既存フォントのバリアブルフォント化に伴う問題

源ノ角ゴシックのスタティックフォント版とバリアブルフォント版を比べると、同じウェイトなら字形はピッタリと一致する。ユーザーからすれば同じフォントなのだから一致して当然のように思えるが、それを実現するのは意外に難しい問題があったようだ。

「近年のフォント開発は、最初にマスターを作ってからウェイトのバリエーションを生成し、細部を微調整しながら仕上げていくことが多いんです。たとえばウェイトを太くするとバランスが崩れるから少し形を変えておこうという具合に。バリアブルフォントの場合は、作ってしまうと後からそういった微調整を加えることができません。源ノ角ゴシックもスタティックフォント版は文字によって大きさを変えていたりするので、その調整を事前に計算に入れた上で作る必要がありました。そこが難しかったですね」(服部氏)

  • 源ノ角ゴシックのスタティックフォント版とバリアブルフォント版を並べたところ。同じウェイトで比較すると字形がピッタリと一致している

    源ノ角ゴシックのスタティックフォント版とバリアブルフォント版を並べたところ。同じウェイトで比較すると字形がピッタリと一致している

ちなみに、ウェイトによって大きく字形が異なる場合はポイントごとにマスターを切り替えることで対応することが可能だという。たとえばBoldで字形が変わっている場合、ExtraLightとHeavyだけでなくBoldのマスターデザインも用意し、ExtraLightとBold、BoldとHeavyの中間値をそれぞれ生成するように設定できる。

「既存フォントのなかには、ウェイトごとに字形や見せ方を変えているものもありますが、そういった場合でも力技でバリアブルフォント化することは可能です。ただ、結局複数のウェイトを用意する必要があるので手間やコストがかかってしまい、あまりメリットはありませんよね。スタティックにはスタティックならではのよさがあるので、すべてをバリアブルフォント化する必要はなく、すみわけをしていけばいいのではないかと考えています」(服部氏)

  • Illustratorで源ノ角ゴシック VFをアウトライン化したところ。文字をいくつかのパーツに分けてそれぞれを変形させることで、破綻のないウェイト調整が可能になっていることがわかる。服部氏によれば「カラクリが丸見えになっているようであまり見られたくない」とのことで、改善のために社内でコミュニケーションはとっているそうだ

    Illustratorで源ノ角ゴシック VFをアウトライン化したところ。文字をいくつかのパーツに分けてそれぞれを変形させることで、破綻のないウェイト調整が可能になっていることがわかる。服部氏によれば「カラクリが丸見えになっているようであまり見られたくない」とのことで、改善のために社内でコミュニケーションはとっているそうだ

バリアブルフォントの課題と将来

現在のところ、バリアブルフォントは欧文書体が中心で、日本を含むアジア圏ではあまり浸透していない。漢字のように文字の種類が多いと作業量も増えて対応が難しいというのが一因だが、それ以外の課題もあるという。

「源ノ角ゴシック VFはウェイトという軸のみ調整できますが、欧文のバリアブルフォントの場合はそれ以外に字幅を調整できるものも多いです。日本語フォントでも同じことはできるのですが、果たして欧文書体の字幅の概念をそのまま適用していいのかという問題があります。横組みはともかく、縦組みでは字幅よりも文字の天地のサイズが変更できたほうがいいですよね。そうすると横組みにしたときは字幅が、縦組みにしたときは天地が可変するフォントを作らなければいけない。さらにアプリ側でどう対応するかも検討が必要になります。現在の組版ルールは固定字幅が前提となっていますから……。考えたり試したりすることはたくさんあるな、と感じています」(服部氏)

このようにまだまだ課題は多いバリアブルフォントだが、その可能性は非常に大きいものがある。普及すればさまざまなメリットをもたらしてくれるはずだ。

「たとえば、デバイスの画面サイズや向きに応じて文字などのコンテンツのサイズやレイアウトを最適化するレスポンシブデザインという手法がありますが、バリアブルフォントによって文字サイズだけでなくウェイトや字幅まで動的に切り替えられるようになっていくと考えられます。ユーザーが意識しないでもこれまで以上に見やすい表示が可能になるわけで、それは大きなメリットですよね」(服部氏)

なお、今回の源ノ角ゴシック VFのリリースは非常に大きな反響を呼んでおり、ユーザーからもさまざまなフィードバックがあるという。

「待ってました! という反応もあれば、細かい問題を指摘してくれるユーザーも。すぐ反映して新しいバージョンをリリースしましたが、こういったダイレクトな反応があるのがオープンソースのよさですね。今回の経験をもとにアドビがオープンソースで公開しているフォント開発ツールも改善され、日本語のバリアブルフォントをより効率的に短時間で作れるようになっているので、はやくそれをみなさんと共有したいと思います」(シューレン氏)

開発ツールが公開されれば、日本語のバリアブルフォントもより充実するはず。今後の動向にもぜひ期待したいところだ。