テレビ局の電波を受信して、今まではテレビを楽しんでいたが、それが地デジ化によってできなくなるというわけだ。厳密に建前を適用するのはわからないでもないが、徳島県や佐賀県のように、NHKの他は民放1局というのもずいぶんとひどい話だと思う。表を見ていただければわかるが、アナログ時代は、系列化が進んでいないテレビ東京系列をのぞいた在京4キー局の番組は、全国でなんとか見ることができていた。それが地デジ化によって、チャンネル数が減ってしまう地域がかなり出てくるのだ。

もちろん、解決策はあって、ケーブルテレビに加入してしまうという方法がある。ケーブルテレビに加入すれば、在京キー局の番組は、地元系列局経由でほとんど再送信されているからだ。しかし、それにもいろいろと問題がある。ひとつは、地上波番組は、アンテナとテレビを自前で設置さえするだけで楽しめる無料放送が基本だ。それが有料であるケーブルテレビに加入しなければならないというのは筋が通らない。地デジ化でアンテナ受信をあきらめて、ケーブルテレビに加入した人は、せめてアンテナ設置代金ぐらい補助してほしいと思うだろう。さらに、ケーブルテレビでの再送信も、県域放送の建前を厳格化しようとする動きがある。ケーブルテレビでも、県外には再送信しないようにしようという流れがある。これも厳格化されると、結局、見られるチャンネル数は減ってしまう。

なぜ、このような地方の人が困るようなことになっているのか、理由は定かではないが、よくいわれるのは「利権」の問題だ。一般的な地方テレビ局は、数億円の黒字であるところが多いが、実はキー局からの放送料が10億円程度もあるといわれている。キー局の番組とCMを放送することで、キー局から放送料をもらえるのだ。つまり、すべて独自番組にしてしまった場合は赤字になってしまう。中には「キー局が作った番組とCMを右から左へ流すだけで、利益をあげている」と批判する人もいる。

この批判がどの程度確かなのか、私にはわからないが、理屈をいえば、系列地方テレビ局をすべて廃止して、キー局が直接IP放送をしてしまえば、視聴者にとってはいちばんありがたいことだろう。もちろん、放送と通信は法律が異なるとか、地方テレビ局の人が仕事を失ってしまうとか、いろいろ問題はあるかもしれないが、視聴者にとっては、キー局の番組と、独立地元局の番組が見られればなんの問題もない。

あるいは電波でもケーブルでも、県域放送という「規制」を取っ払ってしまえば、各地方局が視聴者獲得のために、熾烈なサービス合戦を始めるかもしれない。テレビ局の収入の源泉は視聴率と視聴者数であり、そうであるべきなのだ。今の県域放送は、テレビ局同士が競争をしなくてもすむための「ショバ割り」にしか、私には思えない。

放送法の第1条には、「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする」と謳われており、第1条第1項には「放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること」と書かれている。最大限に普及されない仕組みを維持しようとするのは、放送法違反にならないのだろうか。

たぶん、彼らの理屈は「ユニバーサルサービス論」だろう。「テレビ局が競争しだしたらたいへんなことになります。コストの見合わない地域には、だれも放送しなくなりますよ。だから、各県に系列テレビ局が必要なんです」。そうだろうか。キー局がIP放送を始めれば、よほどの山の中でもない限り、みんな喜ぶのではないだろうか。オンデマンド放送にでもしてくれたら(こちらの方がコストがかからない)、レコーダーも買わなくていいので大喜びだ。

いずれにせよ、地デジ化でチャンネル数が少なくなってしまうのでは、「テレビの進化」ではなく「テレビの退化」でしかない。

このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。

ウィッキペディアなどの情報を元に、アナログ放送と地デジ放送で、見られるチャンネルを比較してみた。○は問題なくデジタル化されるチャンネル。△はアナログでは見られたのに、地デジでは見られなくなるチャンネル。×は元々アナログ時代から見られていなかったチャンネル。徳島県と佐賀県は民放が1局になってしまう。なお、アナログ時代に「見られている」は、県域全体ではなく、一部地域で見られているという意味