アップルの空間コンピュータ「Apple Vision Pro」が日本で発売された6月28日から、3D空間キャンバスの中でゴルフのスイング練習ができるvisionOS専用アプリ「Golfboy Vision」がApp Storeで公開されました。
Golfboy Visionを開発した日本のスポーツテック系スタートアップ、Qoncept(コンセプト)の代表取締役社長兼CTOの林建一氏に、Apple Vision Proの可能性やアプリ開発の展望をインタビューしました。
プロゴルファーのスイングフォームが体得できる
Golfboy Visionは、コンセプトが今年の3月に「世界初のApple Vision Pro向けゴルフトレーニングアプリ」として発表したvisionOS専用アプリです。Apple Vision ProからApp Storeにアクセスすると無料でダウンロードできます。
プロゴルファーの石川遼選手と田中剛コーチの全面協力を得たコンセプトの開発チームは、石川プロのスイングフォームを高精細な3Dモデル化してアプリに再現。Apple Vision Proを装着したユーザーは、空間キャンバスに浮かぶ石川プロの身体に入り込みながらプロのスイングフォームを「体得」できます。
筆者も、Apple Vision Proを装着してアプリを試しました。3Dモデルに入り込んで、1人称視点から石川プロのスイングを超至近距離で見られる体験はとても斬新です。スイングの基本となるアドレス/トップ/インパクト/フィニッシュのポジションが「こうあれば理想的」であることも直感的に分かります。筆者はあまりゴルフをやらないので、今度はゴルフを趣味にしている友人に体験してもらおうと思います。
Apple Vision Proは、デバイスを装着するユーザーが起立した状態の背丈を、内蔵するセンサーで正確に計測。石川プロの身長と同じ3Dモデルを表示する「実寸モード」と、ユーザーの身長に合わせた3Dモデルを計測して表示する「自分サイズモード」が用意されています。自分サイズモードを選ぶと、ユーザーの背丈に合った石川プロの3Dモデルに入り込めるので、男女を問わずさまざまな体格のゴルファーがこのアプリを使えます。
石川遼プロは「Golfboy」アプリのユーザー
石川プロとのコラボレーションは、当初コンセプトがiPad/iPhone向けに提供する「Golfboy」というゴルフのスイングやパターストロークの解析、弾道計測などができるアプリを、石川プロと田中コーチが活用していたことから始まったそうです。
「石川遼選手をはじめ、プロゴルファーやコーチの方々にアプリを使っていただく機会が増え、Golfboyの認知が高まりました。現在はiPad/iPhoneアプリの売上げも順調に伸びています」(林氏)
「ひたむきに練習するゴルファー」のためのGolfboyアプリは、ユーザープロファイルの中核である40代から60代の男性から圧倒的な支持を集めているそうです。iPad/iPhoneのGolfboyアプリはダウンロード無料で、ショットやパターの計測、ラウンドモードによるコースのシミュレーション機能などを利用するためには有償のサブスクリプション登録が必要。各機能が無料で試せるトライアル期間もあります。
開発環境も日増しに充実している
Apple Vision Proの専用アプリである「Golfboy Vision」をリリースしたあとの反響も上々の様子。Apple Vision Proを購入した個人のユーザーを中心に利用されているようです。林氏は「今後も、ゴルフレンジやインドアのシミュレーション施設に導入していただいたり、プロゴルファーやコーチの方々のツールとしてBtoBのニーズを獲得したい」と意気込んでいます。
コンセプトではSwift、SwiftUI、Xcodeなどアップル独自のフレームワークにより、Apple Vision Pro向けのアプリを開発しています。かたや、visionOSを公式にサポートするUnityをベースに、Apple Vision Pro向けアプリをビルドしているデベロッパも少なくありません。林氏は、アップルによるネイティブの開発環境のメリットについて「iPhoneやiOS向けアプリの開発と併走しやすいこと」や「アップデート等を通じてvisionOSに新しい機能が追加されたり、何らかの改変が発生した場合にも、アップルのフレームワークを理解していればいち早く柔軟な対応が取れること」を挙げています。
3Dコンテンツをアプリに組み込むためのレンダリングエンジンであるRealityKit、手の座標やジェスチャーなどのインタラクションを実現するARKitなど、空間コンピュータ向けアプリを開発するために必要なアップルのフレームワークも充実しています。
さらに、今年のWWDC24で発表された「visionOS 2」から、「エンタープライズAPI」というvisionOS向けアプリ開発の自由度を高める新しいAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)のパッケージが追加されます。ここで注目すべきポイントは、Apple Vision Proが搭載する各種センサーへのアクセスとコントロールが拡大すること。コンセプトの林氏は、特に「メインカメラアクセス」を活用するGolfboy Visionアプリの新機能に期待を寄せています。
メインカメラアクセスの登場により、Apple Vision Proが内蔵するカメラにアプリ側からアクセスできるようになります。外部のアプリデベロッパは、デバイスのカメラを使って実世界の様子を捉えた画像データをリアルタイムに解析、AI処理を加えて独自の機能やサービスに発展させることが可能になります。
林氏はGolfboy Visionアプリに、メインカメラアクセスを活かしたパターショットの解析機能を追加したいと語ります。
「Apple Vision Proを装着したユーザーがパターを打つ瞬間、フェイスが向いている方向を瞬時に解析して、Apple Vision Pro越しに見るグリーンの上に描かれるショットの軌跡をシミュレーションする機能を検討しています。iPad/iPhone版のGolfboyアプリで同様の機能を実現していますが、現実の風景にパターの解析データを重ね合わせながら表示するApple Vision Proならではの使い方が提案できると考えています」(林氏)
デベロッパが見た「Apple Vision Proの可能性」
Apple Vision Proは販売価格が599,800円からという、アップルの中でも高価なデバイスです。デベロッパの目線からは、アップルによる空間コンピュータの将来がどのように見えているのでしょうか。
「今のApple Vision Proは、アップルが持つ最先端の技術とさまざまな可能性を詰め込んだフラグシップモデルです。将来、Apple Vision Proの廉価版も含むラインナップが出揃って、一般のコンシューマーが空間コンピュータを『1人1台』所有する未来を思い描きながら、私たちのようなデベロッパが今のうちからさまざまなことを試せるパフォーマンスを備えています」
林氏は、ユーザーがApple Vision Proのようなヘッドマウント型デバイスを装着してまで使いたくなる体験を、ビジネスにすることを早くから念頭に置いてアプリやサービスの開発に取り組んできたといいます。そのうえで、Apple Vision Proは映像を中心に高い表現力を備えるデバイスなので、例えばアニメやアイドルなどエンターテインメント系の高品位な3Dコンテンツを提供するビジネスと相性が良さそうだ、とも手応えを語っています。
コンセプトには、独自の画像処理によるリアルタイムトラッキングと三次元位置計測技術を組み合わせる「Qoncept 4D Tracker」というトラッキングソリューションがあります。特別なセンサーやハイスピード記録に対応するカメラなどの業務用機器を使わず、汎用的なカメラと専用ソフトウェアを導入したパソコンがあれば、誰でもハイレベルなトラッキングと計測ができるところにも技術の特徴があります。
同社は、ドローンを使って空撮したゴルフ場の3Dモデルのデータも、これまでに数多くストックしてきたといいます。林氏は「Apple Vision Proのユーザーが、自宅にいながらさまざまな視点から著名なプロゴルフのツアーやトーナメントを観戦できるエンターテインメント系コンテンツが作れるのではないかと考えています。ユーザーが複数カメラの視点を切り替えられたり、没入体験を高める仕掛けもこれから具体的に考えたい」と、熱く展望を語ってくれました。コンセプトのアプリがつくる斬新なスポーツ体験が、空間コンピュータの普及拡大を後押ししてほしいと思います。