再チューニングした変換エンジンの存在

二つ目は日本語インプットメソッドの核である変換精度の向上。いくら辞書が充実しても肝心の変換精度が低ければ、突拍子もない変換候補が連なるため、使い物にならなくなってしまう。ATOK 2012では、従来でも十分実用レベルに達していた変換エンジンを更に向上させることに成功した。例えば「こうえんがじつげんする」と入力した場合、ATOK 2011では「公園が実現する」と変換されていたが、ATOK 2012では「公演が実現する」と文脈を判断して正しい変換が行われている(図07)。

図07 前後の単語や単語同士の関係性を元に正しい変換が行われるようになった

本機能は同社が蓄積してきた言語データベースの存在と、検索対象を文字単位で分解して、後続文字を含めた状態で出現頻度を求める「N-Gram」という全文検索技術の存在が大きい。この結果から生まれたデータを独自の圧縮アルゴリズムでATOK 2012に内包して、高精度の変換結果を実現している。

変換精度の向上は連文節変換時だけでなく、単文節変換時も有効だ。例えば「高速化」と「高速か」という単語はいずれも使用頻度が高いものの、記述内容に応じて使い分けることになるため、意図しない変換候補が優先的に現れた経験はないだろうか。ATOK 2012では、[0]キーを押すことで文節区切りが異なる変換候補を提示するようになったため、再入力・再変換といった手間が軽減されている(図08~10)。

図08 こちらは通常の変換候補。多くの候補に加え、「名詞+化」「名詞+下」などが並ぶ

図09 図08の状態から[0]キーを押した状態。文節区切りが異なる変換候補が列挙される

図10 再度[0]キーを押すことで、カタカナやローマ字が変換候補として現れる

変換候補の列挙も改良されており、従来は語幹の長さが異なる単語が候補に挙がる場合、語句の長さごとに表示していたため、目的の変換候補が探しづらかった。この点を鑑(かんが)みATOK 2012では、ユーザーの頻度情報を元に並び替えを行うように変更されている。これにより変換ミスも少なくなり、多くの場面で変換精度の向上による恩恵を受けられるだろう(図11~12)。

図11 こちらはATOK 2011の変換候補。語句の長さごとに列挙されるため、目的の単語を探すのが難しかった

図12 こちらはATOK 2012の変換候補。ユーザーの頻度情報を元に候補が並び替えられるため、使い込めば使い込むほど精度が高まる

三つ目は校正支援の強化だ。従来のATOKシリーズにも校正支援機能は備わっていたが、ATOK 2012では先読み予測で語句をチェックする機能が新たに備わっている。例えば英語のカタカナ表記は、耳にする言葉と表記が異なることがあり、「コミュニケーション」を「コミニュケーション」と書いてしまうことがあるだろう。新しい先読み予測機能は、これらの間違いを確定前に指摘し、誤字や誤用を未然に防ぐというものだ。適用範囲は単純な語句だけでなく、従来のように慣用句や読み誤りにも適用されるため、本機能を用いることで正しい日本語を用いることができるはずだ(図13~14)。

図13 先読み予測機能により、誤った入力文字に対して指摘が行われる

図14 間違った慣用句に対しても指摘が行われるため、誤用する場面を軽減できる

このほかにも世の中の出来事に対して話題なった語句や商品名、人名などを省入力データとして提供する「ATOKキーワードExpress」も開始される。執筆時点ではサービス開始前ということで正しい評価は下せないが、日々新しい語句を多用するユーザーには興味深いサービスではないだろうか。なお、本同データはネット経由で配布されるため、インターネット接続環境およびユーザー登録が必要となる。

また、30周年記念として、全国の名産品名を収録した「ご当地おみやげもの辞書」、英語表現も学べる「覚えて得する日→英ことわざ辞書」、個性的な名前を収録した「一発変換お名前辞書」が付属。なお、上位版となる「ATOK 2012 プレミアム」では、従来から収録内容を強化した国語辞典や英和・和英辞典に加え、「8カ国語Web翻訳変換」が収録される。同機能は変換した単語をインターネット経由でリアルタイムに翻訳し、フランス語やドイツ語、中国語など8カ国の単語に変換するというものだ。残念ながら2013年5月までの期間限定提供となるが、単語を素早く翻訳したいというユーザーなら、通常版ではなく同プレミアムも視野に含めた方がいいだろう。

さて、これまでATOKを使ってきたユーザーの悩みは、「今回はバージョンアップすべきか」という一点に尽きるはずだ。ATOK 2012における機能強化は、ユーザーインターフェースの再構築や語彙の多様化による変換エンジンの再チューニング。操作ステップを大幅に軽減する推測変換エンジンの搭載など、入力効率の向上に集約されている。日本語インプットメソッド本来の役割である"日本語入力がしやすい"という観点から見れば、ATOK 2012は正しく進化したソフトウェアである。現在ATOK 2011を使用しているユーザーはバージョンアップすべきだ、と太鼓判を押したい。

阿久津良和(Cactus