大学を取り巻く環境は、2000年代以降大きく変化してきた。少子化によって学生人口が減少し、大学進学志望者の不合格率は10%を切り、いわゆる“大学全入時代”に突入。そして、入学者の減少に伴い多くの大学が統廃合を余儀なくされつつある。それは2004年に法人化された国立大学とて例外ではない。
国立大学はこれまで、国・各地方の最高学府として非営利で高等教育や基礎研究を担い、次世代の社会をリードする人材や基礎技術などを育む目的で、税金を投入して運営されてきた。「国立大学が潰れるわけはない」というのが、世の中の常識だったはずだ。しかし法人化されてからは、各国立大学は6年ごとに中期計画の策定を求められ、大学は「自分たちは何を目指すのか」という中期的なビジョンを持たなければならない時代になった。国立大学にも、地域・社会のなかで自身の存在価値、つまり「大学における学びとは何か」を定義し続けるマーケティング視点が必要になったのだ。
こうした命題に対して、地域を巻き込んで大学の将来を考えるユニークな取り組みを始めたのが、茨城県水戸市に本部を置く国立大学「茨城大学」だ。具体的にどのような取り組みを行い、何を目指そうとしているのかを取材した。
大学教育の日英比較から見えてくる、“学び”の課題
1949年に設置され、今年で70周年を迎える茨城大学では、2018年12月にあるシンポジウムを開催した。その名は「みんなの“イバダイ学”シンポジウム」。「イバダイ」とは茨城大学の愛称のことで、「イバダイ学」とは茨城大学そのものを研究し、「茨城大学で学ぶとはどういうことか」を考えようという内容だ。参加者は、茨城大学の在校生や教職員のみならず、同校の卒業生、地元の人など140名余りに及んだ。現役学生、卒業生、そして地域の人々から意見を広く聞き、目指すべき茨城大学の姿を模索しようという試みだ。
シンポジウムでは、英国オックスフォード大学の苅谷剛彦教授が、「学ぶとはどういうことか」というテーマで基調講演を実施した。苅谷教授は、明治時代の帝国大学(現在の東京大、京都大など)から続く日本における大学教育の歴史や成り立ちを振り返った上で、教員が大量の学生に向けて講義を行いテストの点数で評価する日本ならではの効率を重視した教育の在り方が生まれた背景について「近代国家の建設が進む中で海外からの知識の吸収を急いだ」と指摘。その結果、日本の大学教育は“知識を一方的に授け、授けた知識を吸収しているかを試験する場”となり、現実の課題から考える「帰納的な学び」が欠落してしまったと課題を提起した。
これはどういうことか。苅谷教授が教鞭をとるオックスフォード大学の学習スタイルと比較するとわかりやすい。オックスフォード大学では「チュートリアル」というスタイルの授業が一般的で、毎週指導教員から膨大な課題図書が出され、学生はそれを読み込み、論文を書いて授業に臨むという。そして少人数で行われる授業では課題の内容を踏まえてディスカッションが行われ、学生たちは吸収した知識の使い方、論理的思考力、アウトプットする意見の組み立て方、ディスカッションの仕方などを徹底的に学ぶのだ。ディスカッションとは答えのない答えを探す作業であり、そこから新たな知識を生み出すことになる。知識を受け取り吸収するだけの日本の教育スタイルとは正反対のアプローチなのだ。
「オックスフォードでは、学生たちが知識の生産現場の一員になっている。知識に飛び込み、知識に立ち向かい、知識の一部になっている」(苅谷教授)
苅谷教授は、こうした日英の教育の違いを踏まえた上で、日本の大学教育について「抽象的な知識をちょっと具体例に当てはめただけで理解したつもりになってしまう“エセ演繹型”だと言える。主体的に学んでいるつもりが、教育者に忖度しているのだ。その結果、具体的な課題に対して処方箋を生み出せない。英語の“knowledge”は断片的な知識の集合体を意味するが、日本語の“知識”は断片的な知識そのものを指す印象がある。この意味を間違えると、大学の存在意義は大きく異なる。大学で学ぶことの本質は何かを考える必要があるのではないか」と課題提起した。
これは筆者の雑感だが、この教育に対するアプローチの違いは、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)に代表されるグローバル企業や、グローバルスタンダードとなるさまざまなマーケティング手法を次々と生み出す欧米と、テクノロジーのグローバル化で後れをとる日本の比較にも当てはまるのではないか。広く社会に受け入れられる新しいアイデアや独創性の創出が求められるビジネスの世界において、知識を吸収するだけの教育に終始することの多い日本では、その知識の範疇を超えた新しいアイデアを生み出すのは簡単なことではない。一方で、知識と向き合いながら常に自分の意見をアウトプットすることを求める教育を実践している欧米では、課題に対して新しいアイデアを生み出しチャレンジする土壌が出来上がっているのではないだろうか。
なおシンポジウムではこのほか、来場者が様々なテーマのワークショップに参加。「大学における学びとは何か」「大学にとってイノベーションとは何か」「グローバル化は何を目指すべきなのか」「地域にとって大学はどうあるべきか」などのテーマで、苅谷教授の講演に刺激された参加者たちが熱心に意見を交わしていた。