来たる9月20日(火)と21日(水)、アジアの「人材」「技術」「金融資本」を有機的・戦略的に掛け合わせ、次世代の新産業創出を目指す「アジア・イノベーション・フォーラム(以下、AIF)」が開催される。主催は、元ソニー CEOの出井伸之氏が2006年に立ち上げ、いまも代表取締役CEOを務めるクオンタムリープ株式会社(以下、クオンタムリープ社)だ。

出井氏は、ソニーの経営から身を退いたあと、クオンタムリープ社で、AIFで、何を実現しようとしているのか? その思いを聞いた。

クオンタムリープ社に込めた思い

「グローバル企業のソニーにいたころは、日本のマーケットを"世界の中の一つの国"としか見ていませんでした。2005年にソニーを卒業して、裸になって日本の中から日本を見てみたら、日本は、全員が冷蔵庫に入ったような閉じた国だなと、感じたんです。日本の競争力が心配になって、冷蔵庫の扉を開かなきゃいけないと思いました」

出井氏は、同社設立の思いをこのように語る。

「クオンタムリープ」とは、量子力学の言葉で「連続線上にないジャンプ」を意味する。「飛躍的な進化」、「イノベーション」と言い換えてもいい。

「成長を続けていると突然ポンと伸びるときがあります。ゴルフでもテニスでも同じで、あるとき急にうまくなる。ソニーもそういうことを何遍も何遍も繰り返して、中小企業からグローバル企業へと成長しました。そういう経験があったから、いまの日本に必要なのは、連続線上の成長ではなくて、ちょっと新しいことをやって異次元に飛んじゃうことなんじゃないかと思ったんです」

なお、「クオンタムリープ」は量的拡大だけを意味しているのではない。質的な向上、価値観の大転換も「クオンタムリープ」の一つの形だ。例えば、BMWは「会社を大きくせず、小さいままいいものを作り続ける」ことがフィロソフィーだという。「いいもの」は時代に応じて変わる。そういうイノベーションも十分にありうる。

「日本冷蔵庫論」とは?

それにしても、日本を冷蔵庫に例える出井氏の見方は独特だ。

「政府・行政は国境の中しか見ていない。ソニーがグローバルな視点から日本を見ていたのとは対照的です」

だが、出井氏曰く、日本が冷蔵庫の中に閉じこもっているのは、それでやってこられた成功体験があったからだという。どういうことだろうか?

「日本が、太平洋戦争での敗北から世界有数の経済大国になったことは、紛れもない、奇跡的な"クオンタムリープ"です。1950年代から80年代にかけて、"世界の工場"として目覚しい経済成長を遂げ、"Japan as Number One"と讃えられました」

なぜ、日本は奇跡を成し遂げることができたのか? 出井氏は次のように捉えている。

「再軍国化を恐れるアメリカの意向で、日本は民生産業に特化せざるを得なかった。そこで、政・官・民が一体となって"世界の工場"になることに邁進した。政・官がインフラを整備し、民が工場でものを作る。戦争で焼け野原に作った日本の工場は、アメリカの工場よりも新しく生産効率が高い。その新しい工場で、よその国が戦争して疲弊している間にせっせと民生品を作る。それは成長しますよ」

経済成長こそが戦後の日本の戦略だった。一方で、製造業以外の産業は、お役所が規制と許認可で徹底した護送船団方式をとった。こうして、国内に閉じた「日本冷蔵庫」ができあがった。

日本は「待ったなし」、「崖っぷち」の状況にある

だが、そのモデルは、1990年頃を境に機能不全に陥り始める。ソ連の崩壊で冷戦は終結し、アメリカの利益を代弁していた自民党はアイデンティティーを失い、いまの民主党を支えている企業内労働組合も存在感が弱まった。中国が目覚めたのもこの頃だ。土地と株の値段は上がり続けるという神話も、バブル崩壊の前に霧のごとく立ち消えた。1990年は、地方から都市への人口流入が止まった年でもある。東京を富ませることで国の利益を増大する戦略は、過去のものとなった。

「そのときに、日本はもう一度"クオンタムリープ"を起こさなければならなかったんです。ですが、20世紀後半の大きすぎる成功体験のために、結局、それから20年もの間、そこから抜け出すことができなかった」

なお、出井氏がソニーの社長に就任したのは1995年のことだ。ネット銀行といった日本が苦手な個人向け金融サービス業や、インターネット、コンピュータ、ゲーム、エンターテインメントといったソフトの世界にも参入してソニーを大きく変革させた。ソニーの歴史の中での、数ある「クオンタムリープ」の一つだ。

そして、2011年3月11日、東日本大震災で日本は大きな打撃を受けた。

「大震災をきっかけに、20年間手をつけられずにいたことに、いまこそ取り組まなければならない。日本は、本当に"待ったなし"、"崖っぷち"の状況にあります」

出井氏の危機感は強い。