SASの登場
SATAの機能拡張あるいはファイバ・チャネル機能のスケールバックは、いずれも短期的な機能要件と市場の長期的かつ広範なニーズの両面でサーバの要求事項を満たせなかったため、不適切であると考えられた。そこで、サーバメーカ、ドライブサプライヤ、コンポーネントサプライヤから成る小規模ながら重要な業界有力者が、20余年のレガシーSCSIソフトウェアを保存しながら、ニアラインのストレージ機能を提供する手段としてSATAを採用し、顧客企業のニーズに沿って拡張し、かつ接続方式を標準化して市場にSFF(スモール・フォーム・ファクタ)ドライブによる高容量化の手段を提供するというビジョンをサポートする、新たなインタフェースの可能性を模索し始めた。
こうして、Serial Attached SCSI (SAS)のビジョンが膨らみ始めることとなった。しかし、タイム・トゥ・マーケットの課題は依然として残っていた。この技術を市場にタイムリに出すにはストレージを取り巻くすべての環境をサポートする必要があり、それが実現できなければ、市場の著しい分裂というリスクを招きかねないという状況であった。
2001年には、各種委員会が組織、仕様が立案されて、リスクを最小化し全体的なタイム・トゥ・マーケットを向上するために、他の企画から開発されたコンセプトが活用されるようになった。技術とマーケティングの両面で標準化作業が本格化し、無理な初期開発目標を課すことなく大量のパラレルSCSIの代替製品を市場に出すことを目指すこととなった。
また、SASが有意義な業界イニシアチブであり、大容量サーバストレージ用の相互接続技術としての地位を約束され、最終的にはエンタープライズの外部ストレージの中核部分に据えるべき技術であることを市場に納得させる努力も行われた。
予想された通り、市場は当初非常に懐疑的で、「また別のストレージ・インタフェース」が登場することは、業界としては1番避けたい展開だと論じた。しかし初期のSAS支持者達は、業界はこの新たな取り組みなしで、主流である顧客要求事項を容易にサポートすることはできないと確信していた。そしてストレージ分野の積み重なる課題の深刻さを理解すればするほど、市場を根本的に開発し直そうという決意が強まっていった。
2004年には、第1回プラグフェストが開催され、高レベルの相互運用性が達成された。JBOD(Just Bunce Of the Disks)、バックプレーン、テスト機器などの基盤コンポーネントや、成熟市場で当たり前とされるケーブル類を使用せずに、業界は、FPGA、SATAケーブル、ファームウェア、および多数のデスクトップ・ファンを集めて、この仕様は成功すると、そして市場に早急に求められる新機能を提供しながらSCSIレガシーを保全できることを、関係者らに納得させることができた。その後、この技術を市場に浸透させる努力は、劇的に活発化していくこととなる。
SASがコスト、性能、レガシー互換性の全要件を達成することが明らかになると、2005年中を通じて、製品の確定注文が入るようになった。2006年第4四半期までには、高容量SASシステムへの移行は、市場におけるインタフェース技術移行の歴史の中で過去に類例のないスピードで進んでいった。
(中編に続く)
著者プロフィール
Harry Mason(ハリー メイソン)
SCSI Trade Association (STA) のPresidentならびにLSIのIndustry Marketing Director
