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ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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斜め上を見たことを合図に回想シーンが始まる

ドラマや映画で頻出する「夢オチ」。その夢はおおよそ悪夢だが、スタンダードな目覚め方は瞬時に体を90度起こして「はっ、夢か……」と安堵するパターン。瞬間的に自分の腹筋だけを使って体を起こしていることになる。寝起きの瞬間に体を起こすのは相当な筋力と相当な目覚めの良さが必須だが、この手の場面では必ず両方を兼ね備えているようなのだ。

「夢オチ」と同様にそのパターンがいつまでも変わらないのが「回想」シーンヘの入り方と終わり方である。例えば、誰かのことを想う気持ちを確認するとき、走馬灯のように「回想」が流れる。会話が弾んだ出会いの日、初めてのデートでしでかしたおっちょこちょい、喧嘩をしてレストランを飛び出してしまった日のこと(それにしても皆さん、レストランを飛び出しすぎである)……これらの回想シーンへ持ち込むためにその役者は何をするか。斜め上を眺めるのだ。「こんなこともあったよな」と視聴者と想いを共有するために、斜め上を見たことを合図に回想シーンが始まるのだが、人は日頃、そんなに斜め上を見ない。

「ちょっと、話聞いてる?」「う、うん、き、聞いてるよ」「んもうー」

斜め上を見た誰かの目線を追うかのようにカメラが壁や天井を映して回想シーンにうつることもしばしば。チープなドラマになると「ポワンポワン」などと効果音まで入れて、ここからが回想シーンです、とわざわざ知らせてきたりする。その他のパターンとしては、周囲の誰かが発した一言がきっかけとなり、その言葉に反応する形で回想が始まるケース。「聡子……なんか浮かない顔してるけど………」で浮かないことの回想がはじまったり、「そう言えば先週まで敏郎とシンガポールに行ってたんでしょ?」という問いかけに反応して、事件の鍵を握るシンガポールでの出来事を回想したりする。

回想シーンからの戻り方にもパターンがある。「ちょっと、話聞いてる?」「う、うん、き、聞いてるよ」「んもうー」がスタンダード。大きな音がして我に返る場面も散見される。どこまでも自然体が売りの作品であっても、この回想シーンを自然に挟み込むのは難しい。説明無しに場面転換してしまうと「わかりにくい」とジャッジされてしまう現在、「これから場面転換します」という宣言を演者の振る舞いに滲ませるわけだが、新しいパターンはなかなか模索されない。既成概念を豪快に壊していくタイプの監督であっても、回想シーンはものすごくベタに展開する。

回想→本当の気持ちに気付く→全力ダッシュ→ギリギリセーフ

誰しも、次のようなドラマを20本ずつくらい見ているのではないか。それなりに仲良しだが恋人ではない誰かや別れた後も忘れられない誰かが、急に海外に飛び立つことになった。今日の最終便で飛び立つ、という。さすがに急ではないか。「あいつにはあいつの人生がある、オレにはもう関係ない」と突っぱねるのだが、時たまイイことを言う兄貴分が「そろそろ飛行場に着く頃かな……おまえ、本当にこれでいいのか?」と言う。その一言が回想の合図となり、彼女との思い出の場面が連鎖する。回想が終わる。彼は気付く。兄貴分は顔の表情だけで「行ってきな」と伝えてくる。頷く彼。

家を飛び出したところでタクシーを拾い、「とにかく急いでください」と無茶な注文。一方その頃相手は、どこか煮え切らない表情で空港へ。空港が成田か羽田で、住まいが23区のオシャレタウンだとすると、さすがに残念ながら間に合わないはずなのだが、いよいよ出国審査へ、というギリギリで息を切らして到着。本当の気持ちに気付いた後、必ずギリギリ間に合うのである。

どこかで見たドラマに触発されて成田エクスプレスに乗ったものの、成田空港ってやっぱり遠くって、四街道駅あたりで飛び立つ飛行機を泣く泣く見やった経験を持つ人もいるかもしれないが、「回想→本当の気持ちに気付く→全力ダッシュ→ギリギリセーフ」は繰り返される。ギリギリ間に合わなかった場合でも、携帯の電波はまだ入るはずだから、電話してみるといい。聞くところによると、立場によってはナッツでリターンできるらしいので、告白でもリターンできるかもしれない。諦めてはいけない。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ