マイクロソフトは、世界の7カ所に「The Garage」と呼ぶ施設を設置している。2009年にスタートしたThe Garageは、社員が持つアイデアを形にするための取り組みであり、自由な発想のもと、実際にモノを作る。すでに商品化されたものも生まれている。これは、スタートアップ企業が持つどん欲な精神を、大企業となったマイクロソフトの中に息づかせるための取り組みともいえるだろう。

  • Microsoft The Garage

同社では、The Garageの経験をもとに、2012年からグローバル規模でのハッカソンを社内で開催。マイクロソフトにとって、この活動はいまや欠かせないものになっている。2万人以上が参加するこのハッカソンは、企業が単独で開催するものとしては世界最大規模と見られている。

The Garageの本拠地となる、米シアトルのマイクロソフト本社27号棟の施設を取材し、この取り組みを追った。

  • 米シアトルの米マイクロソフト本社27号棟。このなかにThe Garageがある

スタートアップの精神を忘れない

1975年4月の創業から44年を経過し、現在、約13万人の社員数を誇るマイクロソフトは、名実ともに大企業である。時価総額ランキングで世界のトップ5以内にランクインしているマイクロソフト、約20年前となる1997年の時価総額ランキングでもトップ5の1社であった。当時も現在もトップ5に入っているのは、マイクロソフト1社だけである。栄枯盛衰が激しい世界においても、時代の変化の波に乗り遅れることなく、成長を続ける同社の強さを物語っている出来事だ。

そのマイクロソフトが、スタートアップ企業の精神を忘れないための取り組みを行っている。それが、「The Garage」と呼ぶプロジェクトだ。

  • The Garageで最初に作られたアイデア。Surfaceを縦横自由に回転できる

The Garageは、基本的には、社員自らが興味を持ったアイデアを実現する場となっており、どんな部署の、どんな役職の社員でも参加できる。エンジニアでも、デザイナーでも、マーケティング部門や財務部門の社員でもと、職種は問わない。

テーマの選定も自由だ。ハードウェアでも、ソフトウェアでも、サービスでも構わない。アイデアを実現するプラットフォームはWindowsに限定せず、iOSでも、Androidでも、Linuxでも問題はない。

だが、米マイクロソフト The Garage チーフコミュニケーターのアン・レガート氏は、「ただひとつだけ条件がある」という。「それは、自分でモノを作らなくてはならないということ。アイデアを話しているだけの場ではない」と、唯一の条件を示す。

  • 米マイクロソフト The Garage チーフコミュニケーターのアン・レガート氏

The Garageのモットーは、「doers not talkers.」。

アイデアを口先だけの提案に留めるのではなく、現実のものにすることが、このプロジェクトに参加する条件となるのだ。

The Garageに参加するための条件やルールは比較的緩い。そして、作ることまでをゴールにしている点が特徴だ。これは、大企業であるが故の、課題を解決するための取り組みのひとつということもできるだろう。

マイクロソフトという会社の規模を考えると、社員が優れたアイデアを思いついても、それをビジネスとして成り立たせるためには、しっかりとしたビジネスプランを策定し、一定の売り上げ規模が必要であり、必ず成果が求められる。失敗することが許されない土壌になりがちなのは確かだ。そして、事業化するには、当然時間がかかる。

数多くの優れたアイデアが埋もれることなく、スタートアップ企業が持つスピード感を維持しながら、世の中の流れに取り残されることがないようにするための取り組みが、The Garageだといえる。多くの大企業が陥りやすい課題を、解決するための仕掛けだといっていいだろう。

  • マイナビニュース・デジタルの林編集長は、The Garageの成果物のひとつ「Mouse Without Borders」を愛用しているとか

サティア・ナデラCEOも、The Garageの経験がある

もともと、Garageの取り組みは、2009年から本社キャンパス内にあるOffice製品のラボなどで展開されていた。サティア・ナデラ氏のCEO就任後、カルチャーチェンジの象徴になる場所として、27号棟に専用施設をオープンした。

現在のThe Garageの施設には、「MAKER GARAGE」と呼ばれるエリアがあり、3Dプリンターやレーザー刻印装置などの機材のほか、ドライバー、ハンマー、ハンダごてといった工具、オシロスコープをはじめとする各種検査装置などが用意されている。そのほか、MRに関する実証などを行える「The Garage Reality Room」も用意され、最先端技術の検証も可能だ。

  • MAKER GARAGEには様々な機器や工具がある

  • MAKER GARAGEで作業を行っていた社員

さらに、iPhoneをはじめとするデバイスは、自由にレンタルできるようにしていたり、センサーやロボティクスを活用した試作品も自由に作れる環境が整っている。The Garageの参加者は、この施設を24時間365日、利用できるのだ。

  • 作業に利用するiPhoneなどは自由にレンタルできる。自動販売機型のこの装置もThe Garageから生まれた

  • MRに関する実証などを行えるThe Garage Reality Room

現在、The Garageの施設は全世界7カ所だが、今後は2カ所への配置が予定されているという。残念ながら、現時点では日本への設置は予定がない。

「あちこちから、The Garageの施設を設置してほしいという要望をもらっている。ローカルでエコシステムを構築したり、ローカルでのコミュニティとの結びつきが期待できるなど、効果があるところから設置していく。それぞれの施設でイベントを開催したり、大学や研究機関との連携によって、一緒にプロジェクトを推進できる体制をつくりたい」(アン・レガート氏)

  • 新たに作ったPower Tool Room

アイデアを形にするためには、社内の様々な人が結びつく。異なる仕事をしている社員がプロジェクトチームを作ることもある。The Garageは、こうした結びつきを実現する場にもなっているわけだ。The Garageでは、全世界に約20人の専任者を配置しており、参加者をサポートしている。

試作したものは、社内外からフィードバックを得たり、PoCを実施したり、あるいはマーケットプレイスで公開したりといった取り組みを通じて、さらに改良を加える。完成した製品や技術は、そのまま製品化されたり、製品のひとつの機能として実装される場合もある。実は、エンジニア出身である米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOも、かつてはThe Garageの施設を使って、アイデアを形にする取り組みを行っていた経験があるという。

  • グリーンのバックスクリーンも用意されている