9月19日から22日まで開催された「東京ゲームショウ2013」(TGS)。その基調講演に『パズドラ』こと『パズル&ドラゴンズ』の大ヒットで知られるガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社の森下一喜社長が登壇し、一問一答形式で講演を行った。

TGSガンホーブース

話題の中心はやはり『パズドラ』。大ヒットした理由や森下社長自身のゲーム哲学など、幅広く話が展開される中で、ガンホーにおける"『パズドラ』の次"の輪郭がうっすらと見えた講演となった。

ガンホー・オンライン・エンターテイメント森下一喜社長(右)

ここで改めて『パズル&ドラゴンズ』(以下『パズドラ』)について説明しておこう。『パズドラ』は、2012年2月にiOSで最初のバージョンがリリースされたスマートフォン向けパズルRPG。わずか1年半で1,900万ダウンロードを達成するなど大ヒットし、現在もAppStoreにおけるトップセールス1位をキープしている。現在は12月12日発売のニンテンドー3DS番『パズドラZ』が鋭意開発中だ。

なぜ『パズドラ』はここまでヒットしたのか。森下社長は「皆さんヒットの理由を聞いてくるんですが」と前置きしつつ、「僕自身は分析していないんです。むしろ失敗の分析の方が大切かなと思っています」とコメント。成功した理由については、これまで各所で話している通り、「成功したタイトルについては、タイミングと運。ゲームを作る人はみんな大変な思いをして努力していて、それは当たり前のこと。当たり前のことを当たり前にやった上で、時の運とタイミングが重なって(成功する)。すばらしいチームに巡り会えたことも運だし、支持してくれる人に最初にダウンロードしてもらえたのも運。すべてにおいて運という言葉をあえて使っています」と述べるに留まった。

とはいえ、今振り返ると「成功のターニングポイントは開発中に訪れていた」のだと森下社長は語る。

「もともと『パズドラ』は横向きの画面で作っていたのですが、それを企画段階で縦持ちに変えさせました。親指の可動範囲でドロップを動かし、画面の上側でダンジョンやモンスターを大きく表現する。そのとき、このゲームいける、と思いました」

さらにそこから、ドロップに色をつけて「属性」という意味を持たせた。プロデューサーである山本大介氏と膝を突き合わせて、キャラクターデザインやタイトル名など、『パズドラ』につながる様々な要素がこのとき決定したのだという。

横向きではなく、縦向きにしたこと。これが、普段はゲームをしない人にも遊んでもらえるきっかけとなった。森下社長がイメージしたプレイスタイルは、電車でつり革を持って、片手で遊べること。この手軽さと、ドロップを動かした際の触感の気持よさ、キャラクターの可愛さなどが、特に女性の支持を得ることに成功した

では「ドロップ操作の気持ちよさ」とはどういうことか。基調講演では実際に森下社長がパズドラをプレイしながら解説が行われた。

実際に森下社長が『パズドラ』をプレイ

気持ちよさとは、一つにはドロップの動きだという。ガンホーには「直感的、確信的、魅力的、継続的、演出的」という開発の5原則があるが、特にボタンがないスマートフォンにおいて「直感的」であることは「触感」につながる重要な要素だ。そこで、「ドロップの動きだけで4、5回は作り直した」のだという。

ドロップを動かしたときに指に追随するタイミング、動かしやすさを追求したドロップの大きさ、動かした際の音、そうした細かな点にこだわった結果、"動かすことが気持ちいい"パズルが誕生したのだ。

実は当初、ドロップ自体は上下左右にしか動かせなかったという。それがプロトタイプ2では9方向に動かせるようになり、さらに開発中に山本プロデューサーが冗談半分に「画面全部動かせたら面白いんじゃないか」と言ったことが、パズドラのシステムを生み出した。

この山本プロデューサーのアイディアに、最初は「画面全部動かせるとゲームが簡単になりすぎる」と思ったという森下社長だが、「だったら時間制限を入れることでユーザーを焦らせてミスを誘発すればいいと考えました。ユーザーの修練度も上がりますし、うまくない人でも偶然的なラッキーが生まれます」

また、普段はゲームを遊ばない人にテストプレイさせることも重要だと森下社長は言う。

「山本プロデューサーは"嫁レビュー"という言葉を使っていますが、実際に奥さんにプレイしてもらって評価を受け取るんです。僕の場合は小学生の子供にやらせて、直感的にゲームを理解できるかどうかをテストしています。子供は邪悪な天使なので、つまらないと思ったらそのゲームを二度とやらせてと言ってこなくなるし、すぐにやめてしまいます。たとえばチュートリアルとか、そういうのは子供にやらせてみるのがいいですね」

そうやってカジュアルなユーザーも取り込み急成長した『パズドラ』だが、次の展開はプラットフォームをニンテンドー3DSに移し、一から作り直した『パズドラZ』を発売する。12月12日発売に向けてコミカライズなどのメディアミックス戦略も進む『パズドラZ』だが、なぜスマートフォンで大ヒットした『パズドラ』をわざわざニンテンドー3DSで出すのか。

ガンホー10周年の今年は、社員有志で浅草サンバカーニバルに出場したという

これも各所で森下社長が答えている通りだが、そもそもパズドラが横画面から縦画面に変更された2011年11月あたりの企画タイミングで、ニンテンドー3DSで出すことは決定していたのだという。

「スマホ版にも僕は主人公や物語を入れたかった。ただ、それを入れると容量的に大変なので、それは『ニンテンドー3DS』でやろうと。ようやく実現に向かっています。企画段階で、子供から大人まで楽しめることをコンセプトにしていたので、(『ニンテンドー3DS』で出すという)ストーリーとしては決まっていました」

『ニンテンドー3DS』への展開で子供世代への浸透を狙う『パズドラ』だが、森下社長は「『パズドラ』というフォーマットは壊していきたい」と語る。というのも、「ヒットしたものにこだわると、その成功体験が次の開発の邪魔をしてしまう」からだ。

「ヒットの方程式は、考えてはいるんですが、やっぱりないんです。時代によって変わりますし、消費者も進化します。時代の流れのスピードは今まで以上に速いですし、その中で確信的なチャレンジをやっていかないといけません。成功したことに対して奢らないことが大事です」

実際、森下社長には「過去の成功体験に縛られた」経験がある。もともとガンホーはオンラインゲームの『ラグナロクオンライン』で成功を収めた会社だが、それ故に「ラグナロクの場合はこうだった」と決めてつけてしまうことがあったという。

「それでは『パズドラ』を超えるものは生まれません。開発では僕もそう言い続けています。最近は開発スタッフが『こういうことを言うとダメかもしれませんが、パズドラに例えると……』と、断りを入れるようになってきたので、だんだん浸透してきているのかも(笑)」

講演後半には、森下社長に焦点を当てた質問も飛び出した。中でも「合コンの達人という噂を耳にしましたが本当ですか?」という質問には、森下社長も「ぜんぜん基調講演になっていませんが……(笑)」と苦笑いしつつも、「今してるわけじゃないですからね(笑)。高校生くらいのときはやっぱり女性に興味がありまして、でも基本的にお笑い担当なので、行くんですが場を盛り上げて……」と若干しどろもどろに。ガンホーの社風は森下社長いわく「やんちゃ」らしいが、それもかつてはお笑い芸人を目指していた経験を持つという森下社長ならではかもしれない。

最後にゲーム業界の将来、およびコンソールとスマホゲームの対立について尋ねられた森下社長は、「どちらかといえば僕は本当に好きでやっているゲームはコンシューマゲームだけなんです。だから個人的には家庭用ゲーム機市場にはもっと大きく発展してほしいなと思っています」と述べ、「ただスマホの登場で今までゲームを触ったことがなかった人たちにゲームに触れてもらえたのは大きなこと。たとえばスマホがTVドラマで、ゲーム機自体は映画のようにどっぷり触れてもらえるものとして、心に残る体験をしてもらえるといいなと思います。僕らはPC向けのオンラインゲームも家庭用ゲーム機のゲームもスマホゲームも作っていますが、同じくらい魂を込めて作っていきたいです」と、複数のプラットフォームにゲームを提供しているメーカーとしての立場から考えを語った。

ガンホーブースの試遊台。『パズドラZ』がメインだが、『ラグナロク オデッセイ エース』も

とはいえメインは『パズドラ』。遠くからでも目立つキングゴールドドラゴン像

『ラグナロク』で成功し、『ラグナロク』を超えるオンラインゲームが作れなかった経験から、「ヒットに縛られない」ことの重要性を知ったという森下社長。事実、東京ゲームショウのガンホーブースを訪れてみたところ、やはりメインコンテンツは『パズドラ』であったものの、その他のゲームも大々的にアピールするなど、『パズドラ』一色というわけではなかった。現在のガンホーは間違いなく「『パズドラ』の会社」だが、森下社長の目にはそろそろ"『パズドラ』の次"が見えているのかもしれない。