2022年2月に登場したG-SHOCK「MIDNIGHT FOG」(ミッドナイトフォグ)シリーズ。メタルカバードモデルの「GM-5600」と「GM-S5600」、「GM-2100」「GM-S2100」、「GM-110」の5機種をベースに、ベゼルカバーやウレタンバンドにマットな質感を与えたプロダクツだ。
キャッチーなアクセントカラーや鏡面とヘアラインを組み合わせた研磨を多用した製品が多い中、このシリーズがいかにして生まれたのか。デザインを担当したカシオ計算機 デザイン開発統轄部 Gデザイン室 澤村世名氏にお話を伺った。
多様なニーズに応えるための「新しい選択肢」
―― このMIDNIGHT FOGシリーズは、カシオが得意とするCMF(※1)によって既存モデルの印象を大きく変えていますね。同系統のデザインでも従来のサイズとミドルサイズの両方をラインナップしたり、メタルカバードモデル(※2)でありながら、仕上げに従来の鏡面もヘアラインも使っていなかったりと、その方向性に新しさと意外性を感じます。
澤村氏:性別や年齢に関係なく身に付けられるようなモデルが欲しいと、以前から個人的に感じていました。また、現在は時代的なニーズもあるのではないかと考えて、2つのサイズをラインナップしました。もちろんペアで着けていただいてもいいのですが、小さめの時計を着けたい男性や大きめの時計を着けたい女性にも選択肢を提供したかったというのが狙いです。メーカーが男性用、女性用と規定するのではなく、お客さまに自由に選んでいただこうと。
※1:Color(色)、Material(素材)、Finish(仕上げ)を変えることで製品の表現に変化を与える開発手法。
※2:ステンレスのベゼルカバーとウレタンバンドを採用し、金属の質感と軽量な装着感を両立したモデル。
澤村氏:色使いと仕上げには強い思い入れがあります。おっしゃるように、従来のメタルカバードモデルのベゼルはギラリと輝く鏡面仕上げで、ケースカバー部分も鏡面あるいはヘアライン仕上げのものがほとんど。こうするとメタルらしさが伝わりやすく、製品価値もアピールしやすいからです。
一方、今回のMIDNIGHT FOGシリーズでは、実際の質感の好みやファッションとの相性といった製品価値を追求したいと考えました。そこで、重厚感や鈍い輝きもまたメタルの魅力と考え、マットな仕上げを採用しました。
―― 同じモデルでも、輝きの違いでここまでイメージが変わるんですね。
澤村氏:ホーニングという加工を行っています。非常に微細な粒子を表面にぶつけることで、表面を砂地にする「サンドブラスト」のような金属加工技術です。針付きのモデルには、針もホーニング加工をしています。この針はメタル製で、わずかにグレートーンに振ってダイヤルとの統一感の向上を図りました。
深夜の都会を包む霧
―― 色の話が出たところでお聞きしたいのですが、ラインナップはモノトーンっぽくイメージを統一しながらも、実は各モデル少しずつ色が違いますね。
澤村氏:はい。新開発のブラウンIPをベースにしながら彩度を少し抑えたり、グレーには赤みを足したりして、ワントーンにならないようにしました。色の明度や色相を少しずつ変えることで、ラインナップ全体の質感や奥行きを深めて、シリーズの個性としています。
この微妙な色の違いは、MIDNIGHT FOGシリーズのコンセプトでもある「深夜の都会に広がる霧」からのインスパイアです。夜霧にむせぶ街角は、街灯やネオン、車のライトなどによって、(うっすらと)さまざまな色があるというイメージですね。また、色を入れることで腕(肌)への馴染みも良くなります。これらの考え方は、ウレタンバンドについても同じです。
―― 本当だ! マットで半透明というだけでも、シックで雰囲気のいいバンドだと思っていましたが、色調をそれぞれベゼルに合わせているんですね。これはウレタンの成型色で色を出しているのですか?
澤村氏:スケルトン地のバンドにマットなクリアカラーを塗装しています。成型色で出そうとするとどうしても規定の色にならなかったり、色を合わせるのも難しかったりします。その点、塗装なら狙った色を出しやすいのです。
―― スケルトンの樹脂は顔料の粘りがないぶん、強度的に不利なイメージもありますが。
澤村氏:通常のG-SHOCKと同じ試験を行っているので、強度は問題ありません。メタルカバードのモデルは(ウレタンモデルと比べて)経年の耐久性が高いこともあり、私たちとしても長く使っていただきたいと思っています。
―― ダイヤルもすごくシャープな印象ですよね。マットなメタルになることで、(光の反射が拡散して)ベースモデルよりも造形がいっそう際立つように感じます。特に「GM-2100MF-5AJF」のダイヤルなんて、すごく映えますよね。
澤村氏:このダイヤルは蒸着で着色した上からマット塗装を吹いて、金属の淡い輝きを演出しました。色味もほんのわずかにブラウンに寄せて、ヘアラインで仕上げています。ベースのGA-2100はみなさんご存知の大ヒット作で、私の先輩がデザインしたものです。
今回、GM-2100MF-5AJFを作るにあたり、あらためて隅々までじっくり見ましたが、完成度の高さに唸(うな)らされました。要素の配置、パーツの抑揚、インデックスの折れや引き目の入れ具合……どれも完璧なんです。これをカッコ良くできなかったらどうしようと、けっこうなプレッシャーが……。なので、ご評価いただけて安堵しています(笑)。
新しさを感じさせつつ、実は非常にG-SHOCKらしい製品
―― 液晶表示部のあるモデルは、反転液晶は使用していませんね。
澤村氏:実はこの液晶もちょっと凝っていて、完全に通常液晶というわけではありません。視認性を確保したうえで、ちょっとだけコントラストを弱めています。時計全体の雰囲気に合わせて、文字の印象を柔らかくしているんです。
―― なるほど! これも霧のイメージに通じますね。細かいなぁ。
澤村氏:全体的にミステリアスな雰囲気を演出しようと思いまして……。時計は視認性が一番だとは思うのですが、G-SHOCK自体がほかの時計よりファッション要素が強いブランドなので、時計としての機能表現も細かな部分まで追求してみました。
―― MIDNIGHT FOGシリーズは、多くのG-SHOCKよりも想定されるユーザーの年齢層が幅広いと思います。その点で、我々のような年齢層高め(笑)のユーザーにもいいなと思ったのが、ベゼル上の文字の色埋めがないことです。
澤村氏:色埋めについてはデザイナーも大変迷うところで、最後まで検討する部分です。入れると主張が強すぎてしまうことも、入れないとデザインが締まらないこともありますし。
ただ、今回はメタルベゼルで、色埋めしなくても文字が引き立つというのはありました。光の反射に加えて彫刻もシャープなので、コントラストが強く出るんです。色埋めがないと、さまざまなファッションに違和感なく合わせられると思います。
―― こうして色々とお話を伺うと、MIDNIGHT FOGシリーズは、従来のG-SHOCKがフォローアップしきれなかったユーザー層にも魅力的なことがはっきりとわかります。まるで霧が晴れるように(笑)。
澤村氏:もともと、メタルカバードモデルは新しいユーザー層にアプローチする製品として位置付けています。MIDNIGHT FOGシリーズでは、そこにもう一歩踏み込んでみました。この点で、新しさを感じさせつつも、実は非常に「G-SHOCKらしい製品」になったと思っています。
G-SHOCKは壊れない強さやインパクトのあるデザインなどがアイコンになりがちです。でも、本当のG-SHOCKらしさは「常に挑戦し続ける精神」にあるからです。初代モデルの当時、誰もが不可能と思った「壊れない時計」という概念、アナログモデルのラインナップ、フルメタル化、常に新しい技術や構造、表現に挑戦して進化を続けるその精神こそがG-SHOCKのタフネスです。ユーザーの方々は、そこに共感してくださると思うんです。
澤村氏の言葉はそのまま「ホーニングによるベゼルやダイヤルの表現、ブラウンIPの開発やカラーの追求、そしてそれらが引き出したメタルカバードモデルの新しい魅力」に置き換えられるだろう。
年齢、性別、ファッション、使用シーンなど、従来のG-SHOCKの先入観からユーザーを解き放つMIDNIGHT FOGシリーズ。それは時代を捉えたコンセプトにとどまらず、マットなベゼルの重厚感と肌馴染みが良いカラー、長く着けても疲れない軽さ、(ソーラーセルのない)バッテリー駆動ならではのメタルによるダイヤル表現、求めやすい価格設定など、現実的なニーズも十分に満たしている。たとえベースモデルを持っていたとしても、欲しくなることうけあいだ。