シリコンバレーで起こっていること自体は、アメリカのテクノロジー系メディアを見れば、ある程度情報を収集できるようにも思う。だが、傍島氏からすれば「メディアや調査会社など、お金を使って色々な情報は集められると思います。でも本質的な"体験"をしないことには、その価値を伝えられない」という。「価値を知るからこそ、本当に良いものを日本に持ち込めるのです」(傍島氏)。

筆者自身、今回の取材で初めてシリコンバレーに降り立ったが、日本ではお試しの1回しか利用したことのなかったライドシェアアプリのUberが、なぜ流行ったのかを体感した。

これはあくまで"にわか"な筆者の感想だが、日本においてUberアプリは、ただのタクシー配車アプリでしかなく、しかも町中を流しのタクシーが絶えず走っている。この環境でアプリをわざわざ使う理由に乏しく、せいぜい現金やカードをその場でやり取りしなくても良いという程度のものだろう。

一方のアメリカでは、「ライドシェア」としてマイカー所有者が自分の余暇時間にUberでお小遣い稼ぎをやっている。利用者側の選択肢としても、相乗りの「Uber Pool」や、大通り間の乗車で割り引く「Uber Express Pool」など、さまざまな料金設定がある。ましてや、ちょっと駅近くの商店街まで歩いて……と思ったら、30分以上かかるような土地柄、「だからUberが流行るのだ」とようやく納得できたものだ。

  • UberとLyftの掛け持ちドライバーも少なくないシリコンバレー

もちろん、傍島氏はこんな程度の低い感想ではなく、むしろVCとの意見交換などを通して、数年先の会社のビジョンとスタートアップを結びつける、さながら事業家の感性で「本質的な体験」を必要としているのだろう。

傍島氏は「私自身も本質的な部分は、まだまだわかっていない」とも語るが、それは「グローバルを体感できる環境で育っていない部分が大きい」と自己分析する。そもそもスタートアップを立ち上げる連続起業家のサービスの組み立て方が、日本人とは大きく異なるがゆえ、そこの理解に苦労する部分があるといったイメージだろうか。

7年があるからこそ、今がある

サンフランシスコ拠点ができてからの7年は、短いようで長く、そして大切な年月と傍島氏は話す。

「日本でも同じですけれど、雑談で『良い情報教えてよ』と軽く話しても、本当に良い情報は普通教えませんよね(笑)。それと同じで、KDDIの社員自身が7年前から根ざしてやってきた、ローカルにコミットした活動が、大切だなと。VCと話すと、日本人の多くは転勤族だからか、『何年こっちにいるの?』『いつ帰るの?』と聞かれます。それは、1年で帰ってしまう人間と仲良く出来ないってことですよね」(傍島氏)

スタートアップとの会話の中には、「日本には興味あるのだけど、あまりよくわからない」という言葉もよく聞くようだ。これに対して傍島氏は、KDDI ∞ Laboで培ってきた、ベンチャー支援の枠組みを通して「KDDIを使い倒して、一緒にやろう」と声をかけていると言う。

「日本では我々が持っているアセットは本当にたくさんあります。そして私たちの仕事は、『日本のお客さまに良いものを届ける』こと。アメリカで成功しても日本でうまくいかないという事例も多々ありますが、『日本にもチャンスがあるのだ』という空気を伝えたい。私たちはレベニューシェアでアプリベンダーさまに収益を還元する『auスマートパス』をいち早くスタートさせましたが、そのビジネスモデルはこちらでもかなりの好感触ですし、そうしたものと組み合わせて成功モデルを作りたい。」(傍島氏)

「スタートアップ」は、どれも眩しく、そして暗い未来が待ち構えている可能性もある。ITの先端を行くシリコンバレーの地であっても、「本当の価値」をいかに見出すかは、長期間に渡る「目利き力」の磨きと、「関係性構築」の作業が必要なようだ。