カシオの2020年秋冬・時計新製品はオンラインで発表された。ZOOMウェビナーによるプレス向け講演がいくつか行われたが、PRO TREKブランド25周年を記念するスペシャルトークセッションがあった。カシオでPRO TREKの開発を担当する小島一泰氏と、日本人初の8,000メートル峰全14座の登頂者であり、PRO TREKのアドバイザーでもあるプロ登山家・竹内洋岳氏が登場した。その様子をお届けしよう。

カシオ 2020年秋冬・時計新製品
G-SHOCK OCEANUS PRO TREK
EDIFICE BABY-G・SHEEN

PRO TREK 25周年記念モデル「PRX-8000」はこうして生まれた

まず、PRO TREKの25周年モデル「PRO TREK MANASLU PRX-8025H」の魅力を小島氏が紹介。従来のPRO TREKプレミアムライン「MANASLU(マナスル)」よりも、時計としての作り込みや美しさに重点を置いたPRX-8025Hだが、これも竹内氏による数々の監修を経て誕生したという。

  • プロ登山家の竹内洋岳氏。PRO TREKのアンバサダーであり監修も務める

小島氏:PRO TREKの開発チームは竹内さんと定期的にミーティングの機会を設けています。このモデルについて話したとき印象的だったのは、竹内さんが時計の資料として、画像のコピーを束で持ってきくださったこと。竹内さんは時計への造詣が非常に深く、私たちもおどろくことが多いですね。舶来の時計などいろいろなサンプルを実際に見せていただき、こんな仕上げにしたい、といったお話をたくさんされたのを覚えています。

竹内氏:もっとこうできませんか、これができないのはなぜですかって、質問攻めにしたことを私も覚えています(笑)。やはり「8,000メートル峰の登山で使う理想の時計」というのが私の中にあって、それにたとえ一歩でも半歩でもPRO TRKが近付いていってほしいと思うんですよ。

  • 竹内氏(左)と、カシオ計算機の小島一泰氏

小島氏:今回のPRX-8025Hも、そんな竹内さんのご意見を多く採り入れて作っています。ひとつは時字。今までプラスチックのインデックスに蓄光を乗せていましたが、今回は25周年記念モデルということで、メタル外観の質感にしています。これは竹内さんから「時計的な質感をより向上させたMANASLUはどうだろう」という投げかけをいただいての仕様です。

竹内氏:PRO TREKの性能や信頼性は、私が8,000m峰で使って既に実証されています。それをさらに進化させていくためには「PRO TREKが時間というものを(時計として)どこまで表現できるか」が大切でしょう、というお話をしました。ただ伝えるだけではなく、時間をどう表現するか考え、加えてPRO TREKらしさ、時計の美しさもデザインの中に盛り込んでほしいとお願いしました。時字の質感や文字板の奥行き、そういうものを小島さんにはずいぶんお願いしましたね。

  • メタル外観で時計としての質感を高めたという、PRO TREKの25周年記念モデル「PRX-8025H」

小島氏:特に文字板もかなり強くご要望いただいて、デザイナーもそれを課題に形を導き出していきました。また針の視認性についても「これは譲れない」と竹内さんから毎回コメントいただきますね。

竹内氏:標高8,000mの世界は、低酸素のせいで時々目がかすんでしまう。片方の目が見えなくなるのも珍しいことではありません。吹雪になったり、昼でも暗くなることもある。その中で、いかにして正確な時間を私たちに伝えられるかが、山用の時計として非常に重要な部分なんです。これまでのPRO TREK MANASLUも視認性をいかに確保するかが課題でした。そして今回はさらに、時字と針のバランスを見直し、時字と針が一体化するようなデザインにしていただきました。

小島氏:時字だけでなく針も金属感を強く打ち出したデザインは、竹内さんのご意見を参考にしています。具体的には、針に「山カット」という処理を入れてまして、角度を変えるとキラキラと輝く高級感のある仕上げにしています。視認性を担保したまま、高級感を出しているところがポイントです。

また今回はベゼルの部分、ガラスを取り囲む部分なんですけども、この仕上げもただ機械的に加工するのではなくて、PRO TREKのコンセプトを取り入れた造形ができないだろうか……という投げかけをいただきました。これはかなり難しかったのですが。

竹内氏:私が実際に8,000mの世界で見た光景を、この時計の中にザインできないだろうかと。この写真(編注:下の写真)は、私がローツェに登ったときの空の様子です。この太陽がですね、標高8,000m近くゆえにこういう色になると思うんですけども、雲がかかったときに、こう太陽の周りにきらめきが出るんです。これはハロ現象といって、この美しさは今もまぶたと記憶に焼き付いてます。この太陽光の粒子が漂うようなきらめきを時計に表現できないかと、小島さんにお願いしました。

  • 「その美しさが強く印象に残っている」と竹内氏が語るハロ現象の写真

小島氏:このご意見を受けていろいろ検討した結果、時計の角度を変えると、「ハロ現象で見られる空気中の水分子の屈折をイメージした丸いリング」がキラリと輝くような仕上げを採用しました。加工技法としてはCNC加工です。が、ベゼルの素材に「64チタン」というビッカース硬度の高い素材を使っているので。加工は難易度が高いですね。技術者もかなり悩みながら、何とか実現にこぎつけました。

  • ハロ現象を腕時計の伝統的装飾であるペルラージュ模様で表現したベゼル

バックには、記念モデルにふさわしいコイニングバックを採用しています。舶来の時計では記念モデルで見られると竹内さんに教えていただいて。これ(下図)がデザインの版下です。竹内さんが登頂された14座を表す星をデザインしていますが、左から8番目の星はやや大きくしています。これは8,000m峰14座の中でマナスルが8番目の高さであることを示しています。PRO TREKの歴史に欠かせない竹内さんの登山体験も、ここに込めたというわけです。

  • コイニングバックのデザイン版下