「売ることに決めたのに、なかなか進まないんです」
相続不動産について相談を受ける中で、よく聞く言葉です。保有か売却か、あるいは活用か。方向性は決まったはずなのに、そこから先に進めない。あるいは、進めたものの思うような結果にならない。
相続不動産においては、“判断”よりも“実行”の方が難しいと言っても過言ではありません。
なぜ実行フェーズで失敗が起きるのか
判断が正しくても、実行を誤れば結果は大きく変わります。実務でよく見られる失敗は、次のようなものです。
- 相場を十分に把握しないまま売却に出す
- 特定の業者に任せきりにする
- 活用計画を「絵に描いた餅」で終わらせる
- スケジュールと資金計画を詰めていない
いずれも共通しているのは、「全体像を設計しないまま部分的に動いてしまう」ことです。
たとえば、「早く売りたい」という焦りから、最初に訪れた1社の提案をそのまま受け入れてしまい、相場より数百万円も低い価格で売却してしまうケースは珍しくありません。また、収支シミュレーションを鵜呑みにして賃貸活用を始めたものの、想定していた入居率に届かず、ローン返済に苦しむこともあります。
売却を進める際のポイント
売却を選択した場合、最も重要なのは「戦略設計」です。
まず必要なのは、価格の考え方を整理することです。
- 希望価格
- 市場で売れる価格
- 早期売却価格
これらは一致しません。どの価格帯を狙うのかによって、販売戦略は大きく変わります。
たとえば、市場相場が5,000万円の物件であっても、3か月以内に確実に売却したいのであれば4,500万円程度の早期売却価格を設定する必要があります。一方、時間的余裕があり、高値で売りたいのであれば、5,500万円からスタートして様子を見るという戦略もあります。重要なのは、自分の状況と目的に応じた価格戦略を持つことです。
また、売却方法も重要です。
- 一般的な仲介による売却
- 入札方式
- 買取(スピード重視)
物件の特性や市場環境によって、最適な方法は異なります。
重要なのは、「いくらで売るか」ではなく、「どう売るか」を設計することです。
活用を進める際のポイント
活用を選択する場合は、さらに慎重な検討が必要です。
活用には投資が伴い、将来の収益を前提とした判断になります。そのため、以下の視点が欠かせません。
- 需要はあるか(立地・市場)
- 収益計画は現実的か
- 投資回収の見通しは立っているか
- 金融機関の評価はどうか
「有効活用」という言葉は魅力的ですが、実務では“活用しない方が良い不動産”も存在することを忘れてはいけません。
たとえば、駅から徒歩20分の立地で周辺に新築物件が増えている地域であれば、新たにアパートを建てても競争力を保つのは困難です。建築会社の収支シミュレーションは満室前提で計算されていても、実際には空室率30%という現実に直面することもあります。
専門家の使い方で結果は変わる
相続不動産の実行フェーズでは、複数の専門家が関与します。
- 不動産会社
- 税理士
- 弁護士
- 建築会社
- 金融機関
ここで重要なのは、専門家に任せることと、任せきりにすることは違うという点です。
それぞれの専門家は、自分の専門領域に最適化した提案を行います。しかし、全体最適を考える立場は、必ずしも存在しません。
そのため、全体を俯瞰して意思決定を行う視点が不可欠になります。
スケジュールと資金計画を軽視しない
実行フェーズで見落とされがちなのが、時間と資金の問題です。
- 売却にはどれくらい時間がかかるのか
- 活用する場合、投資資金はどのように調達するのか
- 空室期間や無収入期間をどう乗り切るのか
これらを事前に整理しておかないと、途中で計画が頓挫するリスクがあります。
たとえば、建替え計画では、解体から建築完成まで通常1年以上かかります。その間の固定資産税や借入金利などのキャッシュアウトが続きます。こうした資金をどう確保するのか、綿密な計画が必要です。
実行フェーズで最も重要なこと
ここまで見てきた通り、相続不動産の実行フェーズは、単なる手続きではありません。
それは、資産をどう活かすかという経営判断を、現実の行動に落とし込むプロセスです。
重要なのは、
- 情報を集めること
- 比較すること
- 全体像を設計すること
そして何より、意思決定の軸をぶらさないことです。
判断だけでは資産は動かない
相続不動産において、判断することは重要です。しかし、それだけでは資産は動きません。
売却するにしても、活用するにしても、適切なプロセスを踏まなければ、期待した結果は得られません。
相続不動産は、「どう判断するか」だけでなく、「どう実行するか」で価値が決まる資産です。
ここまでの連載でお伝えしてきた通り、相続不動産は
- 事前の準備
- 分割協議
- 見極め
- 判断
- 実行
という一連のプロセスで成り立っています。
その最後の一歩をどう踏み出すかが、結果を大きく左右するのです。


