総合市場動向調査会社である英IHS Markitのテクノロジー部門調査ディレクタで米中貿易摩擦・Huawei制裁問題に詳しい南川明氏が7月、「半導体市場展望~米中貿易摩擦は長期戦に突入」と題して米中貿易摩擦、とりわけHuaweiへの輸出禁止・制裁問題およびその半導体・電子デバイスやスマートフォン産業への影響について金融業界向けに講演を行った。

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    IHS Markit テクノロジー部門ディレクタの南川明氏 (著者撮影)

中国が「中国製造2025」を推進する理由

南川氏は、「米中貿易摩擦は、『中国製造2025』計画を推進しようとする中国と、その計画の実行を阻止しようとする米国の対立という構図になっている」として、まず中国側が「中国2025」を推進せねばならぬ事情から話を始めた。

中国の外貨準備高は、2014年の4兆ドルをピークに下がり始め、現在は3兆ドルまで減り、さらに減る様相を見せている。これは、中国政府にとって懸念事項であり、これに歯止めをかけるために「中国製造2025」計画が生まれたわけである。

なぜ中国の外貨準備高が減りだしたかというと、過去10年ほど、膨大な額のインフラ整備(道路、橋梁、新幹線など)を集中的におこない、そのために海外から多額の借金をしたが、返済期限が来てその借金を返し始めているのが理由の1つである。向こう3年間であと2兆ドルほど返さなければならない。一部は借り換えをするだろうから、外貨準備高は2兆ドルまで減ってしまう可能性が高い。もう1つの理由は工場の海外流出である。今まで世界中の工場が中国に集まり外貨を稼いできたが、中国の労働者の賃金がこの10年の間に4倍ほど上昇してしまい競争力がなくなってきて、工場の海外流出が始まった。米中経済摩擦で工場の海外流出はさらに加速しようとしている。

現在、中国で輸入金額が一番多いカテゴリは半導体デバイスであるので、外貨準備高の減少をおさえるために半導体の輸入を極力抑えて国内生産を推進する必要がある。これが「中国製造2025」の中核になっている。中国は世界の半導体の4割を消費しているがその半分は米国製であり、米国への依存度が極めて高い。Intel、Qualcomm、Broadcom、Qorvo、Skyworks、Xilinx、Marvel、Maximなど多数の米国半導体企業が絡んでいる。この点にトランプ大統領は目を付けたわけだ。

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    中国の外貨準備高の変遷 (出所:中国国家外貨管理局のデータをもとにIHS Markit作図)

ところで、中国版インダストリー4.0と言われる「中国製造2025」は2025年までに中国製造業発展に関連する指標が設定されており、中国が「製造強国」になるための「3段階」を打ち出している。

第1段階は2025年までに製造強国の仲間入りを果たし、第2段階は2035年までに中国の製造業レベルを世界の製造強国営の中等レベルにまで到達させ、第3段階は中華人民共和国建国100周年(2049年)までに製造大国としての地位を固め、総合力で世界の製造強国のトップクラスに立つとの目標である。そしてそのころまでに世界一の経済大国、世界一の軍事大国を目指すという長期目標を立てており、これに沿って計画を実行しようとしている。

中国は、外貨準備高の減少をおさえるために、新たに外貨を稼ぐ方策を考えねばならない。そこで上述の長期改革に沿ってIoT技術育成に力を入れ、2020年までに5兆円を5Gのインフラ整備に投資し、それで2025年までに電気自動車による自動運転を実現し、2035年までにIoT/5G/自動運転を活用したスマートシティを実現し、これらを一帯一路の国々に移植して、外貨獲得しようとしている。中国ではキャッシュレスシステムが他のどの国よりも普及しているが、これも一帯一路の国々(中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながるシルクロード経済ベルトと、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ21世紀海上シルクロードに属する国々)に移植して外貨稼ぎしようとしている。

ところで、中国は後述するように米国の制裁で、中国内で先端半導体製品の製造がますます困難になってきており、新興DRAMメーカーJHICCのように米国製半導体製造装置が稼働中止に追い込まれるところも出ている。「このため、中国では、『中国製造2025』の重点技術の1つとして先端技術や大口径ウェハがなくても製造できるパワー半導体デバイスを取り上げ、インフラ向けに注力している」と南川氏は指摘している。日本ではほとんど知られていないが、中国にはDynex、StarPower、Nanjin Silver Micro、Jilin Sino-Micro、Kedaはじめ多くのパワー半導体企業が存在している。

米国が「中国製造2025」を阻止せねばならぬ理由

南川氏は、「米国にはHuaweiたたきを正当化しなければならない理由が2つある」として次のように説明する。

第1は2017年に成立した中国の「国家情報法」により、人民は政府が求めればスパイ行為をせざるを得ないという問題である。このとんでもない法律に米国は怒りをあらわにしている。そんな中国企業にインターネットプラットフォームを委ねるわけにはいかない。第2はこれまでのHuaweiの台頭が、米国の長期にわたる調査の結果、さまざまな不公正通商慣行によるものであったことが明らかになったこと。このため、米国は国家安全保安上の理由をつけてHuaweiを制裁することになった。

米国は、国家安全保安上の問題が懸念されるので、中国が世界一の経済大国、軍事大国になるのをできる限り食い止めようとしている。今までも米国は様々な手段を使って中国ハイテク産業を締め付けようとしてきた。18年8月には米国国防権限法を成立させ、上院下院一致して中国ハイテク育成阻を決定した。これによりHuaweiはじめかなりの数の中国企業や研究機関との取引が禁止された。貿易摩擦は今後より一層、激しさを増すだろう。

米国が一度決めたHuawei排除は揺るがない。2019年6月末のG20期間中にトランプ大統領は記者会見で一部の半導体デバイスの輸出を解禁したが、国家安全保安上問題のないメモリなどの汎用品のごく一部の出荷を許可したにすぎず、基地局や通信インフラへの輸出は継続して禁止している。

(次回は7月18日に掲載します)